第34話「身に宿す血、零れる血」

 葵龍羅アオイリュウラにとって、混乱と流転るてんの一日が終わった。

 そしてそれは、山梨県甲府市が火の海となったテロから、一繋ひとつなぎの一日……次元転移ディストーション・リープの光に包まれている間に、外の世界では別の時間が流れていたのだ。

 そのことについてまず、龍羅は説明する必要があった。

 当面の安全を保証してくれると言った、レオス帝国のアルズベックに。


ほど仔細しさいは承知した。つまり、リューラ……君たちが召喚され、この地に訪れるまでの一瞬の間、?」

「そうとしか今は説明ができません。自分にとっては、次元転移の光に飲み込まれたのは半日前でしかないのです」

「ふむ……その、次元転移というのは」

「我々の世界で、パラレイドと名乗る侵略者が用いる空間跳躍技術のことです」

「ぱられいど?」


 アルズベックは私室の長椅子に腰掛け、しどけなく身体を休めている。くつろいだ様子はガウン姿からも明らかだが、龍羅の本能が警戒心をかせない。

 龍羅も武道をおさめた身、故にこうした人が潜ませる力や技には敏感だ。

 本当に恐ろしい者こそ、その強さを相手に気取らせないのである。

 今、テーブルを挟んで座る龍羅の拳の間合いに、無防備なアルズベックがいる。必中の距離、一秒も掛からず届く。だが、龍羅の中でなにかが攻撃を躊躇ためらわせる。勿論前後のことを考えれば、アルズベック一人を倒したとて事態は好転しない。そして……全くの無防備なアルズベックを今、本当に倒せるのだろうかという疑念は消えなかった。

 さらに、龍羅の躊躇ちゅうちょはアルズベックの左右に座る少女たちだ。


「ぱられいど、とは……ふむ、まさか。よもや、いにしえの伝承にわずかに残る……ではあるまいな」

「アルズベック殿下?」

「いや、いい。リューラ、興味深い話だった。だが、お前の考えている懸念は、今までよりも……これから。そして、この者たちのことについてだな?」

「……はい」


 アルズベックに肩を抱かれて、うつろな目で彼のさかずきに酒を注いでいるのは、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんのパイロットだ。確か名は、皇都スメラギミヤコ。肌も顕なドレスを着せられ、あどけない顔立ちが無表情ながら美をかたどっている。感情の一切を魅了の術で奪われた今、彼女は美しい人形でしかなかった。

 そして、そのことに戦慄を禁じえないのか、逆側の隣ではもう一人の少女が震えている。

 従兄弟である飛猷流狼トバカリルロウの恋人、世代陽与ヨシロヒヨだ。

 彼女もまた着替えさせられ、その姿は局部の隠し方が巧妙なまでに扇情的せんじょうてきだ。まるで、脱がすまでを楽しむために作られたようなドレスで、陽与はうつむいている。


「アルズベック殿下、自分が望むものは二つ。まず、それを率直にお伝えします。そのことに二言もなく、後に要求を増やしたりたがえることは絶対にありません」

「ほう? 言うてみよ。私も持って回った腹の探り合いをするつもりはない」

「まず、陽与ちゃんとそちらの女性、都さんを含む、我々の世界から来た者たちの安全。そして、確約された元の世界への帰還手段と期限です」

「……リューラ、私は賢い人間が嫌いではない。そういった意味では、お前は好意に値する。明確極まりない上に、この状況でお前は優先すべき取捨択一しゅしゃたくいつを行った。ベスト、そしてマストな選択だと言っておこう」


 龍羅は次第に気付きはじめていた。

 このアルズベックという男が、ただの野心家、野望を抱く悪人ではないということを。時に命を軽んじ、自分の意に従わぬ者へは容赦がないのだろう。だが、彼の根幹には帝王学が感じられ、自尊心プライドや美意識が感じられる。そして、そのことに正直であり、過程における合理性の追求には心を砕くタイプだと察していた。

 そう自分で結論づけたことを、知ってか知らずかアルズベックは評価しているのだ。


「まず、召喚の儀でこの地に来た者たちの内、我が帝国に恭順きょうじゅんを示した者の安全を保証しよう。それには勿論、ヒヨとミヤコも含まれる」

「では」

「この二人には私の子を産んでもらうつもりだ。ヒヨにはきさきとなってもらい、ミヤコには側室として……であればこそ、客人である以上に手厚く遇して寵愛ちょうあいしようというのだ」


 アルズベックの瞳に、自分の顔が映るのをじっと龍羅は見詰める。

 アルズベックは今の言葉で、自分を試しているのだ。

 ここで逆上すれば、それこそいいようにあしらわれてしまう。賢い自分の価値を認めさせてこそ、交渉という危ういゲームが成立するのだ。そして、アルズベックはそれを楽しんでいるようでもあり、その相手である龍羅に価値を見出してくれている。

 心を落ち着けると、龍羅はようやく「……構いません」と言葉を吐き出した。

 ビクリと身を震わせた陽与を、今は見ることができない。


「次に、お前たち召喚されし者たちの滞在期限と帰還手段だが……こちらについては確約することはできぬ」

「何故です?」

「フ、物怖ものおじせぬ気概きがいだな。それは、お前たちが王機兵の乗り手として召喚されたからだ。そして今、王機兵の力が必要なのだ」

「……御自身の野望のためですか?」

「私の願いは平和、望みは繁栄と安寧だよ。そのためのレオス帝国による暗黒大陸統一、これは手段に過ぎん。いつか私は、暗黒大陸と呼ばれる呪われた名さえ刷新さっしんし、魔女の海アスタロッテをも超えてゆくつもりだ」

「その、まだ少しこの世界のことがわからないのですが」


 ふむ、と唸るやアルズベックは、華奢きゃしゃな都の抱き寄せながら語り出す。

 この地は古来より、暗黒大陸と呼ばれる閉ざされた禁忌きんきの地。神代かみよの昔より、支配を支配で競い合うことを宿命付けられた土地だという。そこに今、多くの国がおこって隆盛を競い、国境を接する場所では小競り合いが絶えない。

 そんな中で、国家間の緊張が続く中……異変は突然起きた。


「神話生物、というのを知っているかな? リューラ。お前たちの世界で言う、その、ぱられいどというものに似ている。交渉不能、意思の疎通が不可能な侵略者……否、侵略の意図さえなく暴れる魔物だ。田畑を腐らせ土地をけがし、民を食らう悪鬼……邪神」

「先程、少し説明を受けました」

「この暗黒大陸の各所に、突然奴らが、神話生物たちが同時多発的に出現した。そして、各国の王族や為政者は同時に皆、同じことを考えたのだ」

「ま、まさか」

「そのまさかだ。多くの国が、神話生物を……。侵略の尖兵せんぺいだとな。事実、この暗黒大陸では古来より、召喚の儀による巨大な戦争や政変、そして文明をも一変させた事件があとを絶たない」

「アルズベック殿下も、そうお考えで? どこかの国が、あの異形を呼び込んだと」

「……フッ、神話生物の由来や出処でどころなど些末さまつなこと。だが、各国の緊張は極限まで高まり、一触即発の空気が生まれた。これを重畳ちょうじょう、好機と思えばこそ、リューラ……お前たちが我らレオス帝国に招かれたのだ」


 盃を持ったまま、アルズベックは陽与をも抱き寄せる。そうして、怯える陽与の美しい黒髪に顔を寄せた。そうして龍羅を挑発するように少女たちの心身をむしばみつつ、そこにいたぶり傷付けるような害意は感じない。美術品を愛でるような優しさは、彼が所有欲を満たした故の寵愛そのものだ。


「神話生物に関しては、帝国内での駆除は進んでいる。まだまだ散発的な発生は続くだろうがな。湖猫うみねこ、という連中がいてな。どうやら例のバケモノを追ってるらしく、一時期雇い入れていたのだ。安い買い物であった、まさかあの程度の報酬で満足して去るとは」

「と、いいますと」

「ミヤコ、そしてチカゲといったかな……二人の機兵。それと、鎧に身を固めた白き巨人を求められたので、引き渡したのだ。なに、我がレオス帝国には機兵も、秘蔵の古代機兵も、なにより王機兵もある。使えず解明も難しいとなれば、報酬に与えてしまってもよかろう」


 そして、アルズベックは陽与の形良いおとがいを指でクイと持ち上げる。目をそらそして唇を噛みしめる陽与の、その吐息といきが肌で感じられる距離でアルズベックは笑っていた。

 心胆しんたんを寒からしめる、冷たい笑みだった。


「さて、リューラ。お前は我が帝国に対して意思を表明し、あろうことかこの私を相手に交渉までしてみせた。見事だ、今後は帝国内での自由を許そう。私につかえて、帝国と召喚されし者たちの橋渡しとなれ。さすれば、身の安全と未来の帰還に最大限の便宜べんぎはかろう」

「……ありがとうございます」

「では、お前も休め。私は疲れた、今宵こよいはここまでとしよう。……ふむ、まずはミヤコから試してみるか。美貌の戦士を閉じ込めた、無垢むくなる乙女のからだ


 陽与から離した手で、アルズベックは都の髪を一房ひとふさ手に取り、その香りを吸い込んだ。英雄色えいゆういろを好むと言うが、龍羅には彼が乱世らんせ奸雄かんゆうに思えた。王道を進む英雄ではなく、覇道を邁進する奸雄……膂力りょりょく胆力たんりょくは勿論、知力に長けてしたたかで狡猾こうかつ、そして残忍。それなのに一種の威厳と高貴さを併せ持つのは、それだけのうつわだと言わざるを得ない。

 アルズベックは立ち上がると、都に来るように言い放つ。

 震えてうわずった声が響いたのは、その時だった。


「ア、アルズベック殿下……わっ、わ、わた……私が、その」

「ん? どうした、ヒヨ。お前は私の正式な后として迎えるのだ。この国の母になる女なれば、ものには順序というものがある。一夜のたぎりを満たすだけの女ではないのだ、お前は」

「で、でも……アルズベック殿下。都さんは」

「私の術中にある限り、甘い夢に酔わせてやるも一興いっきょう……悪いようにはせぬ」

「で、でもっ!」


 陽与は立ち上がると、強張る身体で瞳をうるませる。

 勇気を振り絞ったかのような彼女を前に、龍羅にできることは、ない。

 心の中で流狼に詫びれば、握った拳の中で爪が痛いほどに食い込む。その激痛を握り締めて尚、流狼と陽与の喪失感に足りない。二人が二人でいられなくなってしまう瞬間を前に、なにもできぬ無力な自分を呪った。

 そんな龍羅の前で、陽与が言葉を懸懸命に絞り出す。


「わ、私が……その、お、お相手を」

「ほう?」

「私を后と言うのなら、后にできることを、させて……ください。私は、貴方あなたおっととすることで……なにかを守れる、なら。それに」


 意外なことを陽与が呟いた。

 そして、龍羅は初めて見る。

 アルズベックの鋭い眼光に、僅かな影が差したのを。


「貴方は、なにかを……背負って、抱えて、そして……苦しんでいる。そんな、気がするんです。それが、持って生まれた王の器、英雄の宿業さだめだというのなら」

「いうのなら? なんだというのだ、ヒヨ」

「……抜身ぬきみでは余りに危うい名刀には、さやが……必要、なんです」

「……フッ、異界の女とあなどったか。だが、我が心の深淵を読んでうたおうとした、その罪はゆるがたい。……誰にもわかりはせぬよ、私の心など。誰もな」


 アルズベックは珍しく乱暴に陽与の腰を抱くと、己に引き寄せた。

 そして、唇を簒奪さんだつした。

 乙女の純血を飾る、そのもっとも清らかな唇を我が物としたのだ。それも、龍羅の目の前で。そして、陽与の瞳から意思の光が消えてゆく。

 都同様に、陽与もまた魅了の術で心を奪われたのだ。

 脱力して崩れ落ちる陽与を抱き上げ、アルズベックがきびすを返す。


「優しさを見せるなど……そのような女こそが危険なのだ。逆らいあらがう者は力で、びへつらう者には財で。しかし、このような優しさは……フッ」


 それだけ言うと、アルズベックは隣の寝室へと消えていった。

 一度だけ肩越しに振り返ると、アルズベックは床だけを凝視する龍羅に一言残す。


「今宵の私を忘れよ、リューラ。私は約束は違えぬ……お前の小気味こぎみよさも忘れぬ、約定やくじょうを後日正式に交わし、それを守ろう。ミヤコは今宵、好きにするがよい。私の気持ちだ」


 龍羅の返事を待たず、ドアが閉められる。

 アルズベックは闇がよどんで影を引きずる中へと、陽与を連れ去ってしまった。

 龍羅には、分厚い扉の向こうから衣擦きぬずれの音が聞こえてくるような錯覚さえ覚える。そうしていると、龍羅の隣に静かに都が座った。

 虚無きょむを湛えた光のない双眸そうぼうが、龍羅を見上げて身体を寄せてくる。

 だが、受け入れることは勿論、拒むことができない。惨めな敗北感の中で、これが現状では一番なのだと、自分に言い聞かせても納得できない。

 そうこうしていると、静かに背後で廊下への扉が開いた。

 振り向く龍羅は、意外な人物の登場に目を見開く。


「あ、貴女あなたは……!?」

「お静かに。今、気配を殺して完全に私という存在を消しています。それに気付くとは……やはり、只者ではありませんね。大丈夫、私は敵ではない」


 翠緑色ジェイドグリーンの髪と瞳が、うなずいてくる。

 彼女は確か、ゼンシア神聖連邦しんせいれんぽう姫巫女ひめみこ……名は、シファナ・エルターシャ。昼間の召喚の儀で、立会人として招聘しょうへいされたやんごとなき身分の姫君だ。

 そして、龍羅はアルズベックとの面会の前に、予め周囲の側近たちから聞いていたことを思い出す。彼女こそが、この暗黒大陸で一番の信仰心を集める信奉の対象。スメルの姫巫女はまつりごとを見守り、各地を行幸して民の言葉に耳を傾ける。

 暗黒大陸と呼ばれし閉ざされた大地で、彼女こそが公正さの象徴、天秤てんびんの支柱なのだ。


「シファナ、様」

「シファナで結構です。さ、その方を此方こちらへ」


 言われるままに、龍羅は都の手首を握って立たせる。そのままシファナに預ければ、フラフラと都は危なげながら自立した。そんな彼女の顔を覗き込み、シファナの表情が怒りに凍ってゆく。

 燃え滾るいきどおりとは裏腹に、鋭利な刃のごとく冴え冴えとする横顔は美しかった。


「魅了の術で女性をたぶらかすなど。……術の魔力を抜きます」


 次の瞬間、シファナは都と唇を重ねた。

 わずか数秒という一瞬が、その刹那が龍羅には永遠にも感じられた。そして、驚愕に目を見開く都と、瞼を閉じたシファナが先程の二人に重なる。

 だが、シファナの息遣いには、不思議と慈愛といたわりが感じられた。

 奪うのではなく、むしろ与えるようなくちづけ。

 そして、都の瞳が徐々に光を取り戻す。

 それは、光を引いてシファナが唇を離すのと同時だった。


「ふぁ……ん、あれ? えと、私……あれれ? ……えーっ!?」


 我に返った都が、驚きに目を丸くしつつ……目の前のシファナに頬を赤らめる。気が動転して混乱する彼女の頭を、シファナは優しく胸に抱き締めた。


「恐ろしい思いをしましたね。ごめんなさい……この地の民は未だ、武で武を争う支配のことわりで生きているのです。この暗黒大陸の全ての民を代表して、おびを」

「い、いえ、その……はーっ、きれいな人……じゃない、えと、キ、キニシテナイデス!」

「どうしても貴女の身体にくすぶる魔力を中和する必要がありました。本当は仙薬せんやく等を用いればよかったのですが、急いでいましたので」

「は、はいぃ……えと、ノーカンにしときます。女の子だし、ノーカンで! エヘヘ」

「のーかん? ふふ、とりあえず許していただけるみたいね。なら、話は早いわ。すぐにここを出ましょう。そちらの方、確か……葵龍羅殿。貴方も一緒に」


 シファナは凛々しい笑みに気遣きづかいを織り交ぜてくる。

 レオス帝国の太子、皇子であるアルズベックには信用せざるをえない力があった。だが逆に、シファナには信頼したくなるようなぬくもりがある。あるように感じられる。そしてそれは多分、信じていいものだろう。

 だが、その時だった。

 寝室のドアの向こうから、悲鳴にも似た絶叫がほとばしった。

 かすれたようなむせび泣く声が響く。

 破瓜はかの刹那を思わせる陽与の声に、龍羅はただただ唇を噛むしかない。

 そして、徐々に悲鳴は嬌声きょうせいへと変わってゆく。かなしい女の性が、男の力から自分を守るための本能を働かせているのだ。理性を殺して心も想いも沈めたまま……出会ったばかりの権力に身体を差し出し、龍羅たちを守ろうとした陽与。

 なにかが壊れてしまった。

 そして、恐らくもう元には戻らない。

 ならば、龍羅が選択する道も一つしかなかった。


「シファナさん、僕を殴ってください」


 不思議な顔をした都が、シファナと自分とを交互に見てくる。既に正気に戻った彼女を前に、シファナは察しが良かった。


「……ここに残るのね?」

「ええ。他の人たちもいますし、僕だけがという訳にはいきません。それに……守れなかった者のためにも、僕にできることはこの場所でまだある筈なんです」

「覚悟、なんですね。今は問答している時間も惜しい、では」

「ええ!」


 都を下がらせたシファナは拳を振り上げ、そして……その手を降ろした。

 身を固くして待ち受けていた龍羅の前で、彼女は寂しそうに笑う。

 シファナは腰の短剣を抜くと、その鋭い刃を自分へと向けた。


「この女性を守って、貴方は私と揉み合いになった。結果、短剣を奪って私を撃退するも……守るべき対象を連れさらわれた。その方がいいでしょう」

「しかし、それでは」

「私はスメルの姫巫女。無抵抗の者を傷付けるなど……でも、私なら」


 それだけ言うと、シファナは自らの短剣を腕へと走らせる。室内の不思議な照明を反射する刃は、その鋭い切れ味で鮮血を床へと撒き散らした。

 中途半端ではだましきれぬと見たのか、シファナは滴る血があふれ出るまで、自分を深くえぐる。


「さ、これでいいでしょう。この短剣を」

「……お心遣いに感謝を。この恩は忘れません。その人を、都さんをお願いします」

「もとあと言えば、我ら暗黒大陸の民がおかした過ちです。それに……妙な胸騒ぎがする。まだなにか、大きなわざわいが……この地を、この星を」


 足元を血で濡らしながらも、気丈に振る舞うシファナの表情が汗を浮かべ始めた。慌てて止血を始めた都の、テキパキとした手当でも血は止まらない。下着もあらわになるほどにドレスを引き裂き、その布地で縛ったシファナの腕は赤黒く染まっていた。


「では、都さん。参りましょう。貴方も、ご無事で」

「えっと、龍羅君、だよね? 報告書で私も見たけど、無事でよかった。その、陽与ちゃんのこと、よろしくね? もう一人、流狼君はこっちで探して保護するから。だから」

「ええ、お願いします。そして……彼には僕が謝っていたと伝えてください。そして」


 ――そして、帝国に合流して機を待つ。

 そう伝えようと思った、その時には廊下のほうが騒がしくなってくる。

 龍羅は寝室の奥で立ち上がる気配を拾って、直ぐ様二人の少女を送り出した。その手に握らされた短剣は、まだ温かい血をしたたらせたままだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る