Act.02「星を駆る者」

第7話「平和を掴む、その手は汚れて」

 星の海を引き裂く、光。

 惑星間航行用わくせいかんこうこうようの外付けタンデムブースターに挟まれた、一隻の宇宙戦艦が闇の中を真っ直ぐにぶ。よく見れば損傷は大きく、船体の各所に船外活動で修理にいそしむ者たちの光が瞬いている。

 宇宙義賊うちゅうぎぞくコスモフリートの旗艦きかん、コスモフリートだ。

 もともとは月のアラリア共和国が、第二次降下作戦で地球侵攻を再開した時期の艦艇である。新八八艦隊はちはちかんたい構想に基づき建造された、当時の最新鋭の超高速戦闘艦……だが、計画は頓挫とんざし建造途中の八隻はスクラップに。その一隻が解体業者から酔狂すいきょうな兵器コレクターを経て、宇宙戦争博物館へ回される途中、姿を消した。後にその名の通り『宇宙海賊の単独艦隊コスモフリート』と呼ばれ、一隻ながらU3Fにもインデペンデンス・ステイトにも一個艦隊相当の戦力として登録されている。

 だが、アレックス・マイヤーズがCG補正の入ったモニターで見る姿は、ボロ船だ。

 何度も改装と改修を繰り返した結果、原型を留めぬ程に改造されているからだ。


「こういう物で宇宙を行き来する時、人類って人たちは武器を積みたがるんだよな」


 ぽつりとつぶやく間も、アレックスはコクピットでキーボードを叩き続ける。彼が着るスペーススーツの回線には、今もコスモフリートの構成員たちの声が交錯こうさくしていた。その中に入り交じる少年少女の言葉が、アレックスを再びこの場所に座らせている。

 スペースコロニー、ミストガーデンで開発され、成り行きとはいえアレックスが目覚めさせてしまったダイバーシティ・ウォーカー、通称DSW……その名はピージオン。頭部に女神像を頂く純白の電脳神サイバーマキナ


「よし、プログラム修正完了……あとは月の制宙権に飛び込むと同時にコミット、リリース。それで分厚い防空網を素通りだ。……上手くいけばだけど」

『わたしの計算では、アラリア共和国の月軌道絶対防衛線つききどうぜったいぼうえいせんを突破できる確率は……18%』

「そういうのって、小さい数字ほど劇的ドラマティックに成功しちゃうんだよな。わかるか? エラーズ」

『理解不能』


 アレックスはピージオンとリング・ブースターの接続を確認し、機体モードをアクティブに。

 ピージオンに搭載された人工知能、エラーズがチェッキングリストの文字列をモニターに高速でスクロールさせた。

 虚空こくうの宇宙を切り裂くコスモフリートの、その艦首にひざまずく白い影が双眸そうぼうに光を走らせた。片膝を突いて屈んでいたピージオンが、ゆっくりと立ち上がる。それはあたかも、女神像を抱くピージオン自体が、宇宙を馳せる海賊船の守護神にも見える。

 同時に、耳に通りの良い声が飛び込んで来る。


『全艦に達する、艦長のバハムートだ。これより本艦は、月面アラリア共和国の防空網を突っ切り……地球へと向かう。木星圏からの半月、皆には感謝している。ありがとう』


 小さな歓声が回線のそこかしこで木霊こだまして、それがどこか遠くの祭のようにアレックスには聞こえてくる。団結力の強い宇宙義賊たちの中にあって、巻き込まれているアレックスの気持ちは寄り添えない。

 まだ、完全には信用出来ない。

 しかし、信頼を勝ち得てしまった現実があった。


『ミストガーデンからこっち、U3Fとインデペンデンス・ステイトの追撃は厳しかったが、我々はそれを振り切った。あと一息、みんなの力を貸してくれ! 我々宇宙義賊コスモフリートは、例のウロボロスとかいう連中と一時的に手を組む。しかしそれは、あ、おい! ちょっと!』


 突然、バハムート艦長の声が乱れて、そしてマイクが回線の向こうで取り上げられたようだ。そして、全員に伝わる公共高域周波数にキンキンと高い女の子の声が響き渡る。


『アレックス・マイヤー。聞いているな? 私だ、御堂刹那ミドウセツナ特務三佐だ。一度しか言わん、よく聞け』

『ちょっと、刹那ちゃん? いい子だからマイクを……ああもうっ、誰か! この子をブリッジから放り出せ! あ、ちょ、まっ……痛い! 痛いんですよ、そこは男は!』

『アレックス・マイヤー。まずは礼を言うぞ。またそれに……コード『PXP』、ピージオンに乗ってくれたことに感謝する』


 御堂刹那……つい先日、コスモフリートにランデブーしてきた人類同盟じんるいどうめいの特務三佐だ。なんでも、ウロボロスなる秘匿機関ひとくきかんの人間で、木星圏で孤立したアレックスたちを地球に招き、然るべき措置を経てから保護してくれるという。正直手詰まりだったコスモフリートは、一時期木星圏を離れるという決断を下したのだった。

 だが、謎は猜疑心さいぎしんともない、大きな不信感をもはらんでいた。

 謎の少女、刹那は果たして……正義の義賊への福音ふくいんか? それとも海賊を吊るす荒縄か。


「そういえばあの人、妙な船で合流してきたな。船は地球圏へ戻っていったけど……っと、はいはい、聞こえてます刹那さん! ピージオンはアレックス・マイヤーズでいくんです」

『結構だ……今回、リング・ブースター装備のピージオンに対して、特殊な装備を施した。貴様の座るコクピットを満たす特殊ジェル、それは絶対元素Gxぜったいげんそジンキのちょっとした応用で作られた流体ショックアブソーバーだ』

「へえ、これが……加速時のGとかを軽減してくれるのか」

『そうだ』


 今、ピージオンのコクピットは不思議なゲル状の物質で満たされている。透明で手足の動きや操縦には違和感がないが、舐めると酷く苦いそうだ。この物質は絶対元素Gxによる軍事研究の産物で、操縦に際して一定の機動で加速すると電圧がかかり、アレックスの身体を受け止め支えるという。

 やはり、普通ではない。

 こんな技術、木星圏ではまだどこでも使われていないし、存在すら知らなかった。

 先日ランデブーしてきた船もそう……艤装ぎそうすら済んでいない、100m程の未塗装状態だった。小さな前進翼を持つ、研ぎ澄まされた細剣レイピアのようなシルエットの宇宙船。それは、僅か数日で地球圏から来て、正確にコスモフリートの位置を算出し合流してきたのだった。

 だが、今はそんなことを考えている暇はない。


「刹那さん、僕……やります、けど。やれてもいるけど。……本当に地球に行けば、みんなは、妹や仲間たちは助けてもらえるんですよね? それと、宇宙義賊のみんなも」

『当然だ。貴様らは黙って私の采配に従えばよい。私は常に最良の手段を用いている……貴様はかく、そのピージオンは地球の平和を守る大事なパズルのピース、マスターピースだ』

「……その、大事な大事なピージオンは今、僕の手にあるということを忘れないでください」

『わかっている。……よし、代わろう。貴様もなにか言ってやれ。いいな? 艦長殿!』


 アレックスはバハムートの『はいはい、おチビちゃん!』という、うんざりした声を聞く。その次に鼓膜を震わせてきたのは、小さくか細い少女のささやきだった。


『アレックス……大丈夫、だよね? ねえ、アレックス』


 それは、自分を兄とも思わず呼び捨てにする妹、ミリアだ。いつもは強気で勝気なお転婆娘てんばむすめだが、その声はかすれて震えている。

 思わずアレックスは、少しだけささくれた気持ちを和らげた。


「大丈夫さ、ミリア。僕が皆を守る。だからミリアも、エリーやデフたちの言うことをちゃんと聞くんだ。僕は平気さ、僕じゃないとこのピージオンは動かないしね。手が空いてる僕でもあるし」

『……うん。じゃ、じゃあ、私……ご馳走作って待ってるね! ……待ってる、ね』

「ああ。お前、随分ジャガイモの皮剥きが上達したもんな。もう僕、かなわないよ」

『うん……うん。お兄ちゃんも、上手いけど……私も、負けてないよ。負けないん、だから』


 妹のミリアは泣いていた。ミストガーデンを脱出してから、ずっと泣かせていたのだ。それでも、またアレックスはこのピージオンに乗ってしまった。泣いてる妹の涙を拭うべき手は今、耐圧ゲルの満ちた密閉空間で操縦桿スティックを握っている。

 そして今、立ち上がったピージオンは首をキュインと巡らし、後方から迫る最後の追撃部隊を見詰めていた。まるで、全てを見通す千里眼のような瞳が光る。


『艦長! 後方より高熱源体多数! 高速接近! ……は、速いっ!』

『来やがったか、恐らくこいつで連中もカンバンだろうさ! 木星圏で小競り合いしてる連中が、正面切ってアラリアの宇宙そらに突っ込んじゃこねえ! んで、数は!』

『わかりません!』

『わかりません、じゃないんですよ! いいから数えろ!』

『たっ、沢山です! 凄く多いです!』

『バカヤロウ!』


 通信士がバハムートと怒鳴り合ってる内に、回線が違うチャンネルからの声を拾った。そこには、アレックスを安心させるような声が静かに響く。


『アレックス、用意はいい? 多分、なにかブースターとか使ってると思うんだけど……追撃部隊、速いわよ? 識別コードはインデペンデンス・ステイト、数はゴメン、わからない』

「エリー、君もブリッジに? どうして」

『手が足りないのよ、人の手が。通信管制オペレーターは任せて、アレックス。ただ、最大加速で翔ぶコスモフリートから発進して戻れるのは、ピージオンだけ。他は出撃できなの』

「ピージオンならリング・ブースターがあるからか……うん、そうだね」

『コスモフリートまで自力で戻るためには、600秒以内に相手を倒さないといけないの……いい? タイムリミットは600秒、それを超えると……追いつけなくて取り残されちゃう』


 エリーの声は冷静で、ともすれば怜悧れいりに凍っている。彼女も恐いのだ。恐ろしさに震える自分を律して、アレックスのためにこうして通信席に座ってくれている。

 戦いは嫌いだし、こっちは戦争をやっているつもりはない。

 それでも、そういうアレックスの願いと祈りを巻き込みながら、今も戦火は広がっている。そして、人類同士が戦う木星圏から舞台は今……無数の暴力と敵意が渦巻く混迷の地球へ。謎の敵に襲われる中でもテロは止まず、月とさえ戦争をしているのが今の地球圏だ。


「ねえ、エリー」

『ん? なに、アレックス』

「正直、僕も恐い。逃げ出したいよ」

『ふふ、そうね。でも、そうもいかないでしょう? そうもできないし、そうしないのって』

「残念だけど、どうせ状況に流されるならって、そう思えてしまうんだ」

『そう。でも、そういうアレックスのこと、うん……好き、だよ?』

「ありがとう。この船のみんなと、仲間と妹と……君を守って、僕は翔ぶよ。長い長い一生の中の600秒、この10分だけ僕は戦う。怨嗟と憎悪ではなく、もっち違うもので言い訳してさ」

『……うん』

「だから、戻ったら……戻ってこれたらさ。おもいっきり引っ叩いてよ。自分を曲げるな、馬鹿! って。僕は今、変節しているし、自分をいつわっている。でも、そのことに対して迷いを忘れてしまったから」


 それだけ言うと、アレックスは立たせたピージオンを振り向かせる。

 艦首から見るブリッジは今、光の中にこちらを見詰める人影が浮かんでいる。小さく手を振るエリーの姿が、第一種戦闘配置で閉鎖される防弾シャッターの向こうに消えていった。

 そして、光の尾を引くコスモフリートの艦尾、その向こうに光点を感じる。

 速い、近づいている。

 その中の一つが、さらに加速する。

 高度な電子戦装備を持ち、通常の何倍ものレンジを持つレーダーが敵意を捉えていた。


「じゃあ、ちょっと行ってくる。地球に無事に降りられたら、もう少し今度は真面目に勉強したいな。平和って、おもいがなくては成り立たないけど……現実的な手段も必要なんだよ」

『そうね……』

「エリーは? 地球、初めてだよね。どこか行きたいこと、やりたいこととか、ある?」

『そうだなあ……んー、海。海が見たいわ。青い海、それと青い空』


 ピージオンは背のリング・ブースターを起動させる。スラスターの集合体であり、それ自体が巨大なロケットモーターでもあるリング・ブースターは、その名の通り天使の光輪にも似た輝きを広げ出した。

 そして、艦首に立つピージオンが浮き上がり、甲板からゆっくりと離れる。

 相対速度をコスモフリートと合わせたまま、アレックスはピージオンの身を真っ直ぐ伸ばして宇宙の海を泳ぐ。その手にはベイオネットライフルが握られていた。


『敵機再加速……あと60秒で追いつかれる』

「追いつかれないさ。……追いつかせない!」

『気をつけて、アレックス……月の向こうで待ってるから。LDP-91 ピージオン! 発進、どうぞ!』

「アレックス・マイヤー、迎撃行動……出てみる!」


 瞬間、逆噴射と同時にピージオンは急速反転。たちまちコスモフリートの船体が遠ざかる。その行く先に今、おぼろげな闇に浮かぶ月が光に包まれていた。

 ここから見る月はもう近く、月面には蒼い光を湛えた地球の出が小さく輝いている。

 僅かな地球光を拾って輝く、白亜の機体をアレックスはひるがえした。

 セットしたタイマーに600セコンドの文字が浮かんで、それがカウントを刻んでゆく。


「エラーズ、電子戦用意……ECM作動。アラリア共和国の防空網へアクセス。コスモフリートが飛び去るまでの数分でいい、全てのレーダーを無力化するんだ」

『コマンド了解』

「お前はアラリアへのハッキングに専念、こっちは手伝わなくていい。お出迎えは……僕がするっ!」


 眩い光を放つピージオンが加速すれば、身体をスペーススーツの外から包む対ショック用ゲルが受け止めてくれる。それでも殺しきれぬGに奥歯を噛みつつ、アレックスはフルスロットルを叩き込んだ。

 そして、追撃してくるDSWとの相対速度を合わせるべく回り込む。

 奈落アビスの深淵にも似た暗黒の中、大きく光の弧を描いてピージオンは飛翔した。たちまち目の前に、長い長いブースターとプロペラントタンクを増設したDSWが迫る。それが目視でインデペンデンス・ステイトのギム・デュバルだと認識した瞬間には、互いの距離はゼロを飛び越えていた。

 機動力を最大に回り込んだピージオンが、コスモフリートの背後を狙う追撃部隊の、その背後を強襲する。


『な、なにっ!? 後だと!?』

『各機、散れ! 散開ブレイク!』

『プロペラント、及びブースターをパージ……う、うわあああっ!』


 咄嗟とっさの奇襲で先手を取ったアレックスが、身を声に叫ぶ、その咆哮が力を呼んだ。


「ベイオネット、銃剣って意味ならさ! こうして、やれるんでしょ!」


 ガン! と、挙動を乱した一機のギム・デュバルへと体を浴びせるピージオン。そのまま押し当てたベイオネットライフルが、零距離で火を吹いた。

 たちまち頭部を撃ち抜かれたギム・デュバルが小爆発で後方に遠ざかる。

 互いにGの中で戦う、超々高速高機動での戦闘。

 センサーが集中する箇所の一つ、頭部だけを破壊された敵機は背後に見えなくなった。


「ハァ、ハァ……それで言い訳できるだろ、回収されるまで大人しくして――ッ!!!!」


 咄嗟に機体を反転させた瞬間、一秒前のピージオンとアレックスを穿うがつ光。走る火線の先から降ってくる闘争心を見上げて、ピージオンの掲げる女神のレリーフが輝いた。

 そして、宇宙の闇を沸騰させるような声が響く。


『会いたかったな、女神飾めがみかざり! 今日こそその首、貰い受ける!』

「チィ! この間の!」


 限界機動でマニュアル回避するピージオンの中で、激しい横Gにアレックスがうめき声を噛み潰す。ハンターと呼ばれる猟銃型のロングライフルを斉射しながら、直ぐ側を敵機がすり抜けた。その機体だけが異様に俊敏で機敏、そして鋭い。

 宙へ漂う熱した空薬莢からやっきょうが、ピージオンの装甲をカンコンと叩いて背後に飛び去る。

 マガジンを交換しながら反転するあの敵は、周囲のギム・デュバルとは違った。


『外しただと? ええい、女神の祝福を気取るなど! 観念するのだ、女神飾りっ!』

「お前だって、革命家ぶってても……戦争やってるんでしょうに!」


 周囲からの援護攻撃を受けつつ、隊長機と思しきギム・デュバルがヘッジホッグ――腕部に搭載されたエネルギースピア発生装置――に光を集める。


『宇宙の民を救う意志が、インデペンデンス・ステイトに集うなら……このナナキ・バランガが戦うと!』

「勝手ですよ、それは! 勝手に過ぎるんですよーっ!」


 チラリと視線をコンソールに走らせれば、既に180秒が経過している。だが、まだ一機しか墜とせていない。レーダーで確認すれば、敵の数は残り五機。エラーズは月面へのハッキング中で、そのサポートから完全にアレックスは切り離されていた。


「あと400秒ちょっとで五機! 落とせないまでも、黙らせる。……? なんだ、六機目?」


 その時、アレックスは見た……木星圏の方から飛来する、真紅の光を。それはどんどん近付いて、恐るべき速さでインレンジ。あっという間に迎撃の戦場に翼を羽撃はばたかせた。

 そう、それは……電脳の女神王を守護する、くれない熾天使セラフにも似た六枚の翼だった。

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