Act.02「星を駆る者」
第7話「平和を掴む、その手は汚れて」
星の海を引き裂く、光。
もともとは月のアラリア共和国が、第二次降下作戦で地球侵攻を再開した時期の艦艇である。新
だが、アレックス・マイヤーズがCG補正の入ったモニターで見る姿は、ボロ船だ。
何度も改装と改修を繰り返した結果、原型を留めぬ程に改造されているからだ。
「こういう物で宇宙を行き来する時、人類って人たちは武器を積みたがるんだよな」
ぽつりと
スペースコロニー、ミストガーデンで開発され、成り行きとはいえアレックスが目覚めさせてしまったダイバーシティ・ウォーカー、通称DSW……その名はピージオン。頭部に女神像を頂く純白の
「よし、プログラム修正完了……あとは月の制宙権に飛び込むと同時にコミット、リリース。それで分厚い防空網を素通りだ。……上手くいけばだけど」
『わたしの計算では、アラリア共和国の
「そういうのって、小さい数字ほど
『理解不能』
アレックスはピージオンとリング・ブースターの接続を確認し、機体モードをアクティブに。
ピージオンに搭載された人工知能、エラーズがチェッキングリストの文字列をモニターに高速でスクロールさせた。
同時に、耳に通りの良い声が飛び込んで来る。
『全艦に達する、艦長のバハムートだ。これより本艦は、月面アラリア共和国の防空網を突っ切り……地球へと向かう。木星圏からの半月、皆には感謝している。ありがとう』
小さな歓声が回線のそこかしこで
まだ、完全には信用出来ない。
しかし、信頼を勝ち得てしまった現実があった。
『ミストガーデンからこっち、U3Fとインデペンデンス・ステイトの追撃は厳しかったが、我々はそれを振り切った。あと一息、みんなの力を貸してくれ! 我々宇宙義賊コスモフリートは、例のウロボロスとかいう連中と一時的に手を組む。しかしそれは、あ、おい! ちょっと!』
突然、バハムート艦長の声が乱れて、そしてマイクが回線の向こうで取り上げられたようだ。そして、全員に伝わる公共高域周波数にキンキンと高い女の子の声が響き渡る。
『アレックス・マイヤー。聞いているな? 私だ、
『ちょっと、刹那ちゃん? いい子だからマイクを……ああもうっ、誰か! この子をブリッジから放り出せ! あ、ちょ、まっ……痛い! 痛いんですよ、そこは男は!』
『アレックス・マイヤー。まずは礼を言うぞ。またそれに……コード『PXP』、ピージオンに乗ってくれたことに感謝する』
御堂刹那……つい先日、コスモフリートにランデブーしてきた
だが、謎は
謎の少女、刹那は果たして……正義の義賊への
「そういえばあの人、妙な船で合流してきたな。船は地球圏へ戻っていったけど……っと、はいはい、聞こえてます刹那さん! ピージオンはアレックス・マイヤーズでいくんです」
『結構だ……今回、リング・ブースター装備のピージオンに対して、特殊な装備を施した。貴様の座るコクピットを満たす特殊ジェル、それは
「へえ、これが……加速時のGとかを軽減してくれるのか」
『そうだ』
今、ピージオンのコクピットは不思議なゲル状の物質で満たされている。透明で手足の動きや操縦には違和感がないが、舐めると酷く苦いそうだ。この物質は絶対元素Gxによる軍事研究の産物で、操縦に際して一定の機動で加速すると電圧がかかり、アレックスの身体を受け止め支えるという。
やはり、普通ではない。
こんな技術、木星圏ではまだどこでも使われていないし、存在すら知らなかった。
先日ランデブーしてきた船もそう……
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
「刹那さん、僕……やります、けど。やれてもいるけど。……本当に地球に行けば、みんなは、妹や仲間たちは助けてもらえるんですよね? それと、宇宙義賊のみんなも」
『当然だ。貴様らは黙って私の采配に従えばよい。私は常に最良の手段を用いている……貴様は
「……その、大事な大事なピージオンは今、僕の手にあるということを忘れないでください」
『わかっている。……よし、代わろう。貴様もなにか言ってやれ。いいな? 艦長殿!』
アレックスはバハムートの『はいはい、おチビちゃん!』という、うんざりした声を聞く。その次に鼓膜を震わせてきたのは、小さくか細い少女の
『アレックス……大丈夫、だよね? ねえ、アレックス』
それは、自分を兄とも思わず呼び捨てにする妹、ミリアだ。いつもは強気で勝気なお
思わずアレックスは、少しだけささくれた気持ちを和らげた。
「大丈夫さ、ミリア。僕が皆を守る。だからミリアも、エリーやデフたちの言うことをちゃんと聞くんだ。僕は平気さ、僕じゃないとこのピージオンは動かないしね。手が空いてる僕でもあるし」
『……うん。じゃ、じゃあ、私……ご馳走作って待ってるね! ……待ってる、ね』
「ああ。お前、随分ジャガイモの皮剥きが上達したもんな。もう僕、かなわないよ」
『うん……うん。お兄ちゃんも、上手いけど……私も、負けてないよ。負けないん、だから』
妹のミリアは泣いていた。ミストガーデンを脱出してから、ずっと泣かせていたのだ。それでも、またアレックスはこのピージオンに乗ってしまった。泣いてる妹の涙を拭うべき手は今、耐圧ゲルの満ちた密閉空間で
そして今、立ち上がったピージオンは首をキュインと巡らし、後方から迫る最後の追撃部隊を見詰めていた。まるで、全てを見通す千里眼のような瞳が光る。
『艦長! 後方より高熱源体多数! 高速接近! ……は、速いっ!』
『来やがったか、恐らくこいつで連中もカンバンだろうさ! 木星圏で小競り合いしてる連中が、正面切ってアラリアの
『わかりません!』
『わかりません、じゃないんですよ! いいから数えろ!』
『たっ、沢山です! 凄く多いです!』
『バカヤロウ!』
通信士がバハムートと怒鳴り合ってる内に、回線が違うチャンネルからの声を拾った。そこには、アレックスを安心させるような声が静かに響く。
『アレックス、用意はいい? 多分、なにかブースターとか使ってると思うんだけど……追撃部隊、速いわよ? 識別コードはインデペンデンス・ステイト、数はゴメン、わからない』
「エリー、君もブリッジに? どうして」
『手が足りないのよ、人の手が。
「ピージオンならリング・ブースターがあるからか……うん、そうだね」
『コスモフリートまで自力で戻るためには、600秒以内に相手を倒さないといけないの……いい? タイムリミットは600秒、それを超えると……追いつけなくて取り残されちゃう』
エリーの声は冷静で、ともすれば
戦いは嫌いだし、こっちは戦争をやっているつもりはない。
それでも、そういうアレックスの願いと祈りを巻き込みながら、今も戦火は広がっている。そして、人類同士が戦う木星圏から舞台は今……無数の暴力と敵意が渦巻く混迷の地球へ。謎の敵に襲われる中でもテロは止まず、月とさえ戦争をしているのが今の地球圏だ。
「ねえ、エリー」
『ん? なに、アレックス』
「正直、僕も恐い。逃げ出したいよ」
『ふふ、そうね。でも、そうもいかないでしょう? そうもできないし、そうしないのって』
「残念だけど、どうせ状況に流されるならって、そう思えてしまうんだ」
『そう。でも、そういうアレックスのこと、うん……好き、だよ?』
「ありがとう。この船のみんなと、仲間と妹と……君を守って、僕は翔ぶよ。長い長い一生の中の600秒、この10分だけ僕は戦う。怨嗟と憎悪ではなく、もっち違うもので言い訳してさ」
『……うん』
「だから、戻ったら……戻ってこれたらさ。おもいっきり引っ叩いてよ。自分を曲げるな、馬鹿! って。僕は今、変節しているし、自分を
それだけ言うと、アレックスは立たせたピージオンを振り向かせる。
艦首から見るブリッジは今、光の中にこちらを見詰める人影が浮かんでいる。小さく手を振るエリーの姿が、第一種戦闘配置で閉鎖される防弾シャッターの向こうに消えていった。
そして、光の尾を引くコスモフリートの艦尾、その向こうに光点を感じる。
速い、近づいている。
その中の一つが、さらに加速する。
高度な電子戦装備を持ち、通常の何倍ものレンジを持つレーダーが敵意を捉えていた。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。地球に無事に降りられたら、もう少し今度は真面目に勉強したいな。平和って、
『そうね……』
「エリーは? 地球、初めてだよね。どこか行きたいこと、やりたいこととか、ある?」
『そうだなあ……んー、海。海が見たいわ。青い海、それと青い空』
ピージオンは背のリング・ブースターを起動させる。スラスターの集合体であり、それ自体が巨大なロケットモーターでもあるリング・ブースターは、その名の通り天使の光輪にも似た輝きを広げ出した。
そして、艦首に立つピージオンが浮き上がり、甲板からゆっくりと離れる。
相対速度をコスモフリートと合わせたまま、アレックスはピージオンの身を真っ直ぐ伸ばして宇宙の海を泳ぐ。その手にはベイオネットライフルが握られていた。
『敵機再加速……あと60秒で追いつかれる』
「追いつかれないさ。……追いつかせない!」
『気をつけて、アレックス……月の向こうで待ってるから。LDP-91 ピージオン! 発進、どうぞ!』
「アレックス・マイヤー、迎撃行動……出てみる!」
瞬間、逆噴射と同時にピージオンは急速反転。たちまちコスモフリートの船体が遠ざかる。その行く先に今、おぼろげな闇に浮かぶ月が光に包まれていた。
ここから見る月はもう近く、月面には蒼い光を湛えた地球の出が小さく輝いている。
僅かな地球光を拾って輝く、白亜の機体をアレックスは
セットしたタイマーに600セコンドの文字が浮かんで、それがカウントを刻んでゆく。
「エラーズ、電子戦用意……ECM作動。アラリア共和国の防空網へアクセス。コスモフリートが飛び去るまでの数分でいい、全てのレーダーを無力化するんだ」
『コマンド了解』
「お前はアラリアへのハッキングに専念、こっちは手伝わなくていい。お出迎えは……僕がするっ!」
眩い光を放つピージオンが加速すれば、身体をスペーススーツの外から包む対ショック用ゲルが受け止めてくれる。それでも殺しきれぬGに奥歯を噛みつつ、アレックスはフルスロットルを叩き込んだ。
そして、追撃してくるDSWとの相対速度を合わせるべく回り込む。
機動力を最大に回り込んだピージオンが、コスモフリートの背後を狙う追撃部隊の、その背後を強襲する。
『な、なにっ!? 後だと!?』
『各機、散れ!
『プロペラント、及びブースターをパージ……う、うわあああっ!』
「ベイオネット、銃剣って意味ならさ! こうして、やれるんでしょ!」
ガン! と、挙動を乱した一機のギム・デュバルへと体を浴びせるピージオン。そのまま押し当てたベイオネットライフルが、零距離で火を吹いた。
たちまち頭部を撃ち抜かれたギム・デュバルが小爆発で後方に遠ざかる。
互いにGの中で戦う、超々高速高機動での戦闘。
センサーが集中する箇所の一つ、頭部だけを破壊された敵機は背後に見えなくなった。
「ハァ、ハァ……それで言い訳できるだろ、回収されるまで大人しくして――ッ!!!!」
咄嗟に機体を反転させた瞬間、一秒前のピージオンとアレックスを
そして、宇宙の闇を沸騰させるような声が響く。
『会いたかったな、
「チィ! この間の!」
限界機動でマニュアル回避するピージオンの中で、激しい横Gにアレックスが
宙へ漂う熱した
マガジンを交換しながら反転するあの敵は、周囲のギム・デュバルとは違った。
『外しただと? ええい、女神の祝福を気取るなど! 観念するのだ、女神飾りっ!』
「お前だって、革命家ぶってても……戦争やってるんでしょうに!」
周囲からの援護攻撃を受けつつ、隊長機と思しきギム・デュバルがヘッジホッグ――腕部に搭載されたエネルギースピア発生装置――に光を集める。
『宇宙の民を救う意志が、インデペンデンス・ステイトに集うなら……このナナキ・バランガが戦うと!』
「勝手ですよ、それは! 勝手に過ぎるんですよーっ!」
チラリと視線をコンソールに走らせれば、既に180秒が経過している。だが、まだ一機しか墜とせていない。レーダーで確認すれば、敵の数は残り五機。エラーズは月面へのハッキング中で、そのサポートから完全にアレックスは切り離されていた。
「あと400秒ちょっとで五機! 落とせないまでも、黙らせる。……? なんだ、六機目?」
その時、アレックスは見た……木星圏の方から飛来する、真紅の光を。それはどんどん近付いて、恐るべき速さでインレンジ。あっという間に迎撃の戦場に翼を
そう、それは……電脳の女神王を守護する、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます