第6話「君といつか、いつの日か」
だが、足早に歩く
「そっちも大変だったんだ、灯ちゃん。こっちはもーねー、大惨事だったよぉ」
「奪われた新型機、
灯を挟んで左右から声があがる。長い金髪の小柄な女性が、
二人と灯と、隊長の
仲間の話を交互に聞いていると、後を歩くりんなが声をあげる。
「独立治安維持軍も大変なんですね、灯さん。それに、今日のあの機体……あの四機と一機は、明らかに軍人さんでしたし……これからどうなるんでしょう」
「大丈夫よ、りんなちゃん。そう悪いようにはならないわ。そのために私たちは集まってるんですもの。先方次第でもあるけど……ま、こればっかりはね」
安心させるような笑みを返して、灯は扉の前に立つ保安員と敬礼を交わす。そうしてドアを開けば、四人の迷彩服姿が立ち上がって敬礼を返してくれた。彼らの隊長であるバルト・イワンド大尉は司令官の執務室に行ってるし、
この部屋にいるのは、バルトの部下たちだ。
「お疲れ様です、独立治安維持軍の一条灯です。あ、楽にしてくださいね」
灯が微笑むと、一人の男が前に歩み出る。
整った顔立ちは生真面目さが
「自分はエークス軍
「私たち独立治安維持軍には階級がないの。灯でいいわ。よろしく、リーグ中尉」
「ありがとう、一条灯さん。部下共々宜しくお願いしたい」
灯はリーグと握手を交わし、次いでルーカス・クレット少尉やナオト・オウレン少尉といった試験先行運用部隊の隊員とも挨拶を終える。最後に、同じ迷彩服を着てはいるが、雰囲気の違う少女が白い手を伸べてきた。
「ミラ・エステリアル准尉です。G.K.
「よろしく、ミラ准尉」
オンスロートというのは、重装甲で膨れ上がった砲打撃戦用の、あのバリアを張る機体だ。あんな厳つい機体に、こんな若い少女が乗っていることに灯は驚く。そして、背後で都やりんながじっと見るように、灯も気になってミラの顔を見詰めた。
周囲は男性ばかりだから、気付かないのはしょうがないかもしれない。
白い顔のミラは、同性から見れば少し疲れて見えた。
「仲間を紹介するわ。私や級と同じオスカー小隊の東堂千景、そして皇都です。あと、
各々に軽く自己紹介しながら握手し合っていると、級が司令官の執務室から戻ってきた。彼は千景や都とニ、三の事務的なやり取りをして、今日の新型機強奪事件の
意外と笑うと少年のような
級は居並ぶ面々を前に、明るく振る舞って周囲を見渡した。
「さて、さっきまで銃を突き付けあってたんだけど……うちの司令は話のわからない人じゃないし、さ。そっちさえよければ水に流して欲しい。それに、必要なものがあったらなんでも言って欲しいな」
「ありがたいね、こっちも同じ気持だ。死人も怪我人も出なかった、それでよしとしましょう。……それで、広島のガイドブックかなにかがあればありがたい。日本は初めてで、自由時間ができたら観光したくてね!」
軽口でおどけてみせるルーカスが調子を合わせてくれて、周囲に小さな笑いが満ちる。どうやら向こうには遺恨も敵意もない、あっても忘れてくれるらしい。それが灯にはありがたかったし、すぐに二つの陣営は打ち解けた雰囲気を共有し合った。
エークス軍の者たちは
「しかし、あのバルト隊長とやりあったのが、こんな年端もいかぬ少年とは驚きだ」
「日本の軍は彼ごと撃ってきましたね……どういう組織なんでしょう」
「わたしたち幼年兵は、どうしても戦場では
「俺は、別に……やってりゃ、勝ったし。イテッ! なにすんだよ、りんな」
落日の
視線を逸らしつつ、ちょっと灯は肘でその脇腹を
「なに? 表情硬いぞ? ……なにかあったの」
「『
「ああ、補給とか修理とかしてくれる業者さん」
「うん、零児君は契約を延長させてもらって、もう中東に向かってるよ。途中で資材や物資を調達するから、先に出てもらったって」
そういえば、基地に来てから零児とザクセンの姿を見ていない。あの重機っぽいホワイトとイエローの機体は、どうやら既に次の仕事に向かっているようだ。
そして、それは自分たち治安維持軍も同じ……戦いは終わらず、始まり続けている。
奪取された新型レヴァンテインに、再び蜂起した『暁の門』、そして謎の次元転移反応。灯は胸中に黒い靄が広がり、それが不安を伴い満ちてゆく冷たさを感じていた。
そんな中、気付けば千景とルーカス、そしてりんなは意気投合してしまったらしい。
「やっぱり廣島と言えばお好み焼きですよ、少尉さん! 千景さんもっ」
「ああ、そうだ。りんなちゃん、ルーカス少尉も。廣島は美味しい物ばかりですよ」
「お好み、焼き……ああ、ジャパニーズ・ピザ的なものだな。そいつはいい」
「あと、わたしも観光したいなあ。原爆ドームに厳島神社、そして……大和ミュージアムッ!」
りんなは手に持ったタブレットで情報を引き出すと、それをエークス軍の四人に見せる。この時代にタブレットを持っているのは、日本……こっちの日本皇国では珍しい。かつては一人が一台携帯電話を持っていた時代もあるが、今の世界は地球規模で文明が後退しているのだ。独立治安維持軍の灯たちは、特別に携帯電話を支給されているが……二つ折りの古いタイプである。
逆に、エークス軍の面々にはタブレットは珍しい物ではないらしい。
――やはり、別世界からの来訪者なのだろうか?
エークスという国は地球の何処を探しても見つからないし、あんな20mクラスの人型機動兵器を運用している組織も存在しない。非科学的だとは思わうが、やはり灯も個人的に彼らが異邦人であるという予感を巡らせる。
そんな時、背後でドアが開いた。
振り返れば、東堂司令がバルトと歩駆を連れて戻ってきた。
「全員揃ってるな、諸君。ん、千景……無事だったか」
「……ああ。そんなことよか、大事な話があんだろうが。ちゃっちゃと初めてくれ」
「……そうだな」
親子である清次郎と千景の視線が、互いに重なり一本の線へと
この二人の親子仲について、灯は詳しくは知らない。
だが、良好とは言い難いままに月日を重ねてきたことは、この場の全員に知れてしまっただろう。
「さて、諸君。先ほどバルト大尉、そして歩駆君と話させてもらった。これから聞く事実を、しっかり胸に刻んで欲しい。そしてできれば、
清次郎は「私は皇国陸軍にはおかんむりだがね」と、肩を
リラックスした空気の中で、清次郎は今回の事件で発覚した事実を端的に述べた。
それは、灯は勿論、その場の全員が驚きに我を忘れてしまう現実だった。
「エークス軍の面々、そして歩駆君は……我々とは異なる地球から来たらしい」
我々とは異なる地球……その、一見して矛盾した言葉を灯は頭の中に
「並行世界、ということでありますか? 東堂閣下」
「君は、ナオト・オウレン少尉だったな。閣下はやめたまえ、尻がむず痒くなる。……そうだな、平行世界と解釈しても問題無いだろう。ここは我々が生まれ育った地球だが、ナオト少尉たちの地球ではない。バルト大尉や歩駆君とのヒアリングを終えた今、そうとしか結論付けられない」
平行世界……パラレルワールド。つまり、エークス軍の面々や歩駆は、もう一つの……無数にある別の地球の一つからの、異邦人。灯には現実感がなかったが、自分たちの司令官がこういう時に冗談を言う人間だとは思えなかった。
灯が驚きに言葉を忘れていると、あっけらかんとした声が響く。
「まあ、でも……燃える展開じゃないか! 俺たちは違う星同士、でも同じ地球人同士だ。それがこうして出会ったってことは、なにか意味があるんじゃないかと思うぜ!」
グッ! と拳を握って、前に出て一同を見渡すのは歩駆だ。彼は簡単な自己紹介を周囲にして、改めて喋り出した。
「この世界も、ええと、パラレイド? とかいうのに脅かされてるんだろ? テロもあるし、月には悪の枢軸国だってあるらしいし。なら、俺とゴーアルターの出番だ!」
「ゴーアルターって……あの白い機体かい?」
「ああ。えっと、ナオトさん? ナオトさんたちのトールも凄いけど、ゴーアルターだって負けちゃいないさ。俺は……場所がどこでも構わない。大事なのは、俺がなにを成すかだ。成すべきを、成す……それだけだ」
酷く幼稚で単純な言葉なのに、不思議と歩駆少年の声は灯の中に響いた。そして、運命というものにあまり好意的ではない灯でも、この廣島の呉に別世界の住人同士が集った理由を考えてしまう。
歩駆の言葉尻を拾って、清次郎は言葉を続ける。
「現状、我々独立治安維持軍では、諸君ら六人を保護する義務があると解釈している。出会いこそ不幸な事故だったが、ここは我々の地球だ。同じ地球の同胞を捨て置けない、それは君たちも同じだろう?」
清次郎の言葉に、隣に控えていたバルトが短く「同感です」と呟いた。
そして、清次郎の言葉が熱を帯びれば、ナオトと話し込んでいた歩駆も、他の面々も身を正して聞き入る。
「今、この地球でなにかが起こりつつある……今まで、次元転移でパラレイドならざる者が現れたことはなかった。だが、それは再び起こった。中東に謎の巨大構造物が次元転移し、それは300m程の大型機動兵器らしく、移動を開始している」
ざわつく周囲に、灯も流石に気色ばんだ。
この世界は……地球はどうなってしまったのだろう? 戦争が常態化した
「私はバルト大尉、そして歩駆君の協力を取り付けた。ここに、独立治安維持軍に
独立治安維持軍の任務としては、過去最大規模のものになると清次郎は語った。それは必定、リスクが大きいことを意味している。そして、戦場でのリスクは死の影となって、
弾は誰にも平等にあたるし、斬られて血の出ない人間などいない。
「それと、更紗りんな君、摺木統矢君。君たちが北海道へ帰還する手段を用意させた。日本海ルートで
清次郎は一歩踏み出すと、きょとんと見詰めるりんなの
「兵練予備校の北海道校区には私が話をつける。二人には是非、我々の異変調査団に参加して欲しい。歩駆君のような、若い力も私は欲しているのだ……君たち少年少女を戦わせ、戦場へ駆り出している大人としては恥ずかしい限りだが……力を貸してもらえないだろうか」
灯は、清次郎の判断を心の中で
それは多分、りんなにはわかっているし……彼も同じく理解しているようだった。
「えっと、東堂のおっさん。りんなは使える奴ですよ。叩いても壊れないし、殺したって死にゃしない。その、異変調査団? ってのでこき使ってください。……俺は、帰る」
「ちょっと、統矢! あんたね……すみません、東堂司令」
「仲間が、友達が待ってるんだ。こうしている今も、北海道で戦ってる。俺は……戻らなきゃいけない。でも、りんなはこっちで使ってもらった方がいい。……俺も、せいせいするしさ」
「なに言ってるのよ! あんた、わたしがいなきゃなにも……なにもできないじゃない。世話が焼けるんだから」
灯には統矢の言葉が意外だったし、当然にも思えた。二つの相反する気持ちの中に、統矢とりんなの関係が見えてくる。統矢はやはり、りんなのことが……そして逆もしかり。
微笑ましいと思う反面、だからこそ二人一緒でなければと強く思う。
統矢も残ってくれれば、少なくともパラレイドとの戦いからは解放されるのだ。
だが、りんなの予想外の言葉が返ってきた。
「……申し訳ありません、東堂司令。皆さんも。わたし、統矢と北海道に帰ります」
そう言ってりんなは、微笑んだ。そこには、全てを悟った覚悟の笑みが浮かんでいた。十代の少女が被る仮面としては、あまりにも切なく痛々しい、故に
そして次の瞬間、灯の横から声があがった。
「考えなおすんだ、りんなちゃん! 統矢君も。……死ぬぞ。独立治安維持軍にも北海道の惨状は聞こえてくる。この世に地獄があるとしたら、それは今の北海道だ」
級が珍しく息を荒げて、
反対に、穏やかな表情のりんなが返す言葉は澄み切っていた。
「ありがとうございます、級さん。でも、わたし……わたしたち、行かなきゃ。戻らなきゃ。その地獄で今、クラスメイトが、仲間が戦ってるんです。わたしたち二人でなにができるとは言いません。でも……仲間を見捨てる訳にはいかないんです」
そんな彼の肩に手を置いて、首を横に振るのはバルトだった。静かになってしまった室内で、重苦しい空気が沈殿してゆく。だが、パンパン! と手を叩く音と共に清次郎が明るい声をあげた。
「よし、この話はここまでだ! 槻代君、表に車を回してきたまえ。……槻代級、頼む」
「は、はい……あの」
「諸君、今日は宿舎内に部屋を用意する。ゆっくり心身を休めてくれ。それと! これより呉市内に繰り出し、
おおー! という声があがって、一番の歓声をあげたのは……歩駆とりんなだった。歩駆と目があった灯は、彼がウィンクを投げてくるので気付く。無理にでも場を盛り上げようと、努めて明るく振る舞ってる子供たちが灯には切なかった。
「マジかよ、東堂のおっさん! じゃない、東堂司令! 牡蠣かあ……いいねえ!」
「ああ……牡蠣、それは海のミルク。牡蠣フライ、生牡蠣、牡蠣鍋……統矢、牡蠣よ牡蠣!」
灯は部屋を出て行く級の背中が、寂しいくらいに小さく細く見えた。都が無言でチョイチョイと指をさすので……灯は頷きを返して級のあとを追った。
この夜の騒がしくも賑やかで明るい宴会が、北の
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