第5話「動き出す運命」

 再びのまねかざる客を前に、東堂清次郎トウドウセイジロウは執務室の椅子から立ち上がった。

 今日はなんて長い日だろう……虎の子のオスカー小隊は、別件任務で分断行動を余儀なくされ、それが裏目に出て酷い結果を招いていた。そればかりか、第二皇都だいにこうと廣島ひろしまくれを襲った次元転移反応ディストーション・ジャンプはパラレイドではなかった。そして、謎の人型機動兵器に乗る者たちを保護したものの、全ての情報は皇国軍からではなくマスコミを通じたメディアからもたらされたのだ。


「まったく、軍の隠蔽体質いんぺいたいしつには困ったもんだ……どうアレを隠すつもりなのか聞いてみたいものだよ」


 返事を期待せず、背後の窓を覆うブラインドに目を細めて、指を差し込み小さな隙間を作る。基地の四階であるこの執務室からでも、敷地内に並べられた巨大な人型機動兵器は目を引いた。ロービジに塗装された四機の機体……報告によればトールと呼ばれる兵器らしいが、統一感を持ちつつ個々にカスタマイズされた20mクラスの鉄巨神は圧巻だ。

 そのトール四機に守られていた、重装甲の砲戦用と思しきオンスロートも気になる。

 しまいには、人の姿を模して人の顔を持ち、人の感情を表現する表情を持った白い神像。

 敷地内へと誘導して今はメンテナンスを優先させているが、保安員が歩哨ほしょうに立っているにも関わらず、ひっきりなしに基地の職員が訪れては、クラシカルなフィルムのカメラで記念撮影をしていた。御巫重工みかなぎじゅうこうの新型パンツァー・モータロイドも並んでいるので、人の列は絶えない。

 いい気なもんだと思ったが、規律に縛られぬ自由な風紀があるからこその独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんである。そして、清次郎が理想を掲げて作り上げたこの組織は、人類同盟じんるいどうめいも認めざるを得ない戦果をあげていた。


「さて、御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさ。午前中もうかがいましたが、何故? どうして今日の内に再度来訪されたんでしょうか」


 清次郎の前に、膝裏まで伸びる長い銀髪の少女が立っている。少女と言っても、年の頃は十歳前後……幼女と言ってもいい小柄な矮躯わいくだ。だが、その表情は赤い瞳がけいと光る、一種異様な雰囲気を発散している。

 人類同盟の秘匿機関ひとくきかん、ウロボロスなる組織からやってきた女、それが御堂刹那だった。


「釘を刺しに来た。それと、連中の扱いが独立治安維持軍に一任されるよう手を回しておいたからな。頼むぞ、東堂司令。私も忙しくて、落ち着いてもいられんのだ」


 刹那は小さな身体に似合わぬトランクケースをかたわらに置き、全く似合わぬ日本皇国軍の軍服の上からコートを羽織っている。そのコートは、あまりに刹那が小柄過ぎて、すそを引きずるような感じた。


「根回しに関しては感謝します。彼らの聴取はこちらで行い、なるべく軍やマスコミから守ってやりましょう。その上で今回の事態が解明されれば、彼らも元いた場所に戻れるかと」

「うむ、善処してくれ。今後の事態にも対応できるよう、なにかあったら私の名を出せ。では、私はそろそろ行かねばならん」

「忙しそうですなあ、どちらへ?」

「木星圏だ。コード『PXP』……絶対に誰にも渡してはいかん。我らでおさえねば。最悪、パイロットは処分するにしても、コード『PXP』だけは、あれだけは……」


 刹那の語るコード『PXP』とは? 清次郎はまゆを潜めつつ、トランクを「ふん!」と両手で持ち上げようとして、持ちあげられずに引きずりドアへ向かう刹那を見送る。

 妙な胸騒ぎがした……今、この廣島で、そして日本と世界でなにが起こっているのか?

 戦争が常態化したこの星に、いったいなにが訪れようとしているのだろうか。


「では、東堂司令。また会おう」

「できればお会いしたくないというのが正直なとこですな」

「悪いとは思わん、びも言わぬ。ただ、平和という幻想がその手につかめると思っているのなら、少しでも私たちに……ウロボロスに従え。悪いようにはせん」

「お手本のような上意下達じょういげだつですな。まあ、いいでしょう。木星圏は最近きな臭いですからな……お気をつけて、御堂三佐。次に会う時は、是非そちらの事情も聞きたいものですな」


 見送る清次郎に「うむ」とだけ返事をして、刹那は部屋を出ようとした。

 その時、呼び出しておいた槻代級ツキシロシナが、異邦人たちを連れて丁度現れた。ドアの開いた向こう側、級の腹にポスン! と顔から突っ込んだ刹那は、鼻を抑えながら目の前の青年を見上げる。

 そして、清次郎は奇妙な会話を聞かされる羽目になった。


「ほう? 槻代級か。そっちはバルト・イワンドと……真道歩駆シンドウアルク、それともアルクか? 


 歩駆とアルク? 今回は? どういう意味か、そして何故彼らの名前を知っているのか。清次郎は違和感と疑問を隠すように、平静なふりをして見守る。

 自分に顔面から突っ込んできた小さな女の子に、級は膝に手を当て少し屈んだ。


「大丈夫かい? お嬢ちゃん。重そうな荷物だけど、玄関まで運ぼうか?」

「いや、構わん。手間は取らせんよ。槻代級、また会おう。私は盤上ゲームこまが減るのが嫌いだ……バルト・イワンド、そしてアルクも。せいぜい生き延びて私を楽しませろ」


 可憐な少女から飛び出た、不穏で物騒な言葉。級が呆気にとられていると、刹那はトランクを引きずり行ってしまった。今から木星圏に行けば、今月末には到着するだろう。一時は宇宙を新天地として夢中で太陽系を開発しまくっていた人類も、今は数多の戦争で開拓精神フロンティア・スピリッツを失っているが。それでも木星圏への定期航路はあるし、恐らくウロボロスには独自の高速移動手段があるだろう。

 清次郎は厄介な客が帰った後で、改めて執務室の応接セットを三人に勧める。

 自分も執務机を回りこんで、ソファが挟むガラスのテーブルへ向かった。


「バルト・イワンド大尉と、真道歩駆君、だったね。私はこの独立治安維持軍の司令官、東堂清次郎だ。ま、楽にして欲しい。聴取といっても、話したくないことは話さなくていい。ただ、こちらで君たちの安全に便宜べんぎはかるための、最低限の情報を共有したいのだ」


 バルトは身を正して敬礼し、歩駆は「ど、ども」と恐縮したようにペコリと頭を下げた。


「槻代君、他のメンバーはどうしてるかね? バルト大尉の部下と、あと、あの厳つい機体の少女。そして、皇立兵練予備校北海道校区こうりつへいれんよびこうほっかいどうこうくの二人組だ」

「とりあえずアカリが見てますが、拘束はしてません。ま、少し休んでもらってます。こっちもそうですが、彼らも突然の珍事で気持ちも思考も整理できていませんからね」

「結構だ。槻代君は下がっていい。……ン、ああ、ちょっと待ち給え」


 敬礼して退出しようとした級は、呼び止められて振り返る。

 気が重いが、清次郎にはオスカー小隊の隊長である彼に伝えねばならないことがあった。


「悪い知らせだが、別件で出動していた息子の千景チカゲと、あとスメラギ君と……新型機慣熟試験の最中に、テロリストの襲撃を受けたらしい。『あかつきもん』と思しき武装集団は現在、新型機を奪取して行方をくらましている」

「本当ですか! 仲間は、東堂千景トウドウチカゲ皇都スメラギミヤコは無事ですか!」

「うむ、二人共怪我はない。もうすぐ戻ってくる、別命あるまで待機だ」

「りょ、了解しました」


 級が改めて、先程より緊張感に満ちた敬礼をして出て行った。

 さて、と清次郎はソファに座ると、向かいに並んで腰掛ける二人の異邦人エトランゼを交互に見やる。バルトは見るからに実直で頑強な軍人そのものといったたたずまいで、そう簡単に心は開いてくれないだろう。

 逆に、落ち着かない様子で周囲を見渡しつつ、目が合えばうつむいてしまうのが歩駆だ。

 どちらから声をかけて、どういう言葉を選ぶべきかは清次郎には明白だった。


「歩駆君、君は見たところ……学生さんだね? 歳は十六か十七か。君のわかる範囲でいい、なにが起こってあの白いロボットに乗り、どうしてここへ来てしまったか教えてくれないだろうか」


 ゆっくりと静かに、笑顔を浮かべて清次郎は慎重に会話の糸口を探る。彼らが他国の特殊部隊の構成員なのか、それとも月か木星圏の手の者か。あるいは、本当にパラレイドなのか……? それはまだ、わからない。

 だが、清次郎には目の前の二人が、悪意に満ちた敵だとは思えない。

 敵対する多くに悪意や害意、よこしまな気持ちがないのが世の常だ。誰もが「よかれ」と自らの正義を信じているのは知っている。大人として、知り過ぎている。それでも、自分が相手を信じなければ、相手からの信頼も得られないというのはコミュニュケーションの基本だ。

 歩駆はおずおずと、途切れ途切れに話し始めた。


「俺、あの日は幼馴染おさななじみ礼奈レイナと遠出して、新宿のゲーセンに」

「新宿? それは、皇都東京の新宿区かい?」

「皇都? 東京は東京ですよ、東京都。有名なゲーマーの集まるゲーセンがあって、そこで『機巧操兵きこうそうへいアーカディアン』のVer7.04がロケテスト中で……でも、ゲーセンに向かう途中に突然」

「ふむ、その機巧、操兵? アルカディアンというのは?」

「アーカディアン! 『機巧操兵アーカディアン』です! 元は家庭用のネットワーク対戦ゲームで、ヴェサロイドってロボ同士の熱いタイマンバトル! まあ……俺の国では大ブームで、社会現象にもなってるんです、けど」


 清次郎は信じられない言葉に息を飲んだ。

 ノックの音に気付けず、二度三度と繰り返されたのでようやく「入りたまえ」とだけ言葉を吐き出す。その声も心なしか上ずってしまった。

 先程出て行った級が気を利かせてくれたのか、女性隊員が三人分の飲み物を持ってきてくれた。清次郎は冷たい麦茶をグラスで半分ほど、一気に飲み込み心を落ち着かせる。


「ふう。話の腰を折ってすまなかったね。続きを聞かせてくれるかい?」

「は、はい。それで俺、ゲーセンに向かってたら突然……模造獣イミテイトが出て、それで」

「模造獣? と、いうのは」


 ちらりと清次郎は、先程から黙って茶にも手を付けず姿勢を正すバルトに視線を走らせる。表情一つ変えず不動の姿勢の彼を見れば、歩駆が嘘を言ってるようには思えない。また、彼ら二人にとって不利な情報を口走っているようでもないようだ。

 生粋の軍人を思わせるバルトの佇まいは、ある種一定の信用がおけそうだ。

 彼らが同じ世界から来た者たちだとすれば、バルトが口を挟まないということは事実か、もしくは彼らにとって不利益な話ではないらしい。


「模造獣ってのは、世界中で暴れた謎の生命体なんです! 宇宙から来たらしくて、こう、クリスタルのようなコアがあって! 戦闘機や戦車の能力を模造イミテーションするんですよ」

「な、なるほど……詳しいね」

「ええ、もう! 燃える展開じゃないですか! 人類はホント、マジで滅亡寸前までいくとこだったんです」


 歩駆は両手に拳を握って、そのまま勢い余って立ち上がってしまった。その横では、黙って背筋を伸ばしたバルトが「彼の言っていることは本当です」と言葉を添える。

 興奮気味の歩駆を座らせつつ、清次郎は話の続きを促した。


「す、すんません。俺、つい熱くなっちゃって……でも、熱くなったんです、燃えたんですよ! 絶滅したと思われた模造獣がここ最近また出没して、それが目の前に……そして俺は、ゴーアルターに出会った」

「ゴーアルター? ……ああ、あの白い機体かね。あれはゴーアルターというのか」

「はいっ! 突然俺の前に現れた、俺と一緒に世界を救う力……俺は礼奈を守るため、新宿の街を守るためにゴーアルターに乗ったんだ。ヒーローをやるためにっ! ……でも、いいとこだったのに、突然空が光って。気がついたら、まぶしいうずみたいなものに飲み込まれていた」


 バルトが重々しくうなずくということは、彼らも同じ状況に巻き込まれたのだろう。

 しかし、疑問は残る……そして、清次郎は現実を二人に伝えねばならない。


「歩駆君、東京の新宿から来たと言ったね?」

「はい! ここ、日本ですよね? えっと、どこだろ……」

「ここは第二皇都、廣島だよ」

「ああ、広島! 俺、一回は来てみたかったんだよなあ。修学旅行は北海道だったしさ。」

「歩駆君。東京は……嘗ての皇都東京は、西暦2092年のパラレイド日本初襲撃で壊滅、廃都となった。今、焦土と化した廃墟ばかりの都心は閉鎖されている。勿論、新宿もだ」

「えっ? いや、そんな筈は……パラレイド? なんだそれ、敵なのか?」

「全地球規模で人類を襲う謎の敵性機動兵器群だよ。南極に巨大なクレーターを作り、ブリテンを一夜で島ごと消滅させてしまった。そういう敵の他にも、様々な脅威に我々は直面している」

「いや、そんな……聞いたことねえよ! だって俺、さっきまで新宿に……俺、俺っ!」


 清次郎の目にも、歩駆が嘘を言っているようには思えない。

 さてどうしたものかと、頭を抱えてしまった歩駆を見ていると……ようやくバルトが口を開いた。


「発言して宜しいでしょうか、東堂閣下」

「構わんよ、バルト大尉。それと、閣下はやめてくれないかね。我々独立治安維持軍には階級はないし、そうだな……皆、東堂司令と呼ぶが、まあ、好きにしてくれたまえ」

「は、では東堂司令。彼の言っている事は全て本当です。我々は二十年前、各国で連携して団結し、模造獣と南極で決戦を行い勝利しました。その後、荒廃した世界の復興が行われる中で、国際社会は第二次冷戦だいにじれいせんに突入したのです」

「ふむ」

「再び冷戦構造となった原因は、模造獣と戦うために異常に発達した人類の軍事力、特に人型機動兵器の発展でした。単純に人が巨大な外敵と戦う際、人と同じ姿の兵器というのは操縦しやすいものなのです。戦闘機や戦車と違い、いざとなれば手で殴って脚で蹴ることもできますので。銃を持てば人体と同じ要領で構えて撃つ、そうした動作も少しの訓練で習得することが可能です」


 バルトの説明は理路整然りろせいぜんとして、よどむところがない。そして、語られる彼らの歴史は、清次郎にも心当たりがある。地球はパラレイドという天敵を前に一致団結、人類同盟を結成したが……パラレイドと戦うための人型兵器は、人類同士の複雑な地域紛争や内戦、そして旧態然とした国家間の戦争を呼んだ。それでも「人と同じ姿故に、素人でもある程度の動きが理解し易い」というだけで、女子供にいたるまで人型機動兵器で戦場に駆り立てているのが現状だ。


「我々の大陸で軍事的な緊張は散発的な武力衝突にまで発展しました。北に旧ロシアが北欧を併合したゲルバニアン、そして南に私たち欧州連合と中華神国を統合したエークス。二つの超国家連合同士は、経済格差からくる南北問題、過度な緊張状態の中で膨らむ軍事力、そして緩やかな腐敗と停滞の中……資源争奪戦という最も愚かしい形で戦端を開き、ゲルバニアンが優勢のまま十年以上が経過しています」

「ふむ、なるほど。それで、バルト大尉。君も光に、謎の発光現象に巻き込まれたのかね?」

「はい。自分は軍からの命令で、ミラ・エステリアル准尉と試作実験機オンスロートの評価試験を行ってる最中でした。演習中、突如として空からの光に包まれ、気がつけばこの街に」


 今度は逆に歩駆が静かに腕組みウンウン頷いているので、やはりバルトの言葉に嘘はないと言える。

 それで、と言いかけて、一度バルトは口を噤んだ。

 だが、彼は意を決したかのように再び喋り出す。


「部下に少し調べさせました。ここは……この場所は、。自分も日本に広島という街があるのは知っています。旧世紀、熱核兵器が使われた最初の街」

「君たちの知る廣島とは、ここは違うのかね?」

「私は以前、軍の任務で日本におもむいたことがあります。街並みや雰囲気はさほど違いは……日本は豊かな先進国で、戦争らしい戦争を知らないままに復興してきた場所なので。ですが、簡易的に地形情報等を測量、電算による解析と測定から地球ではないと判断したのです」


 バルトはすらすらと言葉を続けた。

 だが、地球といえば水の星、この清次郎たちが暮らして守る地球以外に存在しない。バルトの言葉を聞くまでは、そう思っていた。


「自分たちが生まれて育った地球は、太陽系の第三惑星……公転周期は約365日、自転周期はほぼ24時間で、これを一日と定めています」

「我々と同じだな、バルト大尉。ここはそういった意味でも、地球だと思うのだが」

「自分たちの地球は、km。主要な大陸は五つ、エークスとゲルバニアンが向き合うユーラシア大陸に、中東を挟んだアフリカ大陸。極寒の南極大陸に、その一部が太古に分離したと言われるオーストラリア大陸。そして……絶氷海アスタロッテに閉ざされた禁忌きんきの地、暗黒大陸」


 どうやら歩駆が話についてこれていないようなので、清次郎が言葉を継ぎ足す。清次郎の知る地球は、赤道直径は約千三百万kmだ。そして、大陸の数は六つ……どうやら彼らの知る地球には、南北アメリカ大陸がないらしい。そしてバルトの話を詳しく聞けば、代わってその場所は絶氷海……別命『魔女の海』と呼ばれる海域に閉ざされた未知の秘境とのことだ。


「なるほど……異なる地球からの来訪者、か。……ふむ! 二人共、ありがとう。協力に感謝する。今夜はゆっくり休んでくれたまえ。機密に抵触しないレベルで、君たちの機体も整備させてもらうし、必要なものがあったら遠慮なく申し出てくれたまえ」


 清次郎が立ち上がり、促されたように歩駆とバルトもソファから腰をあげる。執務机の上で内線電話が鳴り響いたのは、そんな時だった。失礼、と一言断ってから清次郎は駆け寄り受話器を持ち上げる。この御時世、戦時下が続いているので電話もクラシカルな黒いダイヤル式である。


「私だ。ああ、日暮ヒグレ君。ちょうどよかった、連絡をと思っていたんだよ。至急、ウロボロスなる人類同盟の秘匿機関を調べて、ほ、し――なんだって! それは本当かね!」


 部下からの緊急の連絡は、二人の異邦人が語る別の地球と同じくらい衝撃的で、思わず清次郎は言葉を失ってしまった。

 諜報活動にも長けた日暮昭二ヒグレショウジの言葉が、何度も頭の中で反響する。

 中東の砂漠に突然、謎の構造物が時空転移を伴い出現した。それは、300mだという。人類同盟未加入国の多い中東で、人型機動兵器を偶像ぐうぞうと嫌う勢力の攻撃を受け、砂漠を現在も歩いて逃走中とのことだ。


「……日暮君。ウロボロスの件は後回しだ。至急、中東へ飛ぶぞ。それと……中央アジアの第101統合戦闘群だいいちまるいちとうごうせんとうぐんに連絡をとってくれたまえ。大至急だ! 頼む!」


 すでに外の西日は大きく傾き、ようやく涼しい夕暮れが訪れようとしていた。だが、独立治安維持軍の一番長い日は、さらなる長く苦しい明日へと繋がっている気がして、清次郎は受話器を置いた手が汗ばみ震えるのを感じた。

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