第4話「声という刃、言葉という銃弾」

 バルト・イワンドは驚愕きょうがくに身を震わせ、言い知れぬ恐怖に戦慄せんりつした。歴戦の猛者、数多の戦場を駆け抜けた古参兵ベテランのバルトでも、恐れを感じる心を持っている。

 感じる心を失った時、兵士はただの機械……鉄巨神トールの最も安い部品と成り果てる。

 恐れを知らぬ者は勇者ではないし、恐れを感じぬ心でたけるのはただの蛮勇だ。


「味方ごと撃ってきたか……それにしても、こいつは。この、殺意は……」


 独りごちるバルトが見据えるモニターの中央に、一機の人型機動兵器ロボットが銃を向けてくる。サイズは10mに満たない……バルトたちの駆る第三世代型トールの半分にも満たない小兵だ。

 だが、バルトが突き付けるサブマシンガンの先で、その小さな巨人は殺気を放っていた。

 味方機に敵ごと攻撃されたにも関わらず、眼前の凛冽りんれつたる闘争心は揺るがなかった。背から味方に撃たれながらも、バルトの機体に向けた銃口に迷いが感じられない。鉄火場と化した都心の真ん中で、両者は二人だけの世界で敵意を突き付けあったのだ。

 バルトは、向けられる極上の殺気にも、それを突き付け揺るがぬ鋼の意志にも恐怖した。

 その時、回線越しに怜悧れいりな少女の声が流れ込んできた。


『申し訳ありません、バルト大尉。状況から見て、最善の防衛行動を選ぶべきだと判断しました』


 まだ若い、十代の声だ。発する言葉はどこか涼しげで、まるで研ぎ澄ました刃のように清冽せいれつ瑞々みずみずしさを満たしている。バルトとは親子ほども歳の離れた仲間……そして、守るべき護衛対象。


「構わん、ミラ・エステリアル准尉じゅんい。……どうやら我々の知らない装備が搭載されているようだな。准尉の乗るオンスロートには」

『申し訳ありません、機密でもあるので今まで話せずにいました。……私は、大尉たちチームの仲間にも秘密を。こうして守って頂いてるのに、なにも、話せなくて』

「いい、気にする必要はない。緊急時でもあるし、むしろ俺は感謝しているのだ。その、霊子波動機関れいしはどうきかんなるものは、このような芸当もできて、准尉はそれを活用し仲間を守った」

霊子波動障壁れいしはどうしょうへき、自分でもこれほどの物とは……』


 三人の部下たちにも目を配りつつ、背後に守るあおい機体をバルトはモニター越しに見やる。

 巨大複合企業コングロマリットG.K.companyカンパニーの、新機軸戦術兵器研究所しんきじくせんじゅつへいきけんきゅうじょなる怪しい機関から送られてきたのが、オンスロートとミラ准尉だ。軍とは蜜月みつげつの関係にあるG.K.companyは、時として新兵器の実験を押し付けてくる。組織も戦況も無視して、こうして無理難題を捩じ込んでくるのだ。

 突然の実験機護衛、そして演習での実働試験……その最中さなかを襲った、異変。

 バルトは今、理解不能な状況下で軍人としての責務を果たすべく思考をフル回転させていた。そんな彼の耳に、戸惑いもあらわな部下たちの声が飛び込んで来る。


『バリアとでも言うのでしょうか。こんな兵器が開発されていたなんて』

『落ち着き給え、ナオト。状況は変わらん。突如として見知らぬ街へと放り込まれ、敵とも味方ともつかん軍の包囲を受けている。先制攻撃も許した、率直に言って状況は最悪だがな』


 四号機のナオト・オウレンをたしなめたニ号機のリーグ・ベイナー中尉は、状況判断こそ的確だが声にいつもの生真面目な硬さがない。

 無理もないとバルトは、インカムに入らぬように小さく溜息を零す。

 三号機のルーカス・クレット少尉が声をあげたのは、そんな時だった。


『バルト大尉、こんな時になんですが……少し相談が。いえ、なに、実家で飼ってる老犬のアルレインなんですけどね』

『ルーカス少尉! 今は非常時です。我々はなんの支援もなく孤立し、しかもここは――』

「いや、いい。ナオト少尉、こんな時だからこそということもある」


 素早くバルトは、三号機のルーカスとの間に直通の秘匿回線ホットラインを開く。老犬のアルレインというのは、もしもの時にあらかじめ決めておいた暗号のようなものだ。

 恐らく、他の二人やミラ准尉は聞かせられない話があるに違いない。

 回線が開かれた瞬間、興奮気味のルーカスの声が響く。

 バルトは油断なく周囲の謎の軍隊……小型の人型機動兵器による包囲をにらみつつ応じた。


『バルト大尉、サテライトスキャンを試みましたが応答がありません』

「位置をロストしたということか? 確かに、ここは先程まで我々が演習に参加していたエークス領内ではないな」

『はい。そして残念ながらというか、幸運にもゲルバニアンの勢力圏内でもないようです』

「この状況が幸運かどうかは、これからの我々の判断と行動で決まる。そうだな? 少尉」


 はい、と返事をしつつも、ルーカスは沈黙を重ねて黙ってしまった。

 発言をうながしつつ、バルトはモニターに表示される包囲網の警戒も怠らない。

 そんなバルトの目に、不思議な光景が飛び込んできた。完全な包囲を完成させつつ、足並みの揃わぬ敵軍……攻撃を受けた今の時点で、敵軍としか認識できぬ連中の背後。包囲の外に奇妙な物も見つける。

 それは、補給機と思しきコンテナを背負った機体を支えて立たせる、白き巨神像。

 そう、神像としか形容できぬ姿が立っていた。純白に輝くその姿は、大きさはバルトたちの乗機、超国家連合エークスの標準的な陸戦機動兵器であるトールよりやや小ぶりだ。それでも、15mはくだらないであろうその姿が、じっとこちらを見詰めていた。

 その神々しい姿には、目がある……人の眼のように、瞳を輝かせる双眸そうぼうがあるのだ。

 通った鼻立ちに硬く結ばれた唇と、頭部に人の顔がある。心理的な威圧効果をも考慮する人型のトールと違い、まさに人そのもの……人の意志を体現する神のごとたたずまいだ。

 そんなことを考えていると、ようやくルーカスが選び抜いた言葉を発する。


『大尉、先程周囲をスキャンしました。地形を読み取り、位置座標を検出しようとしたのですが……あの、自分でも言ってる意味がわからないのです、でも』

「構わん、少尉。少尉はチームの目であり耳だ。報告を頼む」

『はい……ここは、この場所は……


 バルトは一瞬、耳を疑った。

 ここが地球ではない? その真意が、どうしてもバルトにはわからない。

 だが、普段は陽気でムードメーカーでもあるルーカスが、わざわざ秘匿回線でジョークを飛ばすとも考えられない。そして確かに、他の二人やミラに伝えるには、バルトで一度留めるべき案件だった。


「先ほどの謎の発光現象か。ふむ……少尉、絶氷海アスタロッテを超えて暗黒大陸あんこくたいりくに来てしまったという可能性は? 同じ突拍子のなさなら、その方がまだ救いがあるのだが」

『残念ながら、大尉。例え禁地の暗黒大陸でも、見上げる空は恐らく同じでしょう。なら、衛星からのデータが得られる筈です。しかし、反応がないのです』

「暗黒大陸へ渡って戻った者はいない。周囲を囲む絶氷海の影響なども考えられるが」

『大尉……今立っている大地は、我々の母なる星ではなさそうです。簡易的にですが測量を行い、大雑把に計算しました。ここは、地球とは直径も地軸の傾きも違う場所です』


 流石のバルトも言葉を失った。

 エークス領にて演習中、部隊は謎の発光現象に吸い込まれた。そして気付けば、こんな場所で未知の敵に包囲されていたのだ。

 部隊を預かる隊長として、慎重かつ大胆な判断が必要とされていた。

 バルトが選択肢を誤れば、見知らぬ土地で部隊は全滅する。

 腹をくくるとバルトは、コクピット内に収められた短銃身のアサルトカービンを手にした。実弾の装填を確認し、改めてインカムの向こうにいる部下たちへ語りかける。


「コール1より各機へ。もし俺に万が一のことがあった場合、指揮権は副長であるリーグ中尉が引き継ぐ。各員、リーグ中尉の指揮に従い実力をもって包囲を突破、ミラ准尉とオンスロートを守れ」


 四つの気配が同時に息を飲む、その驚きの声なき声が耳へと響く。

 だが、バルトは冷静にして冷徹とも言える判断力を発揮していた。


「復唱はどうした? 命令は達した、以後別命あるまで待機だ」

『しかし大尉!』

『コール2、リーグ了解……ナオト、状況を考えるんだ。バルト大尉を俺は信じる』

『コール3、ルーカスも了解です。でも大尉、なにかあったら引きずってでも連れて帰りますからね! 俺は嫌ですよ、新型機が新型機を守って撃墜されるなんて、洒落しゃれにもならない』


 最後にナオトの小さな声が『……コール4、了解です』と伝えてくる。明らかに納得していない息遣いが、言いたい全てを噛み殺すのが感じられた。

 そして、最後の一人が黙っているので、バルトは再度呼びかける。


「コール5、ミラ准尉。復唱しろ。……准尉?」

『提案します、大尉。敵性勢力は先ほどの攻撃が失敗したことで、足並みが乱れています。オンスロートの性能を駆使すれば、全機で無事に囲みを突破できるはずです』

「却下だ、准尉。命令に従え」

『しかし大尉!』

「軍人は命令に従い、任務の遂行に最善を尽くすことこそ本懐。我々は准尉と実験機の警護を任されている。その機体をかすのは、最悪の事態が発生してからだ」


 それだけ言うと……バルトはコクピットのハッチを解放した。

 いつもと変わらぬ風が、僅かな湿気をはらんで汗ばむ肌を撫でる。乾いたエークス特有の空気とは違う気候だが、まだまだ暑い季節らしく太陽が空で燃えていた。先程まで灰色の曇り空だったことなどは知らぬままに、バルトは大きく深呼吸をした。

 そして、通じればと念じて祈りつつ、広域公共周波数こういきこうきょうしゅうはすうと思しき数値にセットしたインカムで語り掛ける。

 周囲は槍衾やりぶすまが十重二十重……そして見下ろすすぐ側に、ダークグレーの機体が銃を向けてくる。恐らく40mm口径と思しきカービンを突き付けられながらも、生身を晒したバルトは喋り出した。


「こちらはエークス軍第二機兵師団だいにきへいしだん所属、試験先行運用部隊しけんせんこううんようぶたい。私は隊長のバルト・イワンド。応答願う。当方に交戦の意志はないが、これ以上の攻撃があれば反撃も辞さない。熟慮じゅくりょを求む」


 ぐるりと囲む機体の全てが、動揺も顕に頭部のセンサーを互いに向け合う。こういう時、どうしてもパイロットというものは機体を人間的に動かしてしまうものだ。

 バルトは、相手に言葉が通じればと願い祈って、言葉を続けた。


「生身の身体をさらしたのは、当方に交戦の意志がないあかしである。士官同士での交渉、及びそちらの指揮官との会談を希望したい。繰り返す、当方に交戦の意志はない、対話を望む」


 耳を澄ませば、どうやら組織は違えど軍の広域公共周波数はどこも変わらないらしい。……星さえ違っても同じだったということは、今は考えたくない。ざわめきが伝搬でんぱんするなかで行き交う敵軍の声は動揺していたし、軍隊という組織を考えればオープンなチャンネルで大事な情報をやり取りすることは、常識的には考えられなかった。

 だが、バルトが交信を求めているということは伝わった筈だ。

 さらに言えば……。それは、今後事態がどう転ぶにせよ、部下たちの行動に絶対必要なエビデンスだった。殲滅せんめつされるにしても、相手が戦意のない自分たちを攻撃したという事実はその後に大きく影響する。

 手に持つカービンの安全装置セフティを掛けたまま、バルトはインカムに言葉という名の銃弾を放つ。同じ周波数に言葉が返ってきたのは、すぐだった。


『中佐、部隊を引いてくれ! 統矢トウヤ君も銃を下ろすんだ! ……皇国陸軍こうこくりくぐん人類同盟憲章じんるいどうめいけんしょうに基づき、パラレイドとの交戦権を有する。逆を言えば、パラレイド以外を攻撃していい理由がない! 見ろ、相手は俺たちと同じ人間だ!』


 声と同時に、包囲する小型の機動兵器たちの頭上を影が舞う。ジャンプで囲みを飛び越えて来た人型機は、着地するや驚くべき高速でバルトたちの前に出て背を向ける。手に持つアサルトライフルらしき武装を捨てたその黒い機体は、両手を大きく広げて広域公共数端数に叫び続けた。

 次の攻撃があれば、真っ先に蜂の巣になると知って……あえてその機体は武器を放した手をあげる。


『こちらは独立治安維持軍どくりつちあんいじぐん第五十四陸戦機動部隊だいごじゅうよんりくせんきどうぶたい所属……槻代級ツキシロシナだ。攻撃を中止してくれ! 敵はパラレイドにあらず……彼らはパラレイドにあらず!』


 緊迫した状況で、誰が銃爪トリガーを引き絞ってもおかしくない中……その黒い機体は全武装を解除して両手を広げていた。近接戦闘用と思しきブレードさえ捨てている。その上で、バルトたちの盾になるように言葉を続けた。


『中佐、この会話は広域公共数端数で行われている。つまり、あらゆる組織……軍は勿論、マスコミにも届いている。交戦の意志がないと生身を晒した者を撃てば、皇国陸軍の名誉は地に落ちるぞ!』


 バルトの意図する試みを、顔も知らぬ異国の……異界のパイロットが拾ってくれた。そして、次に響くのは言葉を超えた言霊ことだま。空気を震わせ沸騰ふっとうさせるような声が響いた。


「……話は聞かせてもらった。そして、なにも難しい話じゃない」


 

 今、バルトが呼吸して、吸って吐く空気を震わせる振動だった。広域公共数端数を通じた、回線を介しての会話ではない。それは、外部スピーカーから直接この場に響いて、あらゆる人間の鼓膜を揺さぶった。

 支えていた白と黄色の機体を、まるで赤子のように脇にどかして置くと……純白の神像が一歩、また一歩と歩み出る。徒歩とほ疾駆しっくするような、バルトの語彙ごいを矛盾させるような力強い一歩だった。


「なあ、難しい話じゃないだろ。そこのおっさんは、生身を晒して戦う意志が無いっていってるんだ! それを無視して、話に応じず撃つなら……俺のゴーアルターが黙っちゃいないぜ!」


 潔白の白、そして真摯しんしな白だった。

 その白をまとう巨人は、人の顔を模した目を吊り上げ、言の葉に合わせて動く口で語った。まるでそう、人の意志を乗せた神の化身が喋っているようだ。

 回線がどうこうではない、乗り手が喋るままにスピーカーで響く大声。


『彼の言う通りだ、中佐! 直ぐに作戦中止を。彼らはパラレイドではない、よって皇国陸軍の交戦権を行使する相手とは認められない。独立治安維持軍は特級警察権とっきゅうけいさつけんを行使し、武装した機動兵器で市街地に展開した彼らを拘束こうそく、安全を保証しつつ基地で聴取ちょうしゅを行う準備がある』


 黒い機体は最後に『だから、統矢君……摺木統矢スルギトウヤ!』と声を僅かに熱くくゆらした。

 それで、バルトの目の前から銃口が消える。代わって、一歩下がったダークグレーの機体の胸部が開いた。そこがコクピットのようで、パイロットがヘッドギアを脱ぎながら現れる。


「……わかってる、わかってるんだ、級さん。俺の敵はパラレイド、パラレイドだけなんだ」

『大尉、バルト大尉! 敵は……い、いえ、彼は……子供、です。まだ少年です!』


 まだ少女でしかないミラの声が、バルトの耳に突き刺さる。

 バルトが立つコクピットハッチの下、トールの半分程のサイズの機体の胸に……一人の少年が立っていた。ミラが言う通り、まだ子供だ。彼は瞳に闘志の光を宿したまま、銃口を下げてくれた。

 こんな子供が……バルトは思わず言葉を失い、そして自分たちの所業しょぎょうに改めて震える。

 バルドたち試験先行運用部隊も、十代半ばのミラと戦場を共にする大人……それを避けられぬ男たちでしかなかった。


『こちら山本ヤマモト中佐、全軍に通達。敵はパラレイドにあらず、繰り返す……敵はパラレイドにあらず。以後、全権を独立治安維持軍へ委任。……すまん、助かる……槻代級君、だったな? この歳になると、殴ってでも正してくれる者も少なくなるのだ。あとはよろしくたのむ』


 バルトの言葉が、黒い機体の捨て身が、そして白き戦神いくさがみの声が戦闘を止めた。周囲を包囲していた機体が、一機、また一機と銃口を降ろして下がってゆく。気付けば流れる汗のままに着衣を濡らしていたバルトは、それでも全く油断も隙も見せずに再びコクピットのシートに下がる。

 この場所がどこか、それはわからない……地球ではないと言われてさえ、信じがたい。

 だが、部下への信頼も揺るがず、同じ人である全てを信じる気持ちは今も胸の中にある。それは、戦火の中で軍人として自身を完成させ過ぎたバルトが、唯一人間であるという証明に他ならなかった。

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