第4話「声という刃、言葉という銃弾」
バルト・イワンドは
感じる心を失った時、兵士はただの機械……
恐れを知らぬ者は勇者ではないし、恐れを感じぬ心で
「味方ごと撃ってきたか……それにしても、こいつは。この、殺意は……」
独りごちるバルトが見据えるモニターの中央に、一機の
だが、バルトが突き付けるサブマシンガンの先で、その小さな巨人は殺気を放っていた。
味方機に敵ごと攻撃されたにも関わらず、眼前の
バルトは、向けられる極上の殺気にも、それを突き付け揺るがぬ鋼の意志にも恐怖した。
その時、回線越しに
『申し訳ありません、バルト大尉。状況から見て、最善の防衛行動を選ぶべきだと判断しました』
まだ若い、十代の声だ。発する言葉はどこか涼しげで、まるで研ぎ澄ました刃のように
「構わん、ミラ・エステリアル
『申し訳ありません、機密でもあるので今まで話せずにいました。……私は、大尉たちチームの仲間にも秘密を。こうして守って頂いてるのに、なにも、話せなくて』
「いい、気にする必要はない。緊急時でもあるし、むしろ俺は感謝しているのだ。その、
『
三人の部下たちにも目を配りつつ、背後に守る
突然の実験機護衛、そして演習での実働試験……その
バルトは今、理解不能な状況下で軍人としての責務を果たすべく思考をフル回転させていた。そんな彼の耳に、戸惑いも
『バリアとでも言うのでしょうか。こんな兵器が開発されていたなんて』
『落ち着き給え、ナオト。状況は変わらん。突如として見知らぬ街へと放り込まれ、敵とも味方ともつかん軍の包囲を受けている。先制攻撃も許した、率直に言って状況は最悪だがな』
四号機のナオト・オウレンを
無理もないとバルトは、インカムに入らぬように小さく溜息を零す。
三号機のルーカス・クレット少尉が声をあげたのは、そんな時だった。
『バルト大尉、こんな時になんですが……少し相談が。いえ、なに、実家で飼ってる老犬のアルレインなんですけどね』
『ルーカス少尉! 今は非常時です。我々はなんの支援もなく孤立し、しかもここは――』
「いや、いい。ナオト少尉、こんな時だからこそということもある」
素早くバルトは、三号機のルーカスとの間に直通の
恐らく、他の二人やミラ准尉は聞かせられない話があるに違いない。
回線が開かれた瞬間、興奮気味のルーカスの声が響く。
バルトは油断なく周囲の謎の軍隊……小型の人型機動兵器による包囲を
『バルト大尉、サテライトスキャンを試みましたが応答がありません』
「位置をロストしたということか? 確かに、ここは先程まで我々が演習に参加していたエークス領内ではないな」
『はい。そして残念ながらというか、幸運にもゲルバニアンの勢力圏内でもないようです』
「この状況が幸運かどうかは、これからの我々の判断と行動で決まる。そうだな? 少尉」
はい、と返事をしつつも、ルーカスは沈黙を重ねて黙ってしまった。
発言を
そんなバルトの目に、不思議な光景が飛び込んできた。完全な包囲を完成させつつ、足並みの揃わぬ敵軍……攻撃を受けた今の時点で、敵軍としか認識できぬ連中の背後。包囲の外に奇妙な物も見つける。
それは、補給機と思しきコンテナを背負った機体を支えて立たせる、白き巨神像。
そう、神像としか形容できぬ姿が立っていた。純白に輝くその姿は、大きさはバルトたちの乗機、超国家連合エークスの標準的な陸戦機動兵器であるトールよりやや小ぶりだ。それでも、15mはくだらないであろうその姿が、じっとこちらを見詰めていた。
その神々しい姿には、目がある……人の眼のように、瞳を輝かせる
通った鼻立ちに硬く結ばれた唇と、頭部に人の顔がある。心理的な威圧効果をも考慮する人型のトールと違い、まさに人そのもの……人の意志を体現する神の
そんなことを考えていると、ようやくルーカスが選び抜いた言葉を発する。
『大尉、先程周囲をスキャンしました。地形を読み取り、位置座標を検出しようとしたのですが……あの、自分でも言ってる意味がわからないのです、でも』
「構わん、少尉。少尉はチームの目であり耳だ。報告を頼む」
『はい……ここは、この場所は……この星は、地球ではありません』
バルトは一瞬、耳を疑った。
ここが地球ではない? その真意が、どうしてもバルトにはわからない。
だが、普段は陽気でムードメーカーでもあるルーカスが、わざわざ秘匿回線でジョークを飛ばすとも考えられない。そして確かに、他の二人やミラに伝えるには、バルトで一度留めるべき案件だった。
「先ほどの謎の発光現象か。ふむ……少尉、
『残念ながら、大尉。例え禁地の暗黒大陸でも、見上げる空は恐らく同じでしょう。なら、衛星からのデータが得られる筈です。しかし、反応がないのです』
「暗黒大陸へ渡って戻った者はいない。周囲を囲む絶氷海の影響なども考えられるが」
『大尉……今立っている大地は、我々の母なる星ではなさそうです。簡易的にですが測量を行い、大雑把に計算しました。ここは、地球とは直径も地軸の傾きも違う場所です』
流石のバルトも言葉を失った。
エークス領にて演習中、部隊は謎の発光現象に吸い込まれた。そして気付けば、こんな場所で未知の敵に包囲されていたのだ。
部隊を預かる隊長として、慎重かつ大胆な判断が必要とされていた。
バルトが選択肢を誤れば、見知らぬ土地で部隊は全滅する。
腹をくくるとバルトは、コクピット内に収められた短銃身のアサルトカービンを手にした。実弾の装填を確認し、改めてインカムの向こうにいる部下たちへ語りかける。
「コール1より各機へ。もし俺に万が一のことがあった場合、指揮権は副長であるリーグ中尉が引き継ぐ。各員、リーグ中尉の指揮に従い実力をもって包囲を突破、ミラ准尉とオンスロートを守れ」
四つの気配が同時に息を飲む、その驚きの声なき声が耳へと響く。
だが、バルトは冷静にして冷徹とも言える判断力を発揮していた。
「復唱はどうした? 命令は達した、以後別命あるまで待機だ」
『しかし大尉!』
『コール2、リーグ了解……ナオト、状況を考えるんだ。バルト大尉を俺は信じる』
『コール3、ルーカスも了解です。でも大尉、なにかあったら引きずってでも連れて帰りますからね! 俺は嫌ですよ、新型機が新型機を守って撃墜されるなんて、
最後にナオトの小さな声が『……コール4、了解です』と伝えてくる。明らかに納得していない息遣いが、言いたい全てを噛み殺すのが感じられた。
そして、最後の一人が黙っているので、バルトは再度呼びかける。
「コール5、ミラ准尉。復唱しろ。……准尉?」
『提案します、大尉。敵性勢力は先ほどの攻撃が失敗したことで、足並みが乱れています。オンスロートの性能を駆使すれば、全機で無事に囲みを突破できる
「却下だ、准尉。命令に従え」
『しかし大尉!』
「軍人は命令に従い、任務の遂行に最善を尽くすことこそ本懐。我々は准尉と実験機の警護を任されている。その機体を
それだけ言うと……バルトはコクピットのハッチを解放した。
いつもと変わらぬ風が、僅かな湿気をはらんで汗ばむ肌を撫でる。乾いたエークス特有の空気とは違う気候だが、まだまだ暑い季節らしく太陽が空で燃えていた。先程まで灰色の曇り空だったことなどは知らぬままに、バルトは大きく深呼吸をした。
そして、通じればと念じて祈りつつ、
周囲は
「こちらはエークス軍
ぐるりと囲む機体の全てが、動揺も顕に頭部のセンサーを互いに向け合う。こういう時、どうしてもパイロットというものは機体を人間的に動かしてしまうものだ。
バルトは、相手に言葉が通じればと願い祈って、言葉を続けた。
「生身の身体を
耳を澄ませば、どうやら組織は違えど軍の広域公共周波数はどこも変わらないらしい。……星さえ違っても同じだったということは、今は考えたくない。ざわめきが
だが、バルトが交信を求めているということは伝わった筈だ。
さらに言えば……バルトが交信を求めたという結果が公式に記録されることになるだろう。それは、今後事態がどう転ぶにせよ、部下たちの行動に絶対必要なエビデンスだった。
手に持つカービンの
『中佐、部隊を引いてくれ!
声と同時に、包囲する小型の機動兵器たちの頭上を影が舞う。ジャンプで囲みを飛び越えて来た人型機は、着地するや驚くべき高速でバルトたちの前に出て背を向ける。手に持つアサルトライフルらしき武装を捨てたその黒い機体は、両手を大きく広げて広域公共数端数に叫び続けた。
次の攻撃があれば、真っ先に蜂の巣になると知って……あえてその機体は武器を放した手をあげる。
『こちらは
緊迫した状況で、誰が
『中佐、この会話は広域公共数端数で行われている。つまり、あらゆる組織……軍は勿論、マスコミにも届いている。交戦の意志がないと生身を晒した者を撃てば、皇国陸軍の名誉は地に落ちるぞ!』
バルトの意図する試みを、顔も知らぬ異国の……異界のパイロットが拾ってくれた。そして、次に響くのは言葉を超えた
「……話は聞かせてもらった。そして、なにも難しい話じゃない」
肉声だ。
今、バルトが呼吸して、吸って吐く空気を震わせる振動だった。広域公共数端数を通じた、回線を介しての会話ではない。それは、外部スピーカーから直接この場に響いて、あらゆる人間の鼓膜を揺さぶった。
支えていた白と黄色の機体を、まるで赤子のように脇にどかして置くと……純白の神像が一歩、また一歩と歩み出る。
「なあ、難しい話じゃないだろ。そこのおっさんは、生身を晒して戦う意志が無いっていってるんだ! それを無視して、話に応じず撃つなら……俺のゴーアルターが黙っちゃいないぜ!」
潔白の白、そして
その白を
回線がどうこうではない、乗り手が喋るままにスピーカーで響く大声。
『彼の言う通りだ、中佐! 直ぐに作戦中止を。彼らはパラレイドではない、よって皇国陸軍の交戦権を行使する相手とは認められない。独立治安維持軍は
黒い機体は最後に『だから、統矢君……
それで、バルトの目の前から銃口が消える。代わって、一歩下がったダークグレーの機体の胸部が開いた。そこがコクピットのようで、パイロットがヘッドギアを脱ぎながら現れる。
「……わかってる、わかってるんだ、級さん。俺の敵はパラレイド、パラレイドだけなんだ」
『大尉、バルト大尉! 敵は……い、いえ、彼は……子供、です。まだ少年です!』
まだ少女でしかないミラの声が、バルトの耳に突き刺さる。
バルトが立つコクピットハッチの下、トールの半分程のサイズの機体の胸に……一人の少年が立っていた。ミラが言う通り、まだ子供だ。彼は瞳に闘志の光を宿したまま、銃口を下げてくれた。
こんな子供が……バルトは思わず言葉を失い、そして自分たちの
バルドたち試験先行運用部隊も、十代半ばのミラと戦場を共にする大人……それを避けられぬ男たちでしかなかった。
『こちら
バルトの言葉が、黒い機体の捨て身が、そして白き
この場所がどこか、それはわからない……地球ではないと言われてさえ、信じがたい。
だが、部下への信頼も揺るがず、同じ人である全てを信じる気持ちは今も胸の中にある。それは、戦火の中で軍人として自身を完成させ過ぎたバルトが、唯一人間であるという証明に他ならなかった。
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