第3話「次元転移」

 その光、曇天どんてんに満ちて……にじ

 次元転移ディストーション・リープ反応は増大中、そしてその中心はここだ。オーロラにも似た発光現象の空に、極彩色の七色が走る。その不気味な明滅がテンポを強める中、八尺零児ヤサカレイジは愛機へと飛び乗った。

 ホワイトとイエローで塗り分けられた、重機然としたかくばったフォルム。

 名はザクセン。ふとしたことから入手した設計図で作り上げた、ハンドメイドの相棒だ。パラレイドの初の日本皇国本土襲撃で壊滅、今は死の廃都となった東京にあの日、零児はいた。全てを失った彼を再起させたのが、このザクセンと補給屋家業だった。

 狭いコクピットでシートに身を固定し、手早くパネルに指を滑らせる。


「起動手順、五番から十番を省略。……よし、いい調子だ。頼むよ、僕のザクセン」


 振動に揺れる機体が立ち上がって、頭部のメインカメラからの映像が前方の三面モニターに映り込む。即座に零児は、兵装や武装とは呼べない愛機の装備を確認した。

 左腕部ワイヤード圧着クロー、正常。

 右腕部ハイパワー溶断トーチ、正常

 両手のマニュピレーターを確認すれば、精密な修理作業をこなす五本指がなめらかに動く。最後に、唯一飛び道具にもなるリベット高速シューターを腰から引き抜いた。

 そうして操縦桿スティックを握り直すと、とたんに震えが込み上げる。

 戦闘は恐いし、地球全土で暴れるパラレイドともなれば逃げ出したい。


「でも、修理や補給、給弾作業なんかは僕でもできる筈だ。依頼通り、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんのレヴァンテインを援護する! ……軍の方は大丈夫かな、そっちも出来る限り」


 思いがけない褒章ほうしょうが出たりとか、今後お得意さんになってくれるとか、そういう話もあるかもしれない。だが、そんな独り言で気を紛らわせるには、戦場の空気は零児には恐ろし過ぎた。

 そんな時、指定された周波数の回線に落ち着いた声が飛び込んで来る。


『オスカーリーダーより各機へ……って言っても、アカリしかいないもんな。状況開始』

『オスカースリー、了解。展開する皇国陸軍を含む、次元転移反応より半径五キロ圏内を戦域に指定。市民の安全を最優先、イルミネート・データリンク……私だけはいるんだから文句言わないで、シナ

『了解だ、よろしくやってくれ。で、零児君』


 視界にすぐ、二機のレヴァンテインが小気味よいレッグ・スライダーの駆動音を響かせ疾走してくる。なめらかな全体の荷重移動と、目の前でスピンターンして銃を構える柔らかな挙動。零児が見ても、酷く高度に最適化された機体と操縦だ。

 確か、白亜の狙撃手がヴァルキリーで、漆黒を纏う隊長機がメリッサだ。

 依頼主から渡されたデータを確かめる間も、込み上げる震えは止まらない。そんな零児を背に庇いながら、臨戦態勢に身構える機体からの声は穏やかだ。


『零児君、援護は最低限でいい。実戦になれば擱座機かくざきの回収は後回しになるし、応急処置が必要な機体は優先して君の待つ後方に誘導する。大丈夫だ、いざとなったら逃げるだけさ』

「は、はい」

『ハンドメイドにしちゃ、よく出来てるな……しかし。素人が作ったにしちゃ、大したもんだよ。修理の腕も期待できそうだ』

「あ、ありがとう、ございます。設計図がカチッとしたものだったので」

『いい機体だ……そんなデカい箱を背に背負っても、シャンと立ってる。なんの乱れもなく安定してるし、なにより頑丈そうだもんな。……君の大事な商売道具だ、守るさ。極力ね』


 現場での零児の上司、隊長にあたる人物……槻代級ツキシロシナ。どうやら、自分を気遣い緊張を和らげてくれてるらしい。率直に言って、ありがたい。話していれば気も紛れる。歯の根が合わずガチガチなる音が伝わっていても、級はなにも言わずに会話を続けてくれていた。

 だが、謎の設計図をネットで手に入れたという話をしていると、いよいよその時が訪れる。


『級、零児君も。次元転移反応増大……来るっ!』


 一条灯イチジョウアカリの凛とした声が緊張感に強張り、同時にモニターの中のヴァルキリーがスナイパーライフルを構える。その時にはもう、級のメリッサもアサルトライフルを光の先へと向けていた。

 そして、一瞬で曇り空が蒸発し、空が断ち割れるような閃光が走った。

 あっという間に全てがフラットアウトする中、激震と烈風が零児のザクセンを襲う。

 全てが白い闇に塗り潰される中で、回線を行き交う声はあらゆる方向から零児を穿った。


『次元転移を確認! 各機、現状維持! くりかえす、現状維持!』

『中佐、反応は五つ……いえ、六つ!』

『半端な数だな、すぐに目視で確認しろ! アイオーン級か、それともアカモート級か……まさか、セラフ級ということは……いや! なんであれパラレイドは、あらゆる犠牲を払ってでも殲滅する!』


 皇国陸軍の94式【星炎せいえん】が、訓練通りの動きで光の中へと銃を向ける。

 やがて光は集束し、巨大な光条となって天へ昇った。

 全てが元通りになる中で、零児は歯を食いしばって目を見開く。それが人類の天敵であるならば、見届けねばならない。自分は、その天敵と命懸けで戦う者たちのために戦うのだから。弾薬一発、オイル一滴が零児の武器だ。どんな作業でも、迅速かつ丁寧にこなしてみせると心に誓う。

 そして、爆光が去った町並みに……五つの巨大な影が佇んでいた。


「あ、あれは……あれが、パラレイド? ……データにないタイプだ、つまり……セラフ級って奴なのか!?」


 皇国陸軍が包囲する外側から見ても、現れたのが人型の機動兵器だということがすぐわかる。それも、大きい……軽く見積もっても、パンツァー・モータロイドやレヴァンテインの二倍はある。全高20mクラスの巨人は、よく見れば火器と想われる携行武装を手に、四方に対して油断なく銃口を向けていた。

 無骨で直線的なラインの中にも、戦う姿を凝縮したかのような装甲言語が読み取れる。まるで、鍛え抜かれた古代の剣闘士グラディエーターだ。だが、手にするのは剣と盾ではない……PMRパメラの40mmカービンが玩具おもちゃに見えるようなサイズの、サブマシンガンだ。

 そう、四方へと背を預け合って警戒心を発揮しているのは、四機だ。

 そして、その中央……背中に守られている巨体がさらにもう一機。明らかに同一の組織が建造したであろう、同じ意匠や規格の四機とはまるでことなる人型兵器が目についた。他の四機が無駄な肉をシェイプしたボクサーなら、それは日本の力士かプロレスラーだ。装甲で肥大化したマッシブなボディは、白地に蒼で塗装されている。張り出した厳つい肩も、背の長大な砲身とミサイルポッドらしき兵装も気になる。


「あのパラレイドだけ、違う……いや、彼女はパラレイドじゃないな!」


 思わず口を出た言葉を、零児は拾い直すように口へと手を当てる。

 ――彼女? 今、僕は彼女と言ったか?

 そう、どういう訳か一人の少女が頭の中で弾けた。自分と同じくらいの、緑の髪がたおやかに長い少女だ。そのイメージが、守護騎士たちに守られた女王の如き蒼い機体から注がれた気がした。

 だが、緊迫の膠着状態こうちゃくじょうたいは長くは続かなかった。

 彼女と感じた敵には人が乗ってて、恐らく周囲で護衛するように身構えた四機もそう。つまりそれは、無人の機動兵器群であるパラレイドでは……ない?

 零児がそれを誰かに、とりあえず信用できる級と灯に伝えようとした、その時だった。

 二組の男女がそれぞれ、全く別の声をあげた。


『灯、妙だ……データにないタイプだが、セラフ級とは思えない』

『だね。セラフ級……過去にはブリテンをまるごと消滅させたような、規格外で分類不能の最凶個体。あれがセラフ級なら、私たちは今こうして生きてはいない筈。これは――』

『りんなっ! 下がってろ、俺の後から出るなよ……新型の性能を見せるチャンスだ!』

『統矢っ、馬鹿! データにないってことは……もうっ! 待ちなさいよ!』


 それは一瞬の出来事だった。

 ダークグレーのPMRが一機、開けた交差点の真ん中に現れた所属不明機アンノウンの前へと躍り出る。あれは確か、先ほど級と話してた幼年兵ようねんへいの機体だ。

 97式【氷蓮ひょうれん】とかいう新型のPMRは、シールドを構えつつお手本のようなランダム機動で40mmカービンのセフティを解除。そして、言葉が走った。


『セラフ級だってんなら尚更! 先手必勝だっ!』

『待て! 待つんだ、統矢トウヤ君! うかつだぞ!』


 制止する声を放ちながら、級のメリッサが躍動する。トルクを爆発させたレッグ・スライダーでアスファルトを削りながら、砂塵を巻き上げ疾駆する黒衣の騎士。

 その瞬間には、既に勝敗は決していた。

 確か、摺木統矢スルギトウヤとかいう少年のPMRだ。零児と同じくらいの歳の幼年兵だ。彼の【氷蓮】は最速にして最短の機動で肉薄するや、先頭の敵へ銃を突き付ける。

 同時に、ピタリと止まった【氷蓮】の頭部には、銃口が押し付けられていた。全高20mの巨体からは想像もつかない俊敏さで、巨大なサブマシンガンが獲物を捉えていたのだ。

 まるで聖書のダビデとゴリアテ、小人と巨人だ。だが、全高7mしかない【氷蓮】が、統矢が動きを封じられたのが零児にもわかる。同時に統矢の銃口もまた、敵を捉えて動かない。


『……級さん、だったよな。なんでだよ! 何故! 撃てば今なら――』

『落ち着け、統矢君! くっ、あのデカブツ、何口径だ? あんなのPMRで喰らってみろ、蜂の巣じゃ済まない。……やはり妙だ。資料で読んだが、パラレイドの主兵装は強力な光学兵器だと聞くが』


 級の言葉に零児も思い出す。

 恐るべき敵、パラレイド……その最も留意すべき点は、未だ人類が実用化に達していない、強力な光学兵器で武装していることだ。コンパクトで強力、エネルギーの限りに撃ち続けられる必殺のビーム……その破壊力と圧倒的な対空戦闘性能は、この世界から航空戦力という選択肢を消し去ってしまった。

 人型の陸戦兵機が主流となり、どの国も陸軍が幅を利かすようになった理由が、これだ。

 零児が焦れる中で、級が統矢救出の隙を探り、灯がその瞬間へ最大の援護と支援を注ぎ込まんとする気配。その痺れるような緊張感が、銃声によって霧散した。


『あ、ああ……あああああっ! パラレイドォ……母さんの、仇ィィィ!』


 包囲する皇国陸軍の中から絶叫がほとばしった。

 そして、地面をミシン目のように弾着で刻む射線が、統矢ごと所属不明機へと吸い込まれていった。その凶弾を追うように、状況も確認せぬまま一斉攻撃が始まる。

 統矢の【氷蓮】もろとも、鋼鉄の巨神への哀れな抵抗線が火を吹いた。


『誰が撃った! ……黒崎クロサキ一尉か、あいつは確か東京で母親を』

『撃ち方やめ、やめんかバカモノ! ええい、狼狽うろたえるんじゃない! 皇国陸軍は狼狽えない!』

『しかし中佐、既に戦端は――』

『死ね、死ね死ね死ねェェェェッ! 死んだパラレイドだけがいいパラレイド……死んでいいんだ! 幼年兵のクソガキもろとも、死ねッ!』

『撃て! 撃て撃てッ! 撃てば当たるぞ、撃てェェェェッ!』


 見るも無残な混乱の極みだった。

 統矢のスタンドプレイが巻き起こした、恐懼きょうく恐慌きょうこうに負けた男たちの絶叫。それが今、無数の弾幕となって【氷蓮】ごと敵を……皇国陸軍の軍人たちが敵だと決めつけた所属不明機を飲み込んでゆく。

 

 だが、その未来は選択されない。

 そのことに目を見張る零児は、驚きの余りに機体のバランスを崩す。

 例の重量級の機体が、厳つい左右の肩で謎の装置を輝かせる。光と共に見えない奔流ほんりゅうが迸り、周囲が逆巻く空気に薙ぎ払われる。避難のため路肩に寄せて乗り捨てられた車両が、次々とひっくり返りながら宙を舞った。

 そして、弾着の煙の中で、射撃の数に類する光が星のように瞬いた。

 嵐が止んだその時、零児は見た。言葉を失った彼の代わりに、級が見たままを呟く。あの級でさえ、声が上ずり震えていた。


『……無傷、だと? いや、今のは……あの真ん中の機体がなにか……まさか! バリア? そんな、馬鹿な……それに類する防御装置が搭載されているというのか? 灯っ!』

『級、短時間だけどあの機体から強力なエネルギーが放射されたわ。指向性を持った波動がフィールドを形成して、周りを……統矢君ごと周囲を守ったの』


 煙が晴れる中、ようやく統制を取り戻した皇国陸軍の射撃が止む。

 その硝煙しょうえんをくゆらせる銃口の先には、先ほどと同じく銃を突き付ける統矢の【氷蓮】と、それを見下ろし銃を突き付け返す謎の機体。

 四機と一機は、次元転移で現れ、現在の人類が持ち得ぬ装備を披露した。

 だとすれば、零児はそういう存在を形容する言葉を一つしか持ちえていない。


「……違う、のか? やっぱり、彼女は、彼女たちは……パラレイド。それも、セラフ級? ッ! う、ああ……そんな、そんなことって!」


 無意識に零児が、ザクセンが一歩後ずさる。また一歩、下がる。零児と同じ結論が、あっという間に皇国陸軍にも伝搬でんぱんしていった。それが目に見えるかのような錯覚さえ覚える。大軍に包囲されながら、明確な防衛の意志を示す四機と一機に対して、零児は、軍はあまりに無様ぶざま過ぎた。


『級さんっ! あとをお願いします! 私は統矢を』

『待て、りんな君っ! ……俺が行く。灯、援護を』

『逃げろって言ったって、テコでも動かないからね。後は見なくていいわよ。行って、級!』


 戦線が崩壊した。既にもう、皇国陸軍には組織的な戦闘は無理だった。

 そして、彼らを修理と補給で支えると誓った零児も、それは同じだった。


「む、無理だ……こんな、圧倒的じゃないか。弾が効かない、届かないんだ……そんなの、倒せる訳、ウワッ!」


 乗り手の動揺を映す鏡のように、ザクセンがバランスを崩した。もとより背に巨大なコンテナを背負っているため、オートバランサーが限界を超えれば目も当てられない。ヨタヨタとザクセンは、手近なビルに突っ込みそうになった。

 そしてそのビルには……まだ、逃げ遅れた人が窓辺にいるのが見えた。

 思わず目をつぶった零児だったが、軽い衝撃と共に機体が突然安定した。恐る恐る瞳を開いた彼は……隣から片手で抱えて支えてくれた、巨大な純白の神像を見る。それはまるで人の心を装い零児とザクセンを救った、ビルの中の者たちにとっては神にも等しい器の持ち主だった。

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