第2話「赫奕たる現実」
トレーラーが機体をデッキアップする中、
間違いない、パラレイドによる
『級、メリッサとヴァルキリーの配置完了したわ』
「了解だ、ヴァルキリーに搭乗して待機してくれ。俺は先方に一応、顔を出しておく」
『もう乗ってるわ、サイトの調節とか色々忙しいもの。……やめとけば? 軍の連中に挨拶しても、煙たがれるだけよ?』
「……ま、それも含めて給料分ということさ」
振り向き見上げれば、トレーラーから降ろされ立たされたレヴァンテインが二機。級のメリッサと、
基本的にレヴァンテインには、型式番号やシリアルナンバーが存在しない。パンツァー・モータロイドと違って、市場での流通方法が異なるからだ。各国の軍産複合体が一括して生産する
勿論、メリッサやヴァルキリーといった
「さて、部隊の責任者に釘を刺さないとな。市街戦を派手にやってもらうと、市民や建物の被害が尋常じゃない。ま、相手次第か……パラレイドにも話が通じればいいんだが。……ん?」
既に稼働中のPMRが放出する熱とオイルの臭いが満ち始めた交差点で、級はふと頭上の機械音に首を巡らせる。
見れば、二機のPMRがスラスターを吹かしながら降下してきていた。
地面へ叩きつけるような熱風から顔を庇いつつも、級はダークグレーの機体に目を細める。
「見ない機体だな? 皇国陸軍と言えば94式【
『本土で、それも
レシーバーから灯の声が響いて、なるほどと級は洞察力をフル回転させる。
大きさは7m前後と、レヴァンテインとPMRはさほど変わらない。だが、新型の【氷蓮】はどうやら、主力機の【星炎】より高出力で軽いらしい。基本的に陸戦機であるにも関わらず、ジャンプ機動でやってきた【氷蓮】は安定して見えた。
級が歩く先、皇国軍の仮設本部がある先へと二機の【氷蓮】が着陸した。
さらに級の観察眼が、鋭く射抜くような視線を投じる。
「ふん、皇国陸軍にもできる奴がいるな。後衛の【氷蓮】は並以下だが、先頭のあの機体……なんて柔らかい操縦なんだ。機体もいいが、腕もいい」
よたつく僚機にも注意を払いつつ、級の褒めた機体が静かに片膝を付く。ダンパーやサスペンションの稼働する振動に、関節部の駆動音……級の目と耳が拾う情報が、乗り手の非凡な才能を伝えてくる。それは日々の
なにより、まだパラレイドが出現していないにも関わらず……その機体は臨戦態勢だった。
ちゃんと頭部のツインアイを光らせ、全てのセンサーで周囲を警戒している。
やるもんだ、と感心していた級は、次の瞬間には言葉を失った。
【氷蓮】の解放されたコクピットハッチの奥から、信じがたい姿が現れたのだ。信じたくもない現実が、濡れた鈍器で殴られたような衝撃を級の脳裏に打ち込んでくる。
「
【氷蓮】のコクピットから、タブレットを片手に出てきたのは……ティーンエイジャーの少女だ。ヘッドギアを脱ぐその姿は、制服姿の女学生そのものだった。
――
級は、思わず奥歯を噛む。幼年兵とは、
廣島が珍しいのか、出てきた少女は周囲を見渡し目を丸くしている。
そして、思わず見詰めていた級に気づくや、軽い足取りで機体を降りて走ってきた。
「そのスーツ……
「あ、ああ。俺は、
「皇立兵練予備校北海道校区、高等部一年!
彼というのは、りんなと名乗った少女が親指で示す僚機のパイロットだ。正規の軍人も真っ青な操縦技術を披露したりんなと違って、ぎこちなくて硬い機体の扱いの少年……級はいやがおうにも意識してしまう。
こんな女子供でさえ、戦場に駆り出さねばならぬ時代なのかと。
「寒い時代、だな……」
「はい? なにか仰いましたか? 廣島は十月でも暑いですよぉ、もうわたしなんか汗だくです」
「い、いや、なんでもない。……どうして
「先日まで
「第二皇都の廣島にパラレイド出現の兆候ってことで、駆りだされたか」
「はいっ! でも、新しい皇都が見れてラッキーかな、って。エヘヘ」
若い。若過ぎる。高等部一年と言えば十五、六歳だが、ショートカットのりんなはことさらに級には若く見えた。
彼女は遅れて横にならんだ統矢という少年を、まるで弟のように小突いてあれこれお小言を浴びせている。級にはその光景が、背後に立つPMRもあいまってやるせなさを感じさせた。
そうこうしていると、皇国陸軍の軍服を着た中佐殿がやってくる。
恐らく、この呉で一戦やらかそうと展開中の部隊、その指揮官だ。
「話に聞いてた北海道校区の幼年兵か? それとそっちは……フン、独立治安維持軍のお出ましか」
級は気持ちを平静に保って、敬礼をする。りんなの敬礼も見事に様になっていたが、その隣の統矢からはやる気の無さが滲み出ていた。
無理もないと思ったその時だった。
三人を順に
「パラレイドとの交戦権は皇国陸軍にある。独立治安維持軍は市民の誘導、および援護を頼みたい! ……あまりウロチョロされては困るからな、せいぜい点数稼ぎをするのだな」
「……ハッ、了解であります」
級はレシーバーの奥から、灯の『相変わらず、感じ悪い』というぼやきを聞く。同感だが、それを仕事に響かせないのがプロフェッショナルだ。
だが、目の前の中佐殿は次の瞬間、常識を疑う言葉を放った。
「貴様等二人は……廣島校区の幼年兵と合流、前面に展開。パラレイドの次元転移による出現と同時に突撃だ。本隊で飽和攻撃を仕掛けるまで、陽動として敵をひきつけろ」
ようするに、軍の損耗を抑えるべく特攻して死んでこいというのだ。
これが幼年兵の現実だ。
りんなは少しだけ表情を強張らせたが、「了解です」と小さく返答を零した。だが、その隣で唸るような声が低く響く。
「またこれかよ……俺たち幼年兵は、使い捨ての
級が振り返ると、そこには怒りに瞳を燃やす少年が
「なんだ? 貴様……小官の作戦に不服か?
「命は張る、命懸けで戦う! ……覚悟は、ある。でも、戦い方ってものがあるだろう!」
「フン、アマチュアの学生風情が……新型機を与えられたからと、いい気になるなよ?」
「ッ! アンタって人は! そうやって今まで……何人の幼年兵を、アンタはーっ!」
すかさず級は、握って振りかぶられた統矢の拳を止める。
手首を掴まれた統矢は、
りんなが
「子供が大人を殴るもんじゃない」
「アンタもか! 俺たちに無駄死してこいって言うのかよ!」
「死ねば有益も無駄もないさ。それと――」
統矢の手を放した次の瞬間、級はレシーバーの向こうで灯が息を飲む気配を拾った。
また、やってしまった。
減給二ヶ月か、もっとか……訓告は免れないかもしれない。
だが、級は市民を守る独立治安維持軍の隊員だ。牙なき者の牙となって、弱い者たちを……女子供を守ってやらねばならない。そのことに対して、級は疑問を感じたことがなかった。
「子供が大人を殴ってはいけないと言っただろ? くだらない大人を殴るのはっ! ……大人の役目だ」
次の瞬間、級の握られた拳が中佐殿の顔面に直撃していた。
周囲のPMRパイロットたちが騒然とする中、中佐殿は「ぴゅげり!」と豚のような悲鳴を
級は拳を解くと、はっきりと言い放つ。
「弾除けの幼年兵が弾を
「きっ、貴様……!」
「友軍の犠牲を前提とした作戦など、作戦とは呼べない。俺は今、独立治安維持軍の持つ
「……貴様はっ! 独立治安維持軍などという
級にはもう、これ以上言葉を
もとより、この場に敵などいないのだ。独立治安維持軍は、敵と戦うだけの組織ではない。それは、幼年兵が盾となって死ぬだけの存在ではないのと同じだった。
そんな時、背後で控えめな声が響いた。
「あ、あの……その辺にしませんか? パラレイドも来そうですし……ほ、ほら! 腹ごしらえ! 腹が減っては戦はできぬ、って。昼飯、
誰もが場違いな言葉に振り向くと、一人の少年が立っていた。どうにか笑顔を作っているが、その表情は引きつっている。ガクブルに震えてるのがわかったが、級は鼻から呼気を逃がして緊張感を霧散させる。
「君は? 俺は槻代級。見ての通り、独立治安維持軍から来た」
「ああ、
零児と名乗った少年……そう、まだ少年だ。歳はりんなや統矢とそう変わらない。四つか五つほど級より若い。
級は差し出された手を握り、零児の背後に立つ見慣れぬ機体を眺めた。
「君のかい? PMRやレヴァンテインではないな、アーマーかな?」
「あれはザクセン、プライベートで僕が組んだ、商売道具で相棒です」
この区域に集結した機体よりも一回りほど大きいが、ザクセンという名の人型機動兵器は10mには満たない感じだ。そして、兵器と言うのが少し
「ああいう機体は、いいな。零児君、だっけ? 職業柄、作業用のマシンを見るとホッとするよ。暴動でもない限り、戦う必要がないからな」
「この御時世なんで、最低限の武装はあるんですが……そうですね、僕もそう思います」
「……昼飯、弁当かい?」
「はい。仕出し屋から直接受け取ってきたので、まだ温かいですよ。皆さんもどうぞ!」
「灯、降りてこいよ。忙しくなる前に飯にしよう。……さ、あんたも立ってくれ」
級が手を差し伸べると、顔を抑えていた中佐殿はおずおずと握ってくる。引っ張りあげて立たせ、級はポンと軽く背中を叩いた。男も小さく「……すまなかった」と呟き、制帽を拾って去ってゆく。
その背を見送り、零児の弁当配りでも手伝うかと思った、その時だった。
『級、機体に乗って! 次元転移の発光確認……大きいわよ!』
レシーバーから悲鳴のような声が響いて、同時に暗い空に光が走る。
周囲が慌ただしくなる中で、級は先ほどの幼年兵の少年少女を見やった。りんなは統矢の背を押しながら、機体へと戻ってゆく。その姿を見送り、死ぬなと心に呟く級。
「級さん! あれって……来るんですか、パラレイド!」
「そのようだ! 零児君、君は下がってくれ。ここは、この街は……戦場になる!」
愛機メリッサへと走る級は、自分の影が長く無数にアスファルトへ伸びるのを見た。眩い光が天を割り、そして……周囲を吹き荒ぶ暴風が洗う中で、なにかが呉の街に降り立とうとしていた。
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