第2話「赫奕たる現実」

 くれの中心市街地は騒然としていた。

 すでに避難命令が出ているにも関わらず、市民たちは誘導する警官や機動隊の隙間から不安げに街を見やる。日本皇国陸軍にほんこうこくりくぐんが展開を終えた繁華街は、異様な雰囲気に包まれていた。

 トレーラーが機体をデッキアップする中、槻代級ツキシロシナは胸騒ぎに空を見上げる。

 曇天どんてんに陰る空は雲が低く垂れ込め、時折不気味な発光現象が明滅していた。

 間違いない、パラレイドによる次元転移ディストーション・リープの前兆だ。


『級、メリッサとヴァルキリーの配置完了したわ』

「了解だ、ヴァルキリーに搭乗して待機してくれ。俺は先方に一応、顔を出しておく」

『もう乗ってるわ、サイトの調節とか色々忙しいもの。……やめとけば? 軍の連中に挨拶しても、煙たがれるだけよ?』

「……ま、それも含めて給料分ということさ」


 振り向き見上げれば、トレーラーから降ろされ立たされたレヴァンテインが二機。級のメリッサと、一条灯イチジョウアカリが乗る狙撃特化型のヴァルキリーだ。

 基本的にレヴァンテインには、型式番号やシリアルナンバーが存在しない。パンツァー・モータロイドと違って、市場での流通方法が異なるからだ。各国の軍産複合体が一括して生産するPMRパメラと違い、レヴァンテインはアッセンブル方式を採用しているメーカーが圧倒的に多い。あるフレームが開発されれば、そのノウハウはすぐに開示されアチコチで改良や改造が盛んに行われる。バックヤードビルダーやプライベーターも多く、ペットネームでのみ識別されるのはそのためだ。形式番号など、数字が何桁あっても足りない……それくらい、レヴァンテインは広く普及して多種多様な機体が存在していた。

 勿論、メリッサやヴァルキリーといった独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんのワンオフ機も珍しくはないのだ。


「さて、部隊の責任者に釘を刺さないとな。市街戦を派手にやってもらうと、市民や建物の被害が尋常じゃない。ま、相手次第か……パラレイドにも話が通じればいいんだが。……ん?」


 既に稼働中のPMRが放出する熱とオイルの臭いが満ち始めた交差点で、級はふと頭上の機械音に首を巡らせる。

 見れば、二機のPMRがスラスターを吹かしながら降下してきていた。

 地面へ叩きつけるような熱風から顔を庇いつつも、級はダークグレーの機体に目を細める。


「見ない機体だな? 皇国陸軍と言えば94式【星炎せいえん】だが」

『本土で、それも廣島ひろしまで見れるなんて珍しいわね。御巫重工みかなぎじゅうこうの新型よ、級。97式【氷蓮ひょうれん】……先月ロールアウトしたばかりの、北海道戦線で一括生産、集中配備されてるPMRね』


 レシーバーから灯の声が響いて、なるほどと級は洞察力をフル回転させる。

 大きさは7m前後と、レヴァンテインとPMRはさほど変わらない。だが、新型の【氷蓮】はどうやら、主力機の【星炎】より高出力で軽いらしい。基本的に陸戦機であるにも関わらず、ジャンプ機動でやってきた【氷蓮】は安定して見えた。

 級が歩く先、皇国軍の仮設本部がある先へと二機の【氷蓮】が着陸した。

 さらに級の観察眼が、鋭く射抜くような視線を投じる。


「ふん、皇国陸軍にもできる奴がいるな。後衛の【氷蓮】は並以下だが、先頭のあの機体……なんて柔らかい操縦なんだ。機体もいいが、腕もいい」


 よたつく僚機にも注意を払いつつ、級の褒めた機体が静かに片膝を付く。ダンパーやサスペンションの稼働する振動に、関節部の駆動音……級の目と耳が拾う情報が、乗り手の非凡な才能を伝えてくる。それは日々の研鑽けんさんつちかったものもあるだろうし、それを裏打ちするセンスさえ感じた。

 なにより、まだパラレイドが出現していないにも関わらず……その機体は臨戦態勢だった。

 ちゃんと頭部のツインアイを光らせ、全てのセンサーで周囲を警戒している。

 やるもんだ、と感心していた級は、次の瞬間には言葉を失った。

 【氷蓮】の解放されたコクピットハッチの奥から、信じがたい姿が現れたのだ。信じたくもない現実が、濡れた鈍器で殴られたような衝撃を級の脳裏に打ち込んでくる。


統矢トウヤ! よたついてたわ、しっかりして。北海道校区ほっかいどうこうくの89式【幻雷げんらい】よりパワーがあるんだから、しっかり出力を絞って制御するの。もー、普段通りちゃんとやってよね?」


 【氷蓮】のコクピットから、タブレットを片手に出てきたのは……ティーンエイジャーの少女だ。ヘッドギアを脱ぐその姿は、制服姿の女学生そのものだった。

 ――幼年兵ようねんへい

 級は、思わず奥歯を噛む。幼年兵とは、皇立兵練予備校こうりつへいれんよびこうに通う学徒兵がくとへいだ。パラレイドとの最終戦争は今、本来守るべき子供すらも戦場へ駆り立てている。そして、級は知っている……この国の、この星の未来を生きるはずの子供たち幼年兵は、正規の軍人の盾となり、弾除けとして使い捨てられるのだ。

 廣島が珍しいのか、出てきた少女は周囲を見渡し目を丸くしている。

 そして、思わず見詰めていた級に気づくや、軽い足取りで機体を降りて走ってきた。


「そのスーツ……第二皇都だいにこうとの独立治安維持軍の方ですねっ! 本日はよろしくお願いします!」

「あ、ああ。俺は、第五十四陸戦機動部隊だいごじゅうよんりくせんきどうぶたい所属、槻代級だ。よ、よろしく」

「皇立兵練予備校北海道校区、高等部一年! 更紗サラサりんなです! 彼は、摺木統矢スルギトウヤ


 彼というのは、りんなと名乗った少女が親指で示す僚機のパイロットだ。正規の軍人も真っ青な操縦技術を披露したりんなと違って、ぎこちなくて硬い機体の扱いの少年……級はいやがおうにも意識してしまう。

 こんな女子供でさえ、戦場に駆り出さねばならぬ時代なのかと。


「寒い時代、だな……」

「はい? なにか仰いましたか? 廣島は十月でも暑いですよぉ、もうわたしなんか汗だくです」

「い、いや、なんでもない。……どうして道産子どさんこさんがこんな南へ?」

「先日まで沖縄要塞おきなわようさいであの新型、【氷蓮】のデモンストレーションを命じられてました。北海道戦線は今も激戦区ですので、トンボ返りの予定だったんですが」

「第二皇都の廣島にパラレイド出現の兆候ってことで、駆りだされたか」

「はいっ! でも、新しい皇都が見れてラッキーかな、って。エヘヘ」


 若い。若過ぎる。高等部一年と言えば十五、六歳だが、ショートカットのりんなはことさらに級には若く見えた。

 彼女は遅れて横にならんだ統矢という少年を、まるで弟のように小突いてあれこれお小言を浴びせている。級にはその光景が、背後に立つPMRもあいまってやるせなさを感じさせた。

 そうこうしていると、皇国陸軍の軍服を着た中佐殿がやってくる。

 恐らく、この呉で一戦やらかそうと展開中の部隊、その指揮官だ。


「話に聞いてた北海道校区の幼年兵か? それとそっちは……フン、独立治安維持軍のお出ましか」


 級は気持ちを平静に保って、敬礼をする。りんなの敬礼も見事に様になっていたが、その隣の統矢からはやる気の無さが滲み出ていた。

 無理もないと思ったその時だった。

 三人を順にめつけていた中佐殿は、腕組みがなるような声を張り上げる。


「パラレイドとの交戦権は皇国陸軍にある。独立治安維持軍は市民の誘導、および援護を頼みたい! ……あまりウロチョロされては困るからな、せいぜい点数稼ぎをするのだな」

「……ハッ、了解であります」


 級はレシーバーの奥から、灯の『相変わらず、感じ悪い』というぼやきを聞く。同感だが、それを仕事に響かせないのがプロフェッショナルだ。

 だが、目の前の中佐殿は次の瞬間、常識を疑う言葉を放った。


「貴様等二人は……廣島校区の幼年兵と合流、前面に展開。パラレイドの次元転移による出現と同時に突撃だ。本隊で飽和攻撃を仕掛けるまで、陽動として敵をひきつけろ」


 ようするに、軍の損耗を抑えるべく特攻して死んでこいというのだ。

 これが幼年兵の現実だ。

 りんなは少しだけ表情を強張らせたが、「了解です」と小さく返答を零した。だが、その隣で唸るような声が低く響く。


「またこれかよ……俺たち幼年兵は、使い捨てのオトリくらいにしか思ってないんだろう!」


 級が振り返ると、そこには怒りに瞳を燃やす少年が歯噛はがみしていた。慌ててりんながたしなめようとする、その手をすり抜けて統矢は中佐殿の前に歩み出る。


「なんだ? 貴様……小官の作戦に不服か? 御国おくにのためには死ねんのか!」

「命は張る、命懸けで戦う! ……覚悟は、ある。でも、戦い方ってものがあるだろう!」

「フン、アマチュアの学生風情が……新型機を与えられたからと、いい気になるなよ?」

「ッ! アンタって人は! そうやって今まで……何人の幼年兵を、アンタはーっ!」


 すかさず級は、握って振りかぶられた統矢の拳を止める。

 手首を掴まれた統矢は、激昂げきこうに煮え滾る双眸そうぼうをギラつかせて振り向いた。

 りんなが顔面蒼白まっさおになる中、級は冷静に言葉を選んで、そして強い意志を込める。


「子供が大人を殴るもんじゃない」

「アンタもか! 俺たちに無駄死してこいって言うのかよ!」

「死ねば有益も無駄もないさ。それと――」


 統矢の手を放した次の瞬間、級はレシーバーの向こうで灯が息を飲む気配を拾った。

 また、やってしまった。

 減給二ヶ月か、もっとか……訓告は免れないかもしれない。

 だが、級は市民を守る独立治安維持軍の隊員だ。牙なき者の牙となって、弱い者たちを……女子供を守ってやらねばならない。そのことに対して、級は疑問を感じたことがなかった。


「子供が大人を殴ってはいけないと言っただろ? くだらない大人を殴るのはっ! ……大人の役目だ」


 次の瞬間、級の握られた拳が中佐殿の顔面に直撃していた。

 周囲のPMRパイロットたちが騒然とする中、中佐殿は「ぴゅげり!」と豚のような悲鳴をこぼしてアスファルトに転がる。

 級は拳を解くと、はっきりと言い放つ。


「弾除けの幼年兵が弾をけるというのは、ジョークにしても笑えない。ここにいるあんた等より、この子たちの方が随分マシな操縦をするぞ。さっき見た、そしてあんた等は見るまでもない」

「きっ、貴様……!」

「友軍の犠牲を前提とした作戦など、作戦とは呼べない。俺は今、独立治安維持軍の持つ特級警察権とっきゅうけいさつけんを行使し、少年少女への不当な侮蔑を発したあんたを殴った。……なにか質問は?」

「……貴様はっ! 独立治安維持軍などという愚連隊よせあつめはっ! パラレイドとの戦いを知らんのだ! 誰も彼もが死んでいった……部下も! 家族も! ……妻でさえ」


 級にはもう、これ以上言葉をつむぐ必要はなかった。

 もとより、この場に敵などいないのだ。独立治安維持軍は、敵と戦うだけの組織ではない。それは、幼年兵が盾となって死ぬだけの存在ではないのと同じだった。

 そんな時、背後で控えめな声が響いた。


「あ、あの……その辺にしませんか? パラレイドも来そうですし……ほ、ほら! 腹ごしらえ! 腹が減っては戦はできぬ、って。昼飯、携行食料レーションじゃないですよ。温かい弁当、調達してきましたから」


 誰もが場違いな言葉に振り向くと、一人の少年が立っていた。どうにか笑顔を作っているが、その表情は引きつっている。ガクブルに震えてるのがわかったが、級は鼻から呼気を逃がして緊張感を霧散させる。


「君は? 俺は槻代級。見ての通り、独立治安維持軍から来た」

「ああ、東堂清次郎トウドウセイジロウさんのとこの。今回、兵站へいたんを契約させていただいた、八尺零児ヤサカレイジです。三ツ矢鉄鋼みつやてっこう系列の下請けで、民間委託された補給業務を担当させてもらってます」


 零児と名乗った少年……そう、まだ少年だ。歳はりんなや統矢とそう変わらない。四つか五つほど級より若い。

 級は差し出された手を握り、零児の背後に立つ見慣れぬ機体を眺めた。


「君のかい? PMRやレヴァンテインではないな、アーマーかな?」

「あれはザクセン、プライベートで僕が組んだ、商売道具で相棒です」


 この区域に集結した機体よりも一回りほど大きいが、ザクセンという名の人型機動兵器は10mには満たない感じだ。そして、兵器と言うのが少しはばかられるような、そんなロボットだった。ずんぐりむっくりとした胴体に手足で、背には巨大な四角いコンテナを背負っていた。恐らく、あれで弾薬や資材を運ぶのだろう。


「ああいう機体は、いいな。零児君、だっけ? 職業柄、作業用のマシンを見るとホッとするよ。暴動でもない限り、戦う必要がないからな」

「この御時世なんで、最低限の武装はあるんですが……そうですね、僕もそう思います」

「……昼飯、弁当かい?」

「はい。仕出し屋から直接受け取ってきたので、まだ温かいですよ。皆さんもどうぞ!」

「灯、降りてこいよ。忙しくなる前に飯にしよう。……さ、あんたも立ってくれ」


 級が手を差し伸べると、顔を抑えていた中佐殿はおずおずと握ってくる。引っ張りあげて立たせ、級はポンと軽く背中を叩いた。男も小さく「……すまなかった」と呟き、制帽を拾って去ってゆく。

 その背を見送り、零児の弁当配りでも手伝うかと思った、その時だった。


『級、機体に乗って! 次元転移の発光確認……大きいわよ!』


 レシーバーから悲鳴のような声が響いて、同時に暗い空に光が走る。

 周囲が慌ただしくなる中で、級は先ほどの幼年兵の少年少女を見やった。りんなは統矢の背を押しながら、機体へと戻ってゆく。その姿を見送り、死ぬなと心に呟く級。


「級さん! あれって……来るんですか、パラレイド!」

「そのようだ! 零児君、君は下がってくれ。ここは、この街は……戦場になる!」


 愛機メリッサへと走る級は、自分の影が長く無数にアスファルトへ伸びるのを見た。眩い光が天を割り、そして……周囲を吹き荒ぶ暴風が洗う中で、なにかが呉の街に降り立とうとしていた。

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