第3話 リオ
まず、あまりの眩しさに開けた目をすぐに閉じてしまった。
どこだここは? 家じゃない。
ぼんやりと記憶が戻ってくる。
「映画……そうだ映画を見て……」
『マグマ・モグラ』を見ているうちに、眠ってしまったのか。
だが、どうもおかしい。背中と尻の感触は固く、冷たい。
映画館の座席とは似ても似つかない。
それにこの、嫌な匂いは……
「起きた?」
少女の声、聞きおぼえがある声だ。
目を薄く開け、その姿を確かめる。
「誰だ? どこだここは?」
「ワタシの名前はリオ。ここはトイレ」
「トイレ?」
オウム返しに驚き、自分の周りを見渡す。
確かにトイレだ。煌々と光る白色電灯が目に沁みる。
そして自分が座っているのが、トイレの床だという事に気付く。
「きったねぇ!」
思わず立ち上がろうとするも、
「うお!?」
足を掬われ顔面から床に倒れこむ。
足に妙な感触。
見て確認しようと片足を動かすと、逆の足が引っ張られる感触がある。これは……
「まず深呼吸して。それと、どうしてここに居るか分かる?」
「『まず深呼吸』? まずはこの足にかかった手錠を外せよ」
少女を睨んで言い返す。歳は三つか四つ下、中学生だろう。
「それから、トイレで深呼吸なんて死んでも御免だ」
「じゃあワタシの事おぼえてる?」
無視されたが、その問いには興味がある。見覚えは確かにある。
だが、どこの誰かは……いや、待て。
「夢……」言いかけて、飲み込む。
夢でみた少女が現実に? 順序が逆だ。
見た記憶が、夢にこの少女を出してくるんだ。
しかし少女の返答は意外な物だった。
「半分正解。今日ついさっき、夢の中で会ったのが初対面」
「……どういう意味だ?」
「これを見て」
少女はスマートフォンを取り出し、動画を再生する。
「これ……」
そこには、さっきまでの『俺が見ていた夢』が録画されていた。
俺が銃を持ってスクリーンに乱射し、少女に投げ飛ばされるまで。
その一部始終を、映画館の座席からの視点で録画したものだった。
「あれは夢じゃなく現実、そう言ったでしょ? さっきも」
マックスは混乱した。これは、夢か?
いや、床の冷たさや不快な臭いは本物だ。
だがこれが現実だとすると、このビデオ、つまりあの夢も現実……?
「超能力者だったの、あなた。ワタシもそう、仲間よ」
「へえ……?」曖昧な相槌がこぼれる。
もうトイレの床がどうだとか、全く意識の外に出て行ってしまった。
どこからが夢で、どこが現実なのかが、オセロのように頭の中でくるくる回る。
「逃げないなら手錠は外すけど、どうする?」
「あ? ああ……外してくれ?」
少女はポケットから小さな鍵を取りだし足を自由にしてくれた。
ゆっくり立ち上がり、改めて少女を見る。
間違いなく、さっき見た少女だ。服装も同じ、声も同じ。
「あー、イチから説明してもらってもいいかな? えと、リオ?」
「出来ればそうしたいんだけど……」
少女――リオはトイレの入り口に向かって歩き、外の様子をうかがう。
というかここ、男子トイレじゃないか。リオは気にしていないようだが。
まあ、女子トイレに手錠で拘束されるよりありがたい。
手足をほぐしながらリオに近づく。
「外に何がある?」
「伏せてッ!」
その叫びが終わる前に、一発の弾丸が入口正面の鏡を砕いた。
破片が散らばり、洗面台に大きなヒビが走る。
マックスは短く悲鳴を上げ、身をすくめる。
「何が――」
リオに問おうとするのを遮るように更に銃弾が入口から飛び込む。
鏡があった場所の壁を砕く勢いで銃撃は続き、銃声がタイルの壁に響く。
そんな中、マックスは砕かれた鏡の生き残り、辛うじて残った一片を見た。
そこには外の様子が映し出され、『敵』の姿を映していた。
服装はバラバラ、だが誰もが黒一色の姿をし、銃を構えている。
その顔はもやがかかったように黒くぼやけ、判然としない。
「何だよ、あいつら……」
呟いたと同時に、入口から何かがゴロリ、と転がり込んできた。
それを見て二人は息を呑む。
手榴弾。
本物かどうか判別は出来ないが、
個室に飛び込む? そんな事で避けられるか? リオは? 俺は――?
固まるマックスの前でリオは、踏み込んだ。
開いた右手で前髪をかき上げる。
そしてそのまま、右手に持ったバットを両手に持ち替え、振りかぶる。
カン、と小気味良く打ち返されたそれを、マックスは鏡越しに目で追う。
それはころころと転がり、黒い靴の先端に当たり、止まった。
ずん、と腹にくる衝撃。天井のホコリがこぼれ、便器の一つにヒビが入る。
「とにかくここを出る」
どこからともなく取り出したバットを、肩に乗せてリオは言う。
「説明は必ずするから。まず深呼吸して」
マックスは青い顔で頷き、深呼吸した。
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