第32話

****


「・・・・・・それで?」

「それで、とは?」

 俺は篤人と夕暮れのカフェでテーブルを挟んで向かい合って座っていた。

「ってか、これは何の取り調べだよ」

「勿論、葉多ちゃんとの件さ」

 萌実の名前を聞き、俺は即座に思い当たる。

「・・・・・・萌実に聞いたのか」

「大丈夫、俺が無理矢理聞き出しただけだから。葉多ちゃんに非はない」

「それで?何を訊きたいんだよ」

 はあ、と溜息をついてそう言うと、俺はアイスコーヒーのストローを口にする。

「そりゃあ、葉多ちゃんと付き合わないのかな、って」

 そして、口に含んだアイスコーヒーに俺はむせざるを得ない。喉を通りかけたコーヒーが咳とともに鼻に上がってくる。

「はああ?!何をどうこねくり回せばそう言う結論に結びつくんだよ」

「いやだって、ぶっちゃけさ」

 篤人はそこまで言うと、身を乗り出し小声で何事かを言おうとするが、何か思い至ったのか、いや、と一言言って、体勢を元に戻す。

「コホン。それでは奈月輝君」

「なんだよ気持ち悪いな」

「君が現在交際しているのは?」

「?町村だけど・・・・・・それがどうしたんだよ」

「では、君が現在好きなのは?」

 「当然」と答えようとしたとき、初めて考えた。

 俺は町村に対して好きだと言ったことがあっただろうか?いや、無い。いつも向けられる明確な好意は町村から俺に対して。いつも向けられる好意を肯定していただけだ。では、好きだと思ったことは?

「・・・・・・無くはない」

 確かに、町村は魅力的な異性だ。顔は平均以上だし、ふとした仕種にドキリとさせられることもある。だが、それだけだった。だからこそ、好きだと思ったことは、「無くはない」。

「ん?」

 俺のごくごく小さな呟きを篤人は耳ざとく聞き取ったらしいが、上手く聞き取れなかったのだろう。

「好きな人・・・・・・か」

 話の流れとして、篤人は俺が好きな相手を萌実ということにしたいらしい。

「まあ、いいけど」篤人はいつものアイスティーのグラスを持ち、俺の左隣の席にドカッと座ると、右手を俺の右肩に回す。

「お前の事だ、大して好きでもない相手から向けられた好意を、単純に受け取っただけだろ?」

「大して好きでもないなんて、そんなこと・・・・・・」

 ない、と言い切れない自分が歯痒い。


「ところで、篤人がアイスティーにガムシロ使わないなんて珍しいな」

「……まあ、今日二杯目だし。流石に一日にガムシロ四個は体に悪そうで」

 あまりにもあからさまに話を逸らしたものの、篤人はそれ以上追及してこない。

「ジジ臭いこと言いやがって」

 こいつには敵わない。そう、つくづく感じる。

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