第29話
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ベンチに座る俺に向かって、足音が近づいてくる。
「よくこんな場所、覚えてたね」
十年近く前の事とはいえ、流石に昔住んでいた土地の立地くらいは覚えている。
「流石にな」
俺は視線を萌実に向けないまま、答える。
「この公園、昔はたくさん遊具があったの覚えてる?ジャングルジムとか、シーソーとか。小さい頃、私ここが凄く好きでね」
そう言いながら俺の横に腰掛けた萌実の視線を追うと、そこには無駄に広いスペースがあるだけで、遊具らしい遊具といえば砂場くらいしか残っていない。
「ああ。でも随分さっぱりしちまったな」
「最近うるさいじゃん、危ないとかなんとかさ。ここの遊具も少しずつ撤去されて、最後に残ってたブランコも、三年くらい前に無くなっちゃった」
ここ二年と少しの間、この町の病院に通っていたとはいえ、流石にこの公園まで来たことはない。見ぬ間にこの町も変わってしまっていたと思うと、少し切なくなる。そんなことを思いながら開けた地面の一点に視線を向けていると、萌実がこちらを向くのを感じたが、俺はそれに気付かないふりで、そちらを向かずにいた。
「私がどうしてここに来たか、不思議でしょうがないんでしょ?」
虚を突かれ、思わず萌実の方を向いてしまう。目が合うと、萌実はくすっと笑って、小さくやっぱり、と言い、視線を前に戻す。
ムカつく。だが、駅とは反対方面のこの公園に態々萌実が来たのを不思議に感じたのも確かだ。
「って、私にも分かんないんだけどね~」
「なんだよそれ」
俺は溜息交じりにそう言うと、視線を萌実から外す。
「なんかね。輝が一人になりたいって言ったら、人の多い駅の方よりは、本当に誰もいない、こんな場所なんじゃないかな~、なんて、直感的に思ったんだよね。なんか降りてきたよね。私神ってますわ~」
「じゃあ、俺が一人になりたいって分かってて追っかけてきたお前はなんなんだよ」
正直、数分の間を置いて、ここに萌実が現れたことに、幾分か救われたのも確かだ。もし今一人でいたら、うだうだ光希のことを考えて潰れてしまっていただろう。
要するに、その言葉はただの天邪鬼だった。
「・・・・・・だって、輝、狡いよ。話すだけ話して、自分だけ一人になるなんて」
只の嫌がらせだよ~等と明るい声の返答を予想してた俺は、その低いトーンの言葉に思わず驚いた。
・・・・・・俺は、知らぬ間に萌実のその明るさや強さに甘えてしまっていた。そのことに、今更気付く。彼女だって、俺と同じように・・・・・・いや、初めてその事実を知った分、俺以上に光希のことに心を痛めているのだ。
萌実の言葉に何も返すことが出来ず、俺はやっとのことで謝罪の言葉を絞り出した。
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「やだなあ、謝らないでよ・・・・・・本当のところ、私が独りになりたくなかっただけなんだ。なんか、初めて知ることばっかりで、ぶっちゃけキャパオーバーしちゃってさ。でもほら、私彼氏もいないし、仲良い友達で光希の事知ってるのって、輝くらいだし――」
そうまくしたてているうち、不意に頬を涙が伝うのを感じる。もう充分泣いたつもりだったのに。
「萌実・・・・・・」
輝は、こっちを向いている。やばい。涙見られた。
「あーあ。こんなハズじゃなかったんだけどなあ・・・・・・人のこと言えないや。泣くとか、私の方がズルいよね」
努めて明るく言うと、私は立ち上がり、クルリと輝に背を向ける。
「じゃあね」
そう言って歩を進めたとき――
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身体が自然に動いていた。
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心臓がうるさい。状況が掴めない。
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「ちょ、輝?どうしたの?」
萌実の声も心なしか震えている気がする。
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「ごめん、萌実」
耳元で囁かれる声にゾクリとしてしまう。
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「もう、いいから。輝の
俺は、その言葉を欲していたのかもしれない。けれど、そうじゃない。
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私、最低だ。
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俺は、最低だ。
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だって。私は今この瞬間、
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だって。俺は今この瞬間、
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今抱きしめている、
今抱きしめられている、
この人のことしか考えていなかった。考えられなかった。
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