第28話

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 萌実は顔を伏せ、何も言わない。今、彼女は何を考えているのだろう。


 事の経緯を、ここまで事細かに誰かに話したのは、これが初めてだった。事前に町村に話した時にも要点を掻い摘まんでだったし、本来今日もその程度にとどめるつもりだったのだが、気付けば思い浮かんだ言葉が口を突いて出、俺の記憶全てを言葉の限りを尽くして伝えた形だ。


 不思議と、ここまで話しても萌実は「そっか」とだけ言い、いつものように笑ってくれる。そんな気がしていた。そんな気がしてしまっていた。


 しかし、何を根拠にそう思ったのだろう。そんなはずはない。実際、今も萌実は何も言わず俯いている。つまりは、あくまで希望的観測に過ぎなかった。「萌実にはこうあって欲しい」という、俺の欲求だ。


――俺の全てを受け入れて欲しい。俺の全てを、許して欲しい。


 そんな、身勝手な欲求、いや、要求だ。


####


「悪い。俺、先に出るわ。ちょっと、一人になりたいし」

 沈黙がいたたまれなくなったのか、輝は席を立つ。そして何も言わないまま、伝票を手にすると、レジへと向かう。それに気付き、咄嗟に輝の服の裾を掴むも、輝は「頼む。な」とだけ言って反対の手で私の手首を掴み、テーブルの上まで運ぶと、そっと手を離す。


 私はそれ以上の抵抗もできないまま、その手をただ見つめていた。

 遠くの方で、会計をする音が聞こえる。ウエイトレスのお姉さんが明るい声で何か言っている。

 カランカランとドアベルが鳴る。


 その時既に、私は何も考えていなかった。考えられなかった。

 いろんな感情が、あちらから、こちらから、溢れ、溢れて、止まらなかった。

 ゴチャゴチャで、グチャグチャで。


 泣きたい訳じゃない。光希のことを思うと、飛び降りた時の光希の感情を想像すると、辛いし、悲しいし・・・・・・痛い。きっと光希の痛みはこんなものじゃない。

 でも、違う。今溢れ出ているこの涙は、きっとそんなに綺麗なものじゃない。


 一人に・・・・・・独りに、なりたくない。


 私はバッと席を立つと、バッグを乱暴に手に取り、走ってドアへ向かった。

 店を出ると、既にそこには輝の姿はない。両方の道を見るが、どちらにも彼の姿は見えない。病院に入ったのか?一瞬そう思うも、すぐに思い直す。彼は一人になりたいと言った。そんな状態で光希のいる病院に入るとは思いにくい。

 私はふと思いつき、駅とは反対方向に走る。そちらにある公園が頭に浮かんだ。

 輝とも遊んだ事はあるが、そこを覚えているだろうか?そんなこと、分かるはずがない。でも、私はそこに行けば輝に会える気がした。


 そこに行かなければいけないような気がした。

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