第26話
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「俺も、全く異変を感じない訳ではなかったんだ。付き合いだしてから半年くらいの頃、光希の腕に
そう言って俺は、自分の左腕の二の腕の少し上の方を指さす。
「光希は転んだだけだって言ってたけど、今になって思えば、右利きの光希が普通に転んでそんな場所に痣が出来る訳がないんだよ……な」
「それってもしかして……」
「ああ」
俺は咄嗟に言葉を続けられず、一つ呼吸を置く。
「光希は……嫌がらせを受けていた、らしい」
萌実は愕然としているようだった。
「というか、最早嫌がらせとかってレベルじゃない。ほとんどリンチだ。なのに俺は、その時、何の疑問も持ちすらせず、その言葉を信じちまった……」
萌実は下を向いた。
「それで?」
「ある時から、光希はほとんど俺の誘いに乗らなくなっていった。『模試があって』『家の用事があって』『もうすぐ受験生だし』とか言ってな。大体八月くらいからだ。恐らく、その嫌がらせをしてたグループに何か指示されてたか、或いは」
「……或いは?」萌実は顔を上げないまま問う。
「いや、なんでもない」
身体にある痣を俺に見られる可能性を減らしたかったか。聞いた話では、光希の体の痣は、二の腕をはじめ腿や脇腹など、見事に服に隠れる位置に付けられていた。その暴力行為が表面化するのを避ける、狡猾な手口だ。
もしかしたら俺と疎遠になることを想定していたのかもしれない。
「兎に角、俺が知ってる話はそこまでだ。それがエスカレートしていって、後は……お前が知ってる通りだ」
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「でもさ、輝は気付けなかったってだけでしょ?やっぱり、それだけで輝のせい、だなんて話にはならないと思うんだけど」
私は率直に思ったことを口にする。
輝はなかなか口を開こうとしないが、私はそれ以上言葉を発さず、輝が話し出すのをじっと待った。
「トドメを刺したのが、俺だったんだ」
しばらくの沈黙の後、輝はまた話し始めた。
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その日。
そう、光希が飛び降りた日。光希から、数ヶ月ぶりにメッセージが送られてきた。
その頃には、俺も光希を誘い出すのを諦め始めていた。
『やっほー。なんか、久しぶり、って感じだね。勉強
おう。どうした、急に。
『あ、なんか不機嫌。今までお誘い断ったの、やっぱり怒ってる?』
いや、別に怒ってはないけど・・・・・・ちょっと心配してる。誘いを全部断るのも、こうやって急にメッセージ送ってきたのも。
その後、しばらく時間をおいて、またメッセージが来た。
『息抜きにさ、デートでもしない?』
あまりにも不自然だった。話の流れとしてもそうだが、光希の性格としても違和感を感じざるを得ない。俺は妙な胸騒ぎを覚えつつも、光希の指定した待ち合わせ場所へと向かった。
そこにいたのはいつも通りの、屈託無く笑う光希だった。その顔を見て、俺は全てが杞憂だったのだと感じた。いや、感じてしまった。
俺達は久しぶりのデートを満喫した。恐らくは。
行き先は、ほとんどが一度は二人で行ったことがある場所。いずれも高校の近くの、いつものショッピングモール。いつもの喫茶店。いつものゲームセンター。全てが光希のリクエストだった。俺は光希の希望通りに、或いは振り回されながら、久々の二人の距離感にどこか心地よさを感じていた。
そして、光希が俺の腕を引き、最後に足を止めた場所。その日行った場所で唯一、行ったことのない場所。
「ここって・・・・・・」
所謂、ホテルだった。
「ねえ、輝」
光希は俺に顔を向けようとせず、表情も見えなければ、声色から感情を読み取ることもできない。
「・・・・・・最後に、私を抱いて?」
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