第12話

「あ、輝、戻ってくるってさ」

 灰屋君が携帯の画面を見ながら私にそう告げる。

「こんな時間か……」

 灰屋君に釣られて見た私の携帯のロック画面に表示される時計は、バイトに行くのにちょうどいい時間を示している。しかし今日行くのはバイト先ではない。

「……また逃げるの?」

 そういう言い方は気に入らないけど。確かに輝と顔を合わせたくない。だけど、それ以上に今日は月に一度、親友に会うと決めている日。

 例え約束をすっぽかしたところで、彼女は決して怒らない。いや、“怒れない”。

「でも……ごめん。やっぱり今日だけは帰らなきゃ」

 それでも、彼女に会わなければならない。彼女の境遇を思えば、私が誰か、しかも男と会っていて約束をすっぽかしたなど、口が裂けても言えるわけがない。言わなかったところで、そんな後ろめたい気持ちを持って今後会いたくもない。

 私は灰屋君をその場に残し、カフェを後にした。


****


「おう、結果オーライ」

 篤人が俺の顔を見るなりそう口にする。

「何がだよ」俺は尋ねるが、案の定、こっちの話、とはぐらかされる。

「んで、その後輩クンは何の用だったわけ?」

 相手が篤人とはいえ、流石に一から十まで話すつもりはなく、高校の時の話だと、こちらもはぐらかす。お互い性格がわかっていることもあり、篤人も「ふーん」とだけ答え、それ以上追及はしてこない。


 しばらく雑多な話しをした後、町村からサークルが終わった旨をメッセージで受け取り、自分も帰るという篤人と共にカフェを出た。


####


 いつものように、花屋に寄り、彼女の元を訪れる。

光希みつき、体調はどう?」

 私は彼女に話しかける。

「……」

 彼女は何も答えない。

「あ、そうそう、今日はね、アジサイなんだ。あんまりお花屋さんに売ってるイメージ無かったんだけど、あるところにはあるんだね~。花言葉は、『元気な女性』。ぴったりじゃない?」

 私は病室の花瓶に持ってきたアジサイを生ける。

 再び彼女の枕元に腰かける。いつもなら次から次に話を続けるが、今日はなんとなく……言いたいことが纏まらない。

「光希……怒るかな」

 しばらくの重い沈黙の後、私は意を決して話し始める。

「私、好きな人ができた、なんて言ったら」

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