第9話
何か心に引っかかるものを抱えつつも、俺に言い辛いものを下手に追及しても仕方がないと、萌実についての話を止めいつものように篤人とくだらない話をしていたとき。後輩からメッセージが入った。
『この後、できれば直接お話しできませんか?』
「ん?誰から?」トイレに立っていた篤人が後ろからスマホを覗き込んだ。
「倉地……サークルの後輩だけど……急になんだろ」
倉地信哉とは普段あまり会話はしない。同じサークルに所属してはいるが、顔を合わせるのは週に一回のサークルの活動くらいで、その際も挨拶程度しかしない。ましてや個人的に二人で会って遊んだり話したりしたことがある訳がない。
別に嫌いとか合わないとかではなく、話した事が無いからよくわからない、というのが実際だ。そんな相手から急に呼び出されたら驚くに決まっている。
「悪い……なんか呼び出されたから俺言ってくるわ」
倉地に場所を尋ねその返事を待ち、篤人にそう言って席を立った。
先ほどまで晴れ渡っていた空には灰色の雲が立ち込め、今にも一雨降りそうな様子だった。
そのとき感じた嫌な予感は、雨についてのものなのだろうか。自分でもよくわからない。しかし俺はその倉地の呼び出しに応じるべきだと、直感的に感じていた。
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『まだ大学いる?時間あったらカフェ来れない?』
水曜、図書館の自習室にいると、突然灰屋君に呼び出された。
「どうしたの?急に」
カフェで灰屋君と合流したとき、外は雲のせいですっかり暗くなり、小雨が降りだしていた。
「いやさ、輝が呼び出し食らったんで暇になったから、それ待ちがてら葉多ちゃんの進捗でも聞こうかなーと」
「……知っているくせに」こういうとき灰屋君は意地が悪い。
「でもさ、いつまでもそんなウジウジしてたってしゃーないじゃん?輝も心配してたよ?」
「……輝が?」
話を聞くと、どうやら輝は私の姿を見掛けないことに心当たりが無いか灰屋君にきいたらしい。それならメッセージでもしてくればいいのに。私だって面と向かって話すよりその方が話しやすいし誤解も解けて一石二鳥……でも自分から送るような気にはなれなかった。
しばらく話して、ふと気になったことを灰屋君に聞く。
「ところで、輝が呼び出されたのって教授とか?……町村さんはサークルだよね」
「あー、後輩って言ってたな。確かクラチとかなんとか」
「クラチ……信哉君?」
輝と信哉君が、面識はあるだろうがそれ以上に関わりがあったとは意外だ。私と信哉君は毎週水曜に自習していると近くにいることが多く、休憩中に話したりもする程度の間柄だが、輝の話をしたことはほとんどないし、たまにこちらから話を振っても反応は鈍く、あまり輝のことは知らない様子だった。
そんな2人だが、比べてみると信哉君と輝は似ていて、かつ正反対のように感じる。
考えるより先に動き出してしまう私とは違い、2人とも頭が切れる合理主義者だ。去年の学園祭で買い出しの担当になった際、ワガママを言って輝に手伝ってもらったのだが、彼の段取りのおかげでかなり早く済んだ。恐らく私だけでは、買い出しの荷物を一人で運ぶことを度外視しても倍の時間がかかっていただろう。一方の信哉君も、話しているだけでも考え方は合理的だし、言葉の端々から頭の良さが伺える。
そんな2人の決定的な違いは……温度。2人とも合理的に物事を進めることが可能なのだが、信哉君はいつでも自分は一歩引いて、やりたいこと、やりたくないことではなく、やるべきこと、やるべきでないことで考える。その分、輝より少し冷めているのだ。しかし輝は、自分のやりたいこと、優先したいことを、合理性に極端には反しない範囲で取り入れる。そのため、輝の方が信哉君より遠回りなのだが、温かみを感じられるのだ。
「その後輩君、輝と仲いいの?」
ふと我に返ると、灰屋君が私に問いかける。
「んー、あんまり2人が話してるとこ見たことないけど……でもどうして?」
「輝に届いたメッセージ覗いたんだけどさ、なんか……愛想が無いというか、まるで決闘でも申し込むような……まあ文章見た印象だけなんだけど」
灰屋君がその言葉を言い終わるか言い終わらないかで、後方から何かが割れる音がした。どうやら誰かがグラスを落としてしまったらしい。
……その音は、私に不吉な何かを感じさせた。
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