第3章 過去
第8話
自分で認めてしまうというのは大きい。
ほぼ無自覚とはいえ以前から薄々気付いていたものを言葉にして心の中に持つと、それだけでそれが事実として心に重くのしかかる。
人によってはそれによって前に進む事ができるようになるのかもしれないが、私の場合は……。
「無理……だよ……」溜息も付きたくなる。
輝に惹かれていると自覚して以来、輝のことを必要以上に意識してしまう上、輝の隣に町村さんがいるだけで、しばらく心が晴れない。何よりその町村さんという“彼女”の存在が一番のネックである。
輝と特別どうこうなりたいなんて事は思って……無くはないけど、輝にとって私は幼馴染。それ以上でもそれ以下でもない、そんな自分の立場はわきまえているつもりの私としては、今まで通り友達をやっていきたい訳で。
でもそれすら出来ない自分にヤキモキしてしまう。
「無理もないだろ……ロクに恋愛経験も無いんだから」
あれから灰屋君がずっと私の話し相手だった。最初こそ私のことをからかっていたが、私が度を越してウブだったことが意外だったのか、好意を自覚させた手前、投げ出すこともできないようで、私のことを気にかけてくれていた。
「恋愛経験なんて関係ないよ……ただの……ただの、友達だもん」
そう。輝だって灰屋君と何も変わらない。
そんな意識が、輝をまた“好きな人”から“幼馴染”へと押し戻そうとしていた。
****
「篤人さ」
水曜日、いつもの英語の授業の後の時間、俺は篤人に気になったことを問いかけてみた。
「ん?」
「萌実の事、何か知ってるか?」
萌実と最後に話してから既に三週間ほど経過していた。
「……どうかした?」
「いや、前にお前に言われたときは大して気になってなかったんだけど、最近あんまりにも姿を見なさ過ぎる気がして……」
今までこんな事は無かったハズだ。再会してからというものこんなに長い事萌実と話さなかった事が無かった為、やはり気になってしまう。
「……」篤人は黙りこくった後、
「ま、お前の言ってた通り気紛れなんじゃね?」と平然と言ってのけるが……訳知りか。
篤人は嘘が不得手という訳でもないが、分かり易い。少なくとも俺にとっては。その言葉や調子自体はいつも通りなのだが、前後の繋がりや雰囲気で違和感が生じる。今回もそうだ。
「ていうか、そんなに気になるなら自分で聞いてみればいいだろ」
「直接聞こうにも、あいつと顔合わさないんだから仕方ない」
「誰も直接とは言ってない。メールとかメッセとか色々方法はあるだろうが。知らないんなら教えてやろうか?」
メールもメッセもアドレスは知っている。個人的に、文字で人と話すのが苦手なのだ。よく言われる事だが、言葉の裏の真意や感情が見えない。その言葉が本心から出たものなのか、建前なのか、それとも自分を欺く為のものなのか。
恋人に浮気を問い質す訳でもなし、特別相手を疑う必要など無いのだろうが、余計なところでそういう事を考えてしまうのが俺の悪い癖なのだ。特にこのような相手の気持ちを知りたい場面では、取り繕われた言葉で納得出来ないし、したくもない。
……何故?
ふとそう思った。
何故恋人でも、想い人ですらない萌実に対してそんなに気を遣う必要がある?篤人の言う通り、「気紛れ」かもしれない。しかし、俺から見れば萌実の様子がいつもと違って、かつ篤人が何か知っていて隠しているのだ。やはり何か俺に言い辛い状況でもあるのだろう。
「……気紛れ、ねえ」
俺はそれ以上追及するのは止め、初夏だというのに気紛れで頼んだホットコーヒーを飲み干した。
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