第3話

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 水曜のいつもの時間にカフェに入ると、いつもの席に輝の姿を見つける。

 例のごとくアイスコーヒーを買い、その席に近づいて行こうとするが、ふと会話が耳に入ってきて、足を止める。

「お前まだ町村さんのこと苗字で呼んでんの?」

 灰屋はいや君の声だ。

 何故その言葉で自分が足を止めたのかもわからないまま、二人の話に聞き入ってしまう。そうしているうちに、話題は私の方へと飛んできた。

「あいつは……ほら、小学校の頃から知ってるからさ、そのときの呼び方が染み付いちゃってるっていうか」

 どの口が言うんだか。

 私の「葉多」という苗字は当時流行っていた芸人と同じ音で、男子達は私をそれでからかい、私は次第に自分の苗字を嫌うようになった。輝は私のその気持ちを知りながら、他の男子たちのようにからかいこそしないものの、呼びやすいからとか何とか言って葉多と呼び続けた。そうなると私も意地で、輝に対し「萌実って呼んで」と言い続けた。結局、小六の卒業式の後、引っ越す輝を何人かの同級生と一緒に見送りに行ったとき、最後に一回だけ、「萌実」って呼んでくれた、それっきりだったくせに。

 正直、輝が何故彼女である町村さんを苗字呼びにして、私のことを下の名前で呼ぶのか、気にはなる。気にはなるけど……。

「私が何だって?」

 何も聞いてないふりをして話に割って入ったのだった。


「そういやルーズリーフ切れてんだったわ、ちょっと売店行ってくる」

 そう言って輝が席を立って、しばらくしてから、灰屋君が口を開いた。

「で、さっきはなんで何も聞いてないふりしたわけ?」

 見られていた。それもそうだ。隠れてなどいないのだし、輝の背後から近づく形だったために、輝と向かい合っていた灰屋君からは見えていたはずだ。

「いや、特に理由とかはないけど……ほら、ちょっと忘れ物したかなって立ち止まって考えてただけ」

 咄嗟に出てきた言い訳としてはいい線いってる。と思えたのも束の間。

「もしかしてさ、葉多ちゃんと輝って、小学校の頃めっちゃ仲良かった?」

「え、うん、まあ」

 名前呼びの話のせいだろうか、と思ったが、そうではないらしい。

 まったくもって無意識だが、私も輝も、何かを誤魔化すとき最初に「ほら」と付け、目が泳いだ上に右頬を人差し指で掻く。我ながら分かりやすい癖で呆れるが、その癖は二人とも灰屋君と初めて会った当初からあったらしいから、もしどちらかの癖が感染うつったとすれば小学校の頃なんだろう、と考えたそうだ。

 まあ小学校の頃仲が良かったのは事実だし、まあいいかと思っていたが、その後の言葉が聞き捨てならなかった。

「葉多ちゃん、輝のこと好きなんだろ?」

「……はい?」

 まったく思ってもみない言葉だった。私が輝のことが好き?まさか。

「まあ状況から察するに、小学校の頃からかな。んで、どうして町村さんのこと苗字で呼ぶのに自分のこと下の名前で呼ぶのか気になって、その理由をこっそり盗み聞きしようとしたってとこ?」

 その部分に関してはまったくその通りです。けれども。

「ちょ、ちょっと待って、なんで私が輝のこと?」

「え、だってさっき、輝が葉多ちゃんのこと『腐れ縁だ』って言ったとき、葉多ちゃんあからさまに嫌そうな顔してたし。輝も葉多ちゃん自身も気付いてないみたいだったけど」

「……」何も言葉が出てこない。

「でも俺が思うに――」

 灰屋君が次の言葉を紡ごうとしたが、私はこれ以上この場にいたくはない、反射的にそう思った。

「あ……今日バイトあるんだった、ごめんね!」

 そう言うと私は荷物を持って帰路についた。

 今日バイトなど入れてはいないが、冷静になるには一度一人になるしかない。


 帰りの電車の中で私はずっと考えていた。

 今までの輝への気持ちは、好きという気持ちだった……?もしそうだとして、小学生の頃ならともかく、大学生にまでなって自分の恋愛感情にも気付けないなんて……。

 とはいえ、よくよく考えると私は中高六年間、ろくに恋愛をしていない。「好き」という気持ちを知らなくても無理はない。

 そんなとき、灰屋君からメッセージが届いた。

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