「自殺を止めたあのビラ撒き女たちさぁ――――」

 廊下を歩いているだけでも、否応なしに耳に飛び込んでくる噂話。

 ――ええ、そりゃ、話題になりますとも。ウチの部員のことでございますね。


 あの事件から一週間が経った。

 あの時――、屋上での一部始終をグラウンドから見ていた生徒たちが教師に報告したらしく、多数の教師が屋上の俺たちの元へやってきた。三原はカウンセリングなども含め謹慎一週間。唯先輩、高島、そして俺はお咎めなし、――それどころか……。

「ええ、強請ったわ。『いじめ問題から発展した生徒の自殺未遂を然るべき機関に報告してもよいのですが』って」

 唯先輩は今回の事件を機に正式に『自律支援考察部』(部員数が足りないため正確には同好会)の設立を申請し、部室まで手に入れるに至った。学校とていじめ問題が自殺未遂に繋がった以上強く出ることができないということなのだろうか。だからといってこんな部活の設立を認可するだろうか。何か他にも……なんて、その裏の駆け引きのことは判りかねるけれど、つまり、今いるこの場所は、正式にこの自律支援考察部――略して自察部、もとい自殺部の部室となったのだった。

「冗談よ」

 いろいろ思い巡らせていた俺に唯先輩が言う。

「じょ、冗談に聞こえないですけど……。そのありとあらゆる度胸はどこから来るんですか」

 自律支援考察部――校内の問題、生徒の悩み、その他快適な学園生活を送るための生徒の自律性を支援し考える部活……我々が一体何の力を持っているのかは全く以て謎だけれど、とにかく名目上はそういった活動内容の元に設立された部活、ということになっている。

 だがその自察部(唯先輩曰く『自律支援考察』などという名前はこの略称をつけるために後から言葉を当てはめていったあまり意味のない単語の羅列らしい)の裏の顔、いや、正しくは表の顔こそ、自殺部。天ヶ瀬唯が死を想う部活。そこに集うは青木和海、高島紗代、そして――――

「来たみたいね」

『自律支援考察部』の扉がノックされる。ゆっくりと開かれた扉から顔を出したのは、謹慎から復帰した、三原夏菜子。

「こん、にちは……」

「いらっしゃい。ようこそ自殺部へ」

「ほ、ほんとに来たのか……」

 入ってもいいのかと躊躇いがちに立ち尽くす三原を、高島が迎え入れる。

「三原さん、入部してくれる気になったのね」

 高島は自身の隣に新しい椅子を用意し、三原はそこへ座った。

「……はい。あの、私なんかでよければ、よろしくお願い、します」

「ありがとう。本当に嬉しいわ」

 唯先輩はそう言って微笑む。三原もつられてぎこちなく微笑んだ。

「それから、改めて。三原さんのおかげで私たちは謹慎にならずに済んだわ。ありがとう。

 悪いわね、わざわざ弁明までさせてしまって」

「いえ、その……助けてもらったことは、事実ですから」

 三原は、教師から詳しい話を訊かれる中で、何かと先入観を抱かれていた唯先輩や高島を、『自分を助けてくれた存在』として主張し続けたらしく、その熱意に押された教師陣は我々には何の処分も下さなかったという。

「にしても、なんで三原までこんな訳分かんない部活に……ある意味被害者だぞ、お前」

「何言ってるのよ、彼女だってこの部活に必要だわ」

 唯先輩は自信満々に言う。その自信ってどうなんですかね……。

「彼女は自殺の縁に立った。そこに思い至るまでの経験、屋上に立って感じたこと、飛び降りる瞬間に思ったこと、三原さんにしか分からない、彼女だけの武器があるのよ」

「あのー……、さすがに下手したら人殺しになってた我々から出る言葉じゃないと思うんですけど……」

「いい……の。唯さんたちになら、そうやって話の種にしてもらえた方が、気持ちが楽、だし……」

「ええ……、そういうものなの? この部活に入ったらそんなんばっかになりそうだけど、いいのか? 本当に……」

「うん、それに……青木くんもいる、から」

「にしても……紗代のビンタは沁みたわね」

「だってさすがに、あれは有り得ない!」

 しみじみと回想する唯先輩に高島が声を張る。

「だよなぁ。さすがにないよな」

「……まぁ反省は、ないわけじゃないわ」

 目を閉じて、申し訳なさそうに肩をすくめる唯先輩。なんだかちょっと許せてしまうような気がしてしまうのは、よくないことだろうか。後から問い詰めたら「すぐ真下に大きな木があったし最悪失敗しても何とかなるかと思った」と言っていたけれど、それでもああしようとは普通考えたりしない。

「しかし三原さん、謹慎一週間って……負けたわね、私たち」

「だな。私たち二人合わせても四日間、一週間には敵わないな」

「悔しいわ」

「いや、その価値観おかしいですから」

 そんなやり取りに三原は笑う。不思議にも思えるけれど、彼女が笑ってくれているのなら、全て上手く行ったということなのだろうか。そう考えてしまっても、いいのだろうか。

「自殺未遂の衝撃で、多分いじめが続くことはなくなるでしょう。けれど、そういった行動を取ったことでより過激化したという事案も過去にはある。……もしこれからもいじめ、それに準ずるものが続くようであれば」

「その時は私がジャーナリズムを行使する。例え謹慎になろうとも、だ」

「……そうね、謹慎一週間分くらいのドでかいのをやらかしましょう」

 高島の意気込みに、唯先輩は破顔して、冗談っぽく乗っかった。

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