「……」

 帰りの電車。一時間も揺られただろうか。俺の右肩に寄り掛かるのは、身動きひとつせず居眠りする三原。朝からの一日旅行で、疲れてしまったのだろう。寝息が静かに、肩越しに伝う。このどこまでも華奢で、繊細な心を持つもの静かな少女を、オレは守ってあげたい。マジで守ってさしあげたい。ユードンハフチューウォーリーウォーリー。あなたを苦しめる全てのことから。

 いい、ずっとこのままでいい。どうか目が覚めませんように。麗しのスリーピング・ビューティー。

「…………」

 ――そして、なんと、左肩には、唯先輩も。

 普段は強気なかの表情も、柔らかく、どことなく無垢に、安らかに。

 ……何だ、何なんだこれは。

 ラッキーイベントが、旅の最後の最後にして、訪れた。こんな展開を、一体誰が予想していただろうか。ダブル寄り掛かり添い寝! 至福の挟撃! ワンダフル! こんな経験、一生ないと思ってた! もう、嬉しすぎて自殺しそう!(自殺部ギャグ)

 抑えようとしてもついニヤけてしまう。何てったって冴えないボーイ。向かいの窓ガラスに映る自分は、確かにニヤついている。嗚呼、この時間がいつまでも続いたらいいのに。

 一日歩き回ったにも関わらず、両サイドの女性陣からはふわっといい香りがする。女の子はどうしてこうもいい匂いがするのだろう!

 その香りを胸いっぱいに吸い込むため、目を瞑ってさり気なく深呼吸。ふう、最高。

 今俺の乗っているこの東海道本線、全車両の中でこんな素晴らしい状況にいるのは間違いなく俺一人だろう。そんな自信を胸に、周りに座っている乗客を何とはなしに横目で見る。


 アッ。


 高島と目が合った。

 腕を組み足を組み、なんか俺の方見てる……!

 左隣の唯先輩を挟んで、俺たちはしばし見つめ合う。あまりの高揚感にこいつの存在を忘れていた。一連のキモい行動が見られていたのではないかと、悪い汗が出る。高島はどこまでも冷ややかな目を俺に向けている。もしかして、思考すら読まれているのではないか。いい匂いがどうこうとか考えてたこと、バレてるんじゃないか⁉

 高島は呆れたように目線を逸らし、スマートフォンをいじり出す。


 ややあってケータイがバイブレーション。メッセージ、高島。

『ニヤけ面がキモイ』

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