「さて、では今から高島平へ向かうために、山の手線で池袋方面へ向かう――のだけれど、一旦池袋で降りましょう」

「ほう」

「見せたい景色があるの」

 唯先輩に導かれやってきたのは、複合商業施設の隣にある高層ビルの最上階の、屋内展望ルーム。

「うわぁ……すげぇ」

 壁面が一面ガラス張りになっているこの展望ルームは、三百六十度、ぐるっと一周東京の街並みを眼下に収めることができる。超高層ビルディングの最上階、標高も軽く百メートル以上あるこの場所から目に飛び込むのは、どこまでも小さくなった東京の街。

「高い……」と隣の三原も思わず声を漏らす。

 高校の屋上からも自分の住む街並みを眺めることができるけれど、そんなのとは比べ物にならないくらいの、圧倒的な光景が広がっている。壮大。圧巻。いくらでも眺めていられそうだった。

「屋上好きとしては、あと二時間くらい居れるな」

「私も……」

 きっと夜景もとんでもなく綺麗なんだろうなぁなんて思いながら、どこまでも広がってゆく風景に見惚れる。遥か先、地平線は曖昧に青く霞んで……ああ、本当に最高だ。

「生憎だけれど、今日のスケジュールは分刻みよ」

 立ち尽くし続ける俺に呆れたような忠告の言葉が囁かれる。いや、さっきあなた遅刻してましたけど、とは言わないでおく。そうです、何たって今日はスーサイド・ツアー。悔しいけど、もう一回来たい場所ばかりになりそうだ。

「なんだ、この展望室、もう一階上があるんじゃないのか?」

 立ち入り禁止、と書かれた扉を見つけて、高島が誰に向けてでもなく言葉を投げる。

 すると唯先輩は、その答えは既に知っているという口ぶりで、思い出話をし始める。

「高校一年の夏、私がひとり東京に旅行に来た時に、この一つ上の階は屋外展望台として解放されていたの。高い鉄の柵で囲まれてはいるのだけれど、それでもガラス越しなんかじゃなく直に目に飛び込んでくる東京の街並みは、それはそれは絶景だったわ」

 少し声のトーンを落とし、触れてはいけない話題をするようにひっそりと、先輩は続ける。

「でも、私がちょうど旅行から帰ってきて二週間くらいかしら。夏の終わりに、一人の高校生がそこから飛び降りた。その事件があって、野外展望台は運営停止をせざるを得なくなってしまったというわけなの」

「はぁ……、なるほど。やっぱり、そういう人、出ちゃうもんなんですね」

「その高校生が飛び降りた、なんとちょうど十四年前にも、そこから一人飛び降りて亡くなっているのよね。まぁきっと、別に何の因果もないとは思うけれど、この場所はかつて拘置所で、死刑が執行されていたなんて歴史も相まって、やや都市伝説っぽくなっていたりするわ」

「でも、此処から飛びたくなる気持ちは、まぁ分からなくはないな」

「うん……その気持ち、すごく分かるなぁ……」

「み、三原が言うと洒落になんねぇ……」

「あ、いや、違うの、その、もうあんなことはしない、から……」

 三原は懸命に頭を振って否定する。大丈夫、分かってるよ。

「鉄柵の高さは三メートル近くあって、先端には〝返し〟もついていたのよ。それでも柵を越えて飛び降りた。何か思い入れのある場所だったのかしらね」

「後には引き返せなくなったんじゃないか。柵とか線みたいな物理的境界線は同時に精神的な境界線にも成り得るからな」

「行ったばかりの場所で自殺が起きると、何かもの想わざるを得ないわよね。飛び降りるという行為も、いつもよりリアリティが増して、どこか体感しているようなそんな気になるわ」

 ぴっちり決められた時間いっぱいに屋上からの景色を楽しんで、その米粒ほどになった大都会の風景に、少しだけ東京を征服したような、そんな気持ちになった。


 屋上を経由して、山の手線から都営三田線を乗り継ぎ、降り立ったのは高島平。南口を出るとすぐ、大きなマンション群が目に飛び込んでくる。連なる軍艦のような重厚さ。目を凝らすと全ての階の通路には柵が取り付けられている。

「高島平団地。都心にも近く、昭和の一時代にはそのアクセスのよさから中産階級の市民が殺到したというマンモス団地。当時は東洋一とも言われた新興団地、それだけに学校から病院、その他商業施設までがコンパクトに一区画に収まった機能性の高い団地でもあると言う……。まぁ名所だなんて呼ばれていたのは結局八十年代の話あって、様々な対策の末に今ではそういった方面で話題になることはないわね」

 信号待ちで唯先輩の解説。いつもタメになります。けど――

「……いや、まあ、ツアー計画の段階で決まっていたことですしいいんですけど、その……、ここ、普通の団地ですよね」

 往来している人々、これ絶対にここの住人だ。今日これまでは、どんな目的で向かおうとも観光地として行ける場所であったけれど、ここはさすがに、普通の住宅地。個人的には、足を踏み入れることが結構躊躇われる空気感だ。

「大丈夫、普通に歩いていれば気に留められることもないわよ。公園やスーパーは、誰だって行くでしょう」

「……まあ、そうですね」

「さ、とりあえず敷地内をぐるっと回ってみましょうか。ここに住む人々を、その営みを知りつつ、かつての時代を、その連なった自殺を、思い浮かべてみましょう」

 団地に足を踏み入れるとすぐ迎えてくれる商店通りをなんとなく見回って、大通りを進む。並木が綺麗だ。積もる落ち葉がもう冬が近いことをそれとなく告げている。

 見上げれば高く連なるマンションの群れ。視界を圧倒する。入り組んだ小道もあれば、開けた広場もある。気分はまるで迷路のよう。

 敷地内に作られた休日の公園では家族連れや小学生、お年寄りたちが楽しそうに語らい、身体を動かし、笑い合っている。とてもここで自殺が起きるなんて考えられないほど、和やかで愛しい光景が広がっている。

「いいところじゃないですか、ここ」

「そうね」

 穏やかな午後の、何気ない風景。自殺の名所だなんて言うからちょっと陰鬱でじめっとした団地だと思っていたのに、そんな身構えをしていた自分が申し訳なくなるほど、伸びやかで拓けた団地だった。


「――――うーっ、ああ、駄目! やっぱり我慢できない! 建物の中、入りましょう!」

 敷地内を一周回り切った頃、先頭を歩いていた唯先輩が突然振り返り、堪えていたものを吐き出すような勢いで、声を上げた。

「いやぁ、さすがにそれはまずいですよ」

「だって! せっかくここまで来たのに歩き回るだけで終わり⁉ そんなの有り得ないわ! あの柵越しの景色を見たいと思うじゃない! どんな通路をしているのかとか、最上階からの眺めはどんな感じなのかとか、この目で確認したいじゃない!」

 近くにある建物を見上げる。玄関が連なっている通路、おそらく人の胸辺りまであるコンクリートの壁と天井の間には、びっしりと鉄の柵が張り巡らされている。そのあまりの自殺者数に、一部を除いて団地内のほとんどの場所にこの柵による対策が施行されたのだという。確かにこの風景は、異様と言えば異様であるし、かつての自殺を思わせる特徴的な物証でもある。

「とか言って、あなただって本当はこの団地を高い場所から俯瞰してみたいとか思ってるんじゃないの?」

「うっ、そ……それはもちろんですけど……」

「生憎全棟、屋上へ続く階段は封鎖されているらしいけれど、それでもこれだけの高さ、屋上の一階下からでも十分死ねる――もとい、いい景色が見れることだと思うわ」

「ですけど……やっぱり、お、俺はそれには付き合えません!」

「……私も、そこまではちょっと……」

 隣にいた三原も、俺の言葉に続く。そうだ、さすがにこれは、俺は間違っていないはずだ。

「分かったわ。じゃあ、私だけで行くから。何かあっても私一人の責任。それでいいわね?」

「……そういう問題では、ないと思うんですけど」

「大丈夫、不審に思われて何か声をかけられたら、知り合いの部屋を訪ねにきたって言うわ」

「……そういうことじゃないですよ」

 唯先輩の性格からしたら、その程度別に悪でも非でもないのかもしれないけど、――俺はちょっと、反発する。先輩の目をちゃんと見て、訴えかける。

「――青木。行かせてやろう」

 険悪になりかけた空気に言葉を差したのは、高島。

「いいよ唯ちゃん。私たちは最初に通った公園で待ってるから、ゆっくりしてきてよ」

「――ッ、おい高島!」

「唯ちゃん、行って」

 語気を強めて、高島は言う。

「……ありがとう紗代。行ってくるわ」

 唯先輩は踵を返し迷うことなく、高く伸びるコンクリートの群れに向かっていく。


     *


「高島……」

 残された一年生三人。黙って公園に向かい、ベンチに座って、しばらくして。納得いかない気持ちを言葉にしようと、口を開く。

「見逃してやってくれ。自殺するわけでもない、窃盗や殺人をするわけでもない――ましてや、自殺を考え、自殺者に添おうと、自殺そのものに近づこうと、唯ちゃんは動いているんだから」

 俺が自分のもやもやを言語化する前に、高島は言葉を返した。

「……そう言われればそうだけど」

「お前だって、自分の興味あるものが目の前にある時、どこまでも追い求めたいと思うだろう。唯ちゃんはきっと、自殺に関することを知るのが、純粋に好きなんだ。特別な嗜好ではあるけど、それは不謹慎だの異常だのと傍から言えることじゃないだろう」

「……そうだな」

「許してやってくれ。この旅を一番楽しみにしていたのは、他の誰でもない唯ちゃんなんだから」

 そりゃあ、まあ、住居侵入が云々とかはあるけどさ、と呟いて、目線を下に落とす高島。

「……お前、いつの間にそんなに唯先輩のこと言えるようになったんだ」

「ふん、私は唯ちゃんが好きだからな。理解者になりたいと思うんだ。唯ちゃんには、何かを変え得る力がある。関わった者を感化させてしまうような、そんな力があるんだ」

「……それは、分かる気がするよ」

 空を仰ぐ。傾いていく陽がビルディングに落ちる。広場の喧騒は遠く、橙色の優しい時間が流れている。屋上の柵に、カラスが止まっている。のびのびと、心地良さそうで、そこから見える景色はどうだいと、心の中で尋ねる。

 そんな光景を眺めたらふっと、先輩に、高島に対して、意地を張っていたのが何だか馬鹿らしく思えた。もちろんルールを犯すのはよくないことだけれど、でも、唯先輩には、そんな価値観よりも、大切なものが、信念が、あるんだよな。それは俺には到底測り切れない、大きな大きなものなんだろう。気になるなぁ、唯先輩をそこまで突き動かすものって、何なのだろう。


 目に飛び込む、壮大な、何気ない景色は、心を鎮めてくれることだってある。


「――例えばさぁ、この団地で飛び降りて死のうと考えてやってきた人が、エレベーターを昇る前に、こんな風にベンチに座って、何気なく空なんか見たりしてさ、その美しさに、綺麗さに、死ぬのはやめようとかって、思えるものなのかなぁ」

 ほとんど独り言のように、隣の三原と高島に向けて、言ってみる。

「何気なさに美しさを見いだせることは、それだけお前の感性が澄んでいるってことなんじゃないか」

「ん、褒められてる?」

「……でも、私も、綺麗な空や、花に、もう少し生きてみようって励まされたことは、何度もあったよ。だから、きっと、絵空事なんかじゃ、ない、と、思う」

 三原が、ぽつりと言った。

「空の青さは、草花の美しさは、綺麗な夕暮れは、於かれている現状をこれっぽっちも変えたりはしてくれないけれど、でも、押し潰されそうな心を、少しだけ癒してくれる。世界の美しさには、そういう力がきっとあるって、思うよ」

 三原の言葉は綺麗だ。透き通っていて、繊細だ。

「良い言葉だ。夏菜子は詩人だな」

「そんな、大層なものじゃ、ないよ。……唯さん、遅いね」

「分刻みのスケジュールってあれだけ言ってたんだ。きっとこの場所に使う時間も細かく決めてあるんだろう。そのうち戻ってくるよ」

「お、噂をすれば」

 前から、真剣な面持ちで歩いてくる唯先輩。少しだけばつ悪そうに俯いて。

「……待たせたわね」

「……どうでした?」

 俺は尋ねる。もう気にしてないと、いつも通りに。

「……純粋に、いいところだと思ったわ。この場所で生活してみたいと、思わされた」

 俺の心変わりに気づいてくれたのか、いつも通りの返事を、唯先輩はくれた。

「……本当は、あなたたちと見たかったのよ。一緒に見て、いろんな言葉を交わしたかった」

「……そんな風に言われると、引き留めた自分が悪者みたいじゃないですか」

 そんな風に言って、おどけてみせる。広場の和やかな空気が、俺たちを包む。


     *


「さてさてトーキョースーサイドツアー略してTST、最後の目的地はこちら! JR総武線新小岩駅! いえい!」

 高島平での小さな衝突もそれとない仲直りで、唯先輩もいつものテンション。

 いえい! じゃねぇ。

 自分の好きなものについて、関連した場所なんか目の前にした時テンション上がる気持ちは理解できなくはない――それこそ俺にとって太宰先生のお墓なんてその通りだけれど、やっぱりネタがネタなだけに、思わず苦笑いしてしまう。

「先日の部活でも話した通り、この駅には様々な自殺対策がなされているというわ。実際に目で見て確認してみましょう!」

 高校生四人が駅のホームをウロウロするその様は、傍から見たらまず奇怪だろう。電車を待つわけでもなく、ただただホームを端から端へ。隅から隅まで目を輝かせて練り歩く先頭の唯先輩。これがまたなんとも楽しそうで、本当に、少年のような目をしているのだ。キラキラのギラギラで、純真無垢。でも考えてるのは自殺のこと。うーん、やっぱり謎だ。

 この駅のホームの屋根は、所々青いクリアパネルが嵌め込まれていて、陽の光が透過するとホームには青い光が射すという。夕暮れも終わりそうなこの時間は青い蛍光灯が点いていて、全体的に青色の色彩効果を取り入れた作りになっているようだ。

 ホームの端に立つと、ちょっとした壮観。迫ってくる列車、過ぎ去って小さくなる列車。なんだか吸い込まれそうな迫力がある。屋上から街を見下ろす時のような独特の恍惚感があるような気がする。自殺しようとする人が壮大な風景に身を投げる気持ちというのは、この延長上にあるものなのだろうか。禍々しい色をした巨大な雲の奥で、鮮血みたいな紅色が広がっている。死を想わせる空だ、と思った。同時にそれは、とても美しい。


 ホームのちょうど中間部あたりに立つ。確かに言われているようにホームは緩やかにカーブしている。この構造によって、運転手はぎりぎりまで自殺しようとする人のことが見えないという話だ。

 間もなく特急列車が通過する、との構内アナウンスが流れた。黄線の内側へ一歩下がる。

「この特急、成田エクスプレスは東京駅を発車して、この駅がちょうど速度の乗る場所らしいの。時速百二十キロがホームすれすれで通過するその――――」


 唯先輩の解説を掻き消すように、轟音が頬を掠めた。鋭い風が空気を震わせる。

「――ああ……これは、確かに……」

 飛び込みなんて方法、どうして選ぶのだろうというその疑問に、なんとなく答えが与えられたような気がしてしまった。

 ものすごいスピードで、鉄塊が通り抜ける。飛び込んだら間違いなく、重傷は免れないだろう。

「今のはちょっと……予想以上だったな」

 高島はそう漏らす。純粋に圧倒されてしまったという表情に、限りない共感を覚えた。


 ホームを降りると、地下道には大きなモニターが三台、青い空や美しい自然の風景なんかを等間隔で切り替えつつ、映し出していた。

「有名な自殺防止モニターね。青色基調の美しい画像が流れ続けるわ」

「イルカ……かわいい……」

「イルカには病気を見分ける力があって、癒し効果があると言われているけれど、それは実際に触れ合うことで効果が発揮されるもので、画像を見ただけで思い留まらせることができるのかどうかは……というかこれ、効果があるかどうか自体解明できないわよね、そもそも」

 モニター前で話し込む高校生四人。すれ違う人たちがこっちを見ているような見ていないような……。

「これ普通に立ち止まって見ていたいが、そうすると自殺したい人だと勘違いされやしないか……?」

「心が健康ならグーグル画像検索で見たらいいだろうが」

「あ、そうか」

「ほーら、三原、行くぞ。お前もちゃっかり見惚れてんじゃねぇ」

「えっ! あっ、うん……!」

 思わず笑ってしまう。旅行は他人の些細な個性がはっきり見えたりする。三者三様クセがあって、なかなか面白い集団だと思う。

「あっ、あれは、非常停止ボタン体験コーナー!」

 ちびっ子が遊園地でお気に入りの着ぐるみを見つけた時のようなはしゃぎ様で、改札前に設置されたパネルに駆けてゆく唯先輩。駅構内に配置されている緊急停止ボタンの模型。実際に押して疑似体験をすることができるようだ。

「これ一度押してみたかったのよねー!」

 唯先輩はなにやら喚きつつ、興奮してボタンを連打している。連打するな。この人にとっちゃあきっと、遊園地なんかより自殺の名所の方が心躍る場所なんだろうなぁ……。


 新小岩駅を出て、駅南の商店街を四人でぶらつく。多様な店が軒を連ね、賑やかで、歩いているだけで楽しい。シャッター商店街も増えていく昨今、東京下町の古き良き商店街はそんな時代の潮流に負けず、今も活気に溢れている。なんて、知ったように言ってみたり。

「こんないい商店街がある駅が自殺の名所だなんて、おかしな話ですよね……」

 純粋に、また来たい、そう思わせてくれる街だ。

 ここだけじゃなく、今日巡った全てが、どこも魅力的で、死の空気なんて微塵も感じなくて(駅については対策のあれこれがさすがに死を連想させざるを得ないと思うけれど)、また旅行したいと強く思えるような場所だった。

「今日回った場所全部、私、好き、です」

「あ、俺もそう思ってたところ」

「そうね、確かに。美しく、活気に満ちた場所ばかりだったわね」

 だから、この世界は、死を選ぶのにはあまりに惜しい場所なのよ――

 唯先輩は何気なく、きっと心の底から、そう言って、無邪気に笑う。


     *


 日も暮れて、東京のちょっとした有名ベーカリー店で夕食をオシャレにキメて(無縁な世界だと思っていた)、東京駅始発の下り列車に乗り込む。


「俺、思ったんですけど、やっぱり飛び込みとか飛び降りとかって、その、一種の壮観さに向かって行くことなのかなぁ、って。言い換えればそれって、ある種のカタルシス、なんですかね。例えば……ジェットコースターとかって、死の疑似体験に近いものに快感を得たりするアトラクションだって、言えるじゃないですか。それと似たようなもの、いえ、まあ、こちらは本当に死んでしまう行為なわけですけど、死ぬ間際にも快感に向かいたいのかなとかそういう。で、その快感てのがこの場合、壮観さに飛び込むこと、みたいな……」

 俺の何気ない言葉に唯先輩が固まる。唖然というか絶句というか、そんな表情。

「あなた、ここにきてやっと、自殺部らしい提起をしたわね……」

 唯先輩が感心したとばかりに神妙な顔つきになる。

「そ、そんな驚かないでくださいよ……」

「青木、ほんと何でいるのかずっと謎だったもんな……」

「おいこら高島」

「確かに、今日行った展望室、団地、駅、それらに共通していたのは、吸い込まれるかのような壮大さね。……いや、正確には壮大さという言葉では形容し切れないのだけれど、最も近い表現として、ね」

「ですよね。俺は団地を上から見てはいないですけど、歩いているだけでも目に飛び込んでくる感じというか、圧倒される感じというか、自分が吸い込まれる感じというか……駅にも団地にも、そして当然展望室にも、それらの感覚を抱かせるものがあったわけです」

「雄大な風景や、美しい景色なんかは観光名所になるわけじゃない? で、その場所が同時に自殺の名所になったりもする。それは単に知名度があるからという簡単な理由では決してないと私は思うの。やっぱり惹きつける魅力のあるものは、生と同時に死も引き寄せてしまうのかも知れないわ。有名人に後追いが出るのも似たようなものかしら。いえ、これは少し言葉遊び的だけれど。

 美しい景色を見て死にたいと思う、なんて話は結構あるじゃない。本当に死なずとも、なんだかそう思ってしまうことは、私にもある。それは和海くんの言葉を借りれば、快感や恍惚に惹き寄せられているということなのかしらね」

「成程な」

「……この会話めっちゃ自殺部って感じしますね」

「これを私は求めていたのよ……。紗代とも夏菜子ちゃんともとっくに出来るようになっていたのに、あなたときたらいつまでもツッコミしかしないんだから……」

「えっ! ああ、ごめんなさい……。でも、なんだかそう考えたりしてみると、ちょっと、――言い方が良くないかもしれないですけど、なんというか……、楽しい、ですね」

 その言葉に唯先輩は再び、きょとんとする。そしてすぐ、なんだか得意気な表情になる。


「そうよ、楽しいのよ。いろんな建前や大義名分を抜きにして、私はやっぱり、素朴に、自殺について想うことが楽しいの」

 唯先輩は笑う。


「ヘンな人ですね、ほんと」

「あなたが太宰太宰言うのと一緒よ」

「そうですかねぇ」

 この旅を通じて、唯先輩を始め自殺部の面々のことを、これまでよりも少しだけ、理解できたような気がする。なんだかんだ、純粋に楽しかったし、親睦という目的も、十分果たせたんじゃないかと思う。それに、自殺について想うことを、不覚にも、楽しいと、思ってしまった。もしこうなることまでを唯先輩が考えていたとしたら……。

 隣で高島と楽しそうに談笑する先輩。この人には、ほんと、敵わないよなぁ。

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