二
「課外……活動?」
「ええ、我が自殺部も見事四人の部員が揃ったことだし、ぼちぼち課外活動なんかもしてみようかなんて思うわけ。親睦を深めることも目的のひとつとして、ね」
……なるほど、親睦! 部活動らしいフレーズじゃないか!
「でも、課外活動って、何をするんですか。歴史研究部でも科学部でもない我々が……」
その言葉に、唯先輩はニヤリと微笑み、ホワイトボードに横文字を、勢いよく殴り書いた。
――――Tokyo Suicide Tour
「…………は……?」
「今からッ! Tokyo Suicide Tour! 略してTSTの計画を立てたいと思います!」
「おお!」
唯先輩は力を込めて、楽しそうに宣言した。高島が声を上げ、拍手をする。つられて三原もとりあえず小さく拍手。
「いや、おおじゃねぇよ! ……なんですかその不謹慎なツアーは!」
「あら……不謹慎だなんて、未だにそんな物言いをする人間がこの部活にいるだなんて甚だ心外だわ。私たちは完自の精神で活動しているのよ」
もー! 完自完自うるさいよこの先輩! 感銘受けてるのはよく分かったから!
「さて、日本だけでも様々な自殺の名所があるわけだけど、それら全てを見て回ることはしがない高校生には時間的にも金銭的にも到底できないわ。なので今回は、東京に絞ってみることにしたの」
「ほう、なるほど」
「都会よ都会。デュルケーム先生も言っていたわ。都会は社会活動が盛んな故に自殺が多いって!」
東京。我々が暮らす海沿いの地方都市からは、鈍行で向かって三時間ほど。決して遠すぎることもないが気軽に行けるわけでもないその場所は、多くの若者にとって結構憧れであったりする……んだろうか? 俺にはよく分からないけど。
「自殺の名所を回るって……これまたぶっ飛んだ企画ですね……」
「そうかしら、聖地巡礼と大差ないと思うけれど」
「聖地、ではないですけどね……さしずめ死地巡礼」
「……」
「……」
「……」
おい、なんかスベったみたいな空気にするのやめろよ。
「……いい? 和海くん。あなたはきっと現代を生きる根暗オタク少年だから『聖地』と聞いて頭に浮かぶのがアニメや漫画で登場人物が生活したり訪れたりした場所だったりするのだろうけれど、古くからお墓や死地なんかも聖地として多数の巡礼者を出しているのよ」
「あッ……」
やめろ、そんな目を向けるのをやめてください、お願いします、恥ずかしい、消えてしまいたい、恥の多い生涯を送って来ました、三原ごめん、ネタにしちゃった。
「……中央線に乗って都心へ向かって、高島平団地、新小岩駅あたりを観光するのがちょうど上手く回れる流れだと思うのだけれど」
「ッ――中央線!」
その単語に、俺はまたしても条件反射のように反応してしまう。今し方の恥ずかしさを掻き消す意も込めて。
「唯先輩、三鷹で降りましょう」
「え……、あ! わ、私も賛成、です」
さすが三原。きっと俺の言葉の意味することが分かっているのだろう。彼女は大きく頷いた。
「……はぁ、成程! 太宰か!」
やや間があって高島が声を上げる。あなたもよくご存じで。
「なるほど、お墓参りね。死を想う部活の課外活動としては真っ当な行き先ね」
中央線沿いの三鷹市には、太宰先生のお墓のあるお寺がある。毎年六月の生誕記念には、多くのファンが訪れるという。桜桃忌とも呼ばれるそれは、彼の作品を、彼自身を愛する多くの者たちによって、死後六十年以上が経った今でも大々的に続いている。
「で、ですよね!」
正直そんなこと全然考えていなかったけれど、なんか上手いこと解釈してもらえたようで何よりだ。
「分かったわ。あなたたちの意見も踏まえて、一日のプランを立てることにしましょう」
ホワイトボードに罫線や書き込みを入れつつ、携帯電話で何か調べ始める唯先輩。
「都合のいい週末はいつかしら。十月ならとりあえず私はいつでも空けられるけれど」
手を動かしつつ、唯先輩が俺たちに訊く。
「俺も十月はどの週末も暇です。てか基本的にいつでも暇です」
休日遊ぶような友達も特にいないのでね。ウゥ……。
「私も……」
「私もだ」
……全員暇。ま、みんな文化部だしな。
「じゃあ、今日の夜改めて連絡を入れるわ。よろしくね」
というわけで今日は解散、と、なんだか楽しそうに唯先輩は締めた。
*
夜。唯先輩から長々と旅の計画の決定事項についての連絡が届いた。
日時は今週末。早速、という感じだ。唯先輩、きっとめちゃくちゃウキウキしているのだろう。
細かいことは当日指示してくれるらしいが、とりあえず朝早く出発して、立川駅で中央線に乗り換え、三鷹で下車して太宰先生のお墓参り。新宿で昼食をとってから高島平団地、最後に新小岩駅、という流れになるようだ。自殺名所巡り。改めて考えてみてもとんでもないツアーだ。
ベッドに寝転んで三鷹についていろいろ検索していると、三原からメッセージ。
『旅行、楽しみだね』
『ほんと、あの人の考えることは分かんないよな』
『唯さん、面白いし良い人だよね。知り合えてよかったな』
み、三原……、お前なんていいやつなんだ……なんだか泣けてくる……。
『でも部活で旅行なんて、文芸部じゃ有り得ないよなー』
『うん。いい思い出になりそう(^-^)』
三原も相当楽しみにしているみたいだ。
――楽しいと思えることができてくれて、よかったと思う。
カーテンを開けたままの部屋の窓から、雲ひとつない夜空にくっきりと浮かぶ月が見えた。三原もこの月を見ているだろうか。なんて、ちょっと文学っぽく。
秋の月は美しい。もちろんいつだって月は美しいけれど、やっぱり、この世界は、死んでしまうには惜しいほど、素晴らしいものにも満ちていると思う。
月明かりは静まり返った街並みに降る。
死にたいなんて思ったことがないからこそ、俺はこんな風に想えたりするのだろうか。
徒然なるままに思い巡らす俺の部屋に、再びバイブレーションが響く。今度は唯先輩が連絡事項をまとめた全体トークのグループに、高島がメッセージを投げる。
『うう……秋葉原にも行きたいが……今回は我慢か……』
ああ、そう言えばこいつカジェオタだった。初対面の時はその存在自体のインパクトに薄れてしまったけれど、スマホルート化してる十六歳女子高生がどこにいるかって話だ。
『また遊びに行きましょうね』と、唯先輩が返信をする。
他愛なくささやかなやり取り。なんだか微笑ましい。知らない人からしたら仲良し部員たちの楽しい旅行計画に見えなくもないかもしれない。え、何部かって? 自殺部なんです、はい。
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