第4話 騎士、反応の薄い町に着く

「ポージの町かあ……あの地方には行ったことなかったのよね」

「親切な町人の多い所ですよ。私の一族もお世話になったことがあります」


 宿を発ち、一行はポージの町を目指していた。幸いにもそれほど遠くなく、昼過ぎには到着する見込みだ。


「しかし、そんな町で何が起きているのでしょうか……」

「ま、ファリンが聞いたのも噂話だし、何もなければ物見遊山でいいじゃない」

「それでいいのでしょうか……世の中には勇者の救いを求めている人々はたくさんいるというのに、信憑性のない噂話だけで動くというのも」

「むー……」


 エミリアは不安げに歩を進めるアンリの後ろにそっと回り込むと、その手でアンリの両肩を鷲掴んだ。


「ひゃう!?」

「はいはい、細かいことは気にしないの。アンリはいつも気を張り詰めすぎよ。ほら、肩の力を抜ーいーてー」

「エ、エミリア殿。ちょっと待っ……くすぐった……」

「ほらほらー、よいではないかー、よいではないかー」


 アンリの懇願するような表情に興が乗ったのか、エミリアは攻勢を強める。そんな様子を後ろからディオンとファリンが眺めていた。


「仲が良いことだ」

「同世代の友人が居ないとのことでしたからね。エミリアも距離を縮めたいんだと思いますよ」

「壁を作りがちなアンリには最適かもしれんな、あの行動力は」

「ですねえ……それより、ディオン様」


 ファリンが声のトーンを落とす。前を行く二人に聞こえないよう細心の注意を払う。ディオンもそれに倣って声を落とした。


「何だ?」

「昨晩のお話ですけど……お気付きですよね?」

「恩赦のことか。あれは機会があれば魔界でもやってみたいものだな」

「それ、一番罪が減じられるのがうちの君主だというご自覚はおありの上で仰っておられるのですよね?」


 にっこり笑って視線で殺意を飛ばす。どうやら茶化すにはタイミングを誤ったらしいことをディオンは察した。


「冗談だ。アンリの先祖のことだろう?」


 ファリンは頷く。二百年前の事ならば二人にも覚えがあった。


「言うべきでしょうか?」

「いや、まだ早い。言うべき時機を誤れば私たちが疑われるぞ」

「むー、正体隠すのも楽じゃありませんね」

「しかし、お前も変わったな」

「何がですか?」


 ファリンが首をかしげる。どうやら無自覚で言っていたらしい。


「アンリのために何かしてやろうなんて、ちょっと前のお前からは考えられんぞ」

「……あ」


 指摘されて気が付く。いつの間にかあれ程嫌っていた人間を擁護しようとしていた。


「うむ。お前もいい感じに染まって来たな」

「その原因がそれを言いますか……まあ、アンリさんには汚名返上できるよう頑張ってもらいましょう」


 それは、ひいてはディオンとエミリアの世直しやりたいことに繋がるから。それに、アンリは最終的にディオンと自分がパーティを離脱する日が来たとしたらディオンの代わりに勇者として名を挙げてもらうためのスケープゴートになりえる。そう言うことで強引にファリンは納得することにした。


「ディオーン、ファリーン。町が見えて来たわよ!」

「さて、今度の町では何が待っているかな」

「できれば何も待っていない方が望みなのですけど」


 そんな、かなわぬ願いをファリンは口にするのだった。


「静かな所ね」

「ええ、大きな町や城からも離れているので皆、自分のペースで生活が営めるのが良いところです」


 ポージの町はのどかな雰囲気だった。山と森に囲まれ、とても落ち着いた様子が見える。


「……つまり世俗から切り離されているので、逆に言えば何が起きても周囲には気取られないということですね」

「そうなるな。だが見た感じでは何かが起きているようには見えんな」


 グランの言う通りに魔族が活動しているのであれば何かしらの異変が起きていてもおかしくない。だが、ハーグベリーのように一部の人々が陰鬱な表情を浮かべているわけでもない。店で表示されている値段も通常の相場だ。


「まずは、色々と聞いて回るのがよさそうですね」

「決まりね。二手に分かれましょう。あたしはアンリと一緒に動くから、ファリンはディオンの面倒をお願いね」

「はい、お任せください」

「ちょっと待て、ファリンは私の従者だぞ。面倒を見るのは私の方ではないのか?」


 エミリアの物言いにディオンが異議を唱える。だが、隣に立つファリンはため息をついて呆れた声を出す。


「ディオン様、お一人でトラブルに首を突っ込まない自信がおありで?」

「わかった。大人しくついて行くから杖を振り上げるな」


 振りかぶりかけたファリンを止め、ディオンは渋々ながらついていくことにしたのだった。



 ◆     ◆     ◆



「エミリア、そっちはどうだった?」


 日も落ち、宿屋で合流したパーティは互いの成果を報告する。だが、エミリアの表情は浮かないものだった。


「ダメ、手掛かりなしだったわ」

「村人に片っ端から伺ったのですが、まるで相手にしてもらえませんでした」

「なーんか、あっさりしているのよね。自分の町のことなのに関心もあまり高くない感じ」


 ディオンも腕組みをして考える。確かに聞き込みの結果はエミリアたち同様に芳しくない。ファリンも自分たちの調査結果を報告する。


「こちらも収穫無しです。魔族が町の中にいるとなれば、多少は不安を覚えてもおかしくないのですが……」

「やっぱりデマだったんじゃない?」

「うーん……」


 祖父から得た情報を疑う気はない。エミリアたちには話していないが、実は時空をこじ開けた跡も二人で発見している。魔族がこちらに来ているのは確かなのだ。だが、その情報元を明かすわけにはいかない。

 果たして魔族は他の地へと向かったのだろうか。ファリンも頭を悩ませた。


「いずれにしても、今日はもう遅いです。一泊して明日旅立ちましょう」


 アンリの言葉にエミリアもうなずく。ファリンも、自分が異議を唱えてもパーティの和が乱れるだけだと判断し、本意ではないが従うことにした。


「よくおいで下さいました。我が町は冒険者を歓迎いたします」


 カウンターでは人当たりの好い笑顔で宿の主人はディオンらを出迎えた。


「うちの宿は寝床も食事も最高であると自負しております。ぜひポージの名産料理に舌鼓を打って行ってください」

「楽しみにしているわ」

「ところで主、少し伺いたいのだが、この辺りで魔族が出たという噂を聞いたことはないか?」


 宿帳に記名しながらディオンが尋ねる。宿の主は笑みを崩さぬまま、しばし黙って考え込む。


「ふうむ……知りませんなあ」


 さも他人事のように、主もあっさりとした返事をするのだった。



 ◆     ◆     ◆



 食事を終え、各自寝床へと入ってからしばらくの時間が経った。夜も更けて宿の中も静まり返っていた。


 ……ギシ。


 そんな中、床板が鳴る。音は徐々にある部屋へと近づいていた。


 キィィ……。


 静かに戸を開く。ベッドで寝るその人物は静かに寝息を立てている。


「……」


 手に持った手斧を振り上げる。そしてそのまま――。

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