第3話 騎士、先祖の愚を語る

「クラーケンを呼び出して縛られた勇者を私は初めて見ました」

「奇遇だな。私はその身で体験している真っ最中だ」


 平然としてファリンの怒りを受け流すディオン。その身はファリンによって縛られて天井から吊るされている。クラーケン騒動で本日の酒場は店じまいとなり、ファリンは元凶ディオンを部屋に連れ戻して説教の真っ最中だった。

 ちなみにアンリは今、巻き付かれて付いた粘液を落とすためにエミリアが風呂に連れて行っている。


「そもそもどういうおつもりですか。人前で正体を晒すことは危険だと分かっているはずです」

「最初から変身魔法と言っておけば、どこかで変身が解けても言い訳ができるだろ?」


 そもそもアンリの魔滅剣デモンスレイヤーがこの行動の理由でもあった。彼女のそれは魔法自体を切り裂くことが可能なため、どこかでディオンの変身魔法が無効化されてしまう可能性がついて回る。ならばこの機会にとディオンは魔族に姿を変えられることを印象付けようとしていたのだ。


「言い分は分かりましたが……せめて一言相談してください」

「何だ、お前もやりたかったのか?」

「そういうことじゃありません!」


 ファリンは先程グランから聞いたばかりの話を伝える。


「なるほど。こちら側へ来ている魔族がいるのか」

「はい。ですからさっきの様に軽々しく正体を晒すのはやめて下さい」

「仕方ない。そこは気を付ける様にしよう」

「今回ばかりは私の言うことに従って……って、あれ?」

「何だ?」

「いやに素直ですね」


 いつもなら「バレたところで恐れることなど何もない」とでも言いそうなのだが、あっさり進言を受け入れたことに、ファリンは肩透かしを食らった気分だ。


「私だけならまだしも、今はパーティだ。狙われるのが私だけとは限らん。お前たちが襲われた時の面倒くささリスクを考えれば自重した方がマシというだけだ。

「ほえー、随分と他のことまで気を回せるようになったのですね」

「何だ。人を自分本位の権化みたいに。私とて人を思いやってリスクを秤にかけるくらいはするぞ?」

「普段、まるでそう見えないのは何故なんでしょうねえ……」


 ファリンの魂からの慟哭に、はっはっはと笑い声で答えるディオンであった。


は終わった?」


 風呂上がりの上気した顔でエミリアとアンリが部屋にやって来た。


「ひとまず自重してくださるという形で話がまとまりました」

「まあ、そう言う所だ」


 そう言うとディオンは自分を縛っていた縄を易々と引きちぎり、床に降り立った。けろりとしたその表情にファリンも呆れ、物も言えなかった。


「あんたはまずアンリに謝りなさい。もう少しでお嫁に行けなくなるところだったんだから」

「……い、いえ。私は気にしていませんので」


 目を伏せ、アンリは呟くように言う。


「剣に生きると決めた時から女を捨てていますので……」

「……アンリ、先祖のことはあるけど、そこまでしなくたっていいのよ?」

「そう言えば聞いていなかったのだが、アンリの家は何故“国賊”と呼ばれているんだ?」


 その疑問を投げかけた瞬間、部屋の空気が変わった。そしてエミリアとアンリの二人は心底意外と言った目で彼を見ている。


「……あんた、本気でそれ聞いてるの。有名な話よ?」

「生憎と世間の噂には疎くてな」

「はあ……あんたが世間知らずなのは知ってたけどここまでとはね」


 エミリアはアンリに視線を向ける。その意を察してアンリは悲しげに頷き、それを告げることを認めた。


「アンリのご先祖様がね……裏切ったのよ、人間を」


 アンリが硬く拳を握る。その眼は憎悪に燃え、魔物がいたら今にも斬りかかりそうなほどの殺気が出ていた。


「……力を求め、魔族に魂を売ったのです。付き従っていた家臣に加え、領民と家族の命を生贄に捧げて」

「当時のアルテミス家の軍は最前線で戦っていたわ。それがいきなり全滅したお陰でこっち側も撤退を強いられたそうよ。これで戦争の終結まで二十年は遅れたと言われているわ。二百年近く前の出来事ね」

「私の家系はこの時の虐殺から逃れることができた唯一の人物。長男のコーネリアスの末裔です。私の剣はその際に彼を守ってくれたものと言われています」


 腰に下げた剣にアンリは目を向ける。確かに魔の力を持つものならば下手に刃に触れれば死んでしまう代物だ。その特性が魔の力からその人物を救ったのかもしれない。


「名誉を取り戻そうとしても裏切者の一族と言う汚名は我々を苦しめ続けました。地位、領地の剥奪。一族は騎士として仕えることすらかなわず、傭兵業と痩せた地での農作業で食べ繋ぐ日々……最後の希望が十六年前の最終決戦でした」

「十六年前?」


 ディオンの疑問にエミリアが補足する。


「あの時、うちの父さんは世界中から腕の立つ者を集めたのよ。人類の存亡にかかわる時に出自に拘っている場合ではないってね。もし勝利に貢献できたら恩赦……もしかしたら取り立ててもらうこともできたかもしれないわね」

「だから借金をしてまで一族総出で戦に参加していたんです……それが、あんなことに」

「あー……なるほど」


 ファリンが察した。本来なら行われる大軍勢同士の最終決戦が行われなかった原因がすぐ身近にいるからだ。

 アルテミス家は魔族と人間が休戦を結んだお陰で手柄を立てることすらできなかった。それどころか恩賞も恩赦も得られず、ただ借金だけが残されたのだ。


「残された土地も手放し、一族は離散……父は失意の内に亡くなりました。だから、せめて私がその無念を引き継ぎ、何としても家の再興を果たさねばならないのです」


 ディオンも複雑な心境だった。ここに至るまでにも戦争をやめて平和になったはずなのに、それによって起きた事件や悲劇があった。今回はその中でも極め付きだ。戦争が続いていればもしかしたらアンリの一族は今頃悲劇に見舞われていなかったのかもしれない。あるいは戦争の中で全滅していたかだ。仮に一族が戦争で死んでいてもその働きぶりに応じた報酬が出ている。少なくとも今よりは生活が良くなっているのかもしれない。


(難しいものだ。ただ平和になれば皆が幸せになるというものでもないらしい……)


 押し黙るディオンに話が向かないよう、ファリンが質問をする。


「家の再興ですかー、具体的にはどうするんです?」

「一番の方法は騎士として手柄を立てること。その為にも腕が立つことを認めてもらわなくてはなりません」

「あ、それで武術大会に乱入したんですね」


 アンリは頷く。国賊の子孫として名が知られていれば華やかな舞台に参加することは国民感情的にもよろしくない。だからこそ、多少ルール違反であっても優勝者に勝負を挑むという形で腕を見せようとしたのだ。


「面倒なものだな。他人が犯した過ちの報いを子孫が被るとは理不尽も良い所だ」

「そういうものですよ、ディオン様。恨みが深ければ、その感情をぶつける相手が必要になりますし、特に騎士みたいにある程度の家柄を持つと同族意識も強くなります。そうなれば『自分は悪くない』と開き直って言うことなんてできませんよ」


 魔族は個人の力量がものを言う。同族意識もそれなりにあるが、やはり戦闘能力など秀でた能力による貢献ができなければ地位を手に入れることすらできない。ディオンも魔王の息子であることに加え、魔族内でも屈指の実力を持つがゆえに魔王と言う立場でいられるのだ。


「またストレートに言うわね……まあ、“本人は悪くないのに”って言葉には個人的に同意するわ。でも、世間の感情としては、そうやって割り切れないのが悲しい所なの。王国としてもあの時は恩赦で罪を許すくらいしかできなくて」

「おんしゃ?」


 ファリンが首を傾げる。彼女らの世界ではあまり馴染みのない言葉だ。


仮初かりそめとは言え、戦争が終わって平和が戻ったのは事実だもの。その記念と、私の誕生のお祝いに犯罪者の罪を一部許したの。それが恩赦」


 エミリアが生まれたのは大戦が中断された日、つまりディオンの即位した日だ。休戦で肩透かしを食らったエミリアの父だが、続いて入った彼女の誕生の報に舞い上がっていたという話は語り草になっている。


「ほえー、そんな制度があるんですか」

「そう、割と一般的よ? 私の弟や妹が生まれた時にも出されているし、どこかで聞いたことない?」

「私とファリンはこの国の生まれではないからな」

「あー、それで私のこともこの国のことも知らなかったのね。その強さならグナド王国辺りかしら?」

「さてな。そこまでは秘密だ」


 勿体ぶるようにディオンは口を閉ざす。実は魔界出身だなどと言えばひっくり返るに違いない。


「そんなことよりも、アンリさんの家を復興させるためには手柄が必要なんですよね?」

「ん……まあね。でも魔王を倒すか、あちこちで名を挙げるくらいの働きがないとさすがに二百年の恨みは拭えないと思うわよ」


 先日倒したレイノルズの一件では、そもそも村自体が情報統制されていたため、彼女の働きが広く喧伝されておらず、むしろ勇者ディオンの活躍の第一幕として広まりつつあるという。


「勇者のパーティにいる以上、名前は徐々に知れ渡っていくはずだけど、そのためにも国に起きている異変をいち早く察知しなくちゃいけないわね」

「ですが、これまでの様に簡単に事件に遭遇できるとはとても……」


 それは、渡りに船と言えるタイミングだ。ファリンはその機を逃さない。


「でしたら、ちょうどいいお話を耳にしましたよ」


 先程仕入れたばかりの情報が、早速役に立つのだった。

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