第2話 騎士、芝居を披露する

「そうです。あのお方を守ることできるのは私だけなんですから」


 通信を終えたファリンは意気込みながら宿の部屋を出る。今の時間なら全員一階の酒場で夕食をとっているはずだ。ファリンはいつものお祈りの時間を利用しての定期連絡だ。ディオンたちの下へは遅れて加わることになっている。


「まずは正体が露見しないように、細心の注意を払って……まあ魔王様の変身魔法はそう簡単に解けないので大丈夫だとは思いますが」


 階段を一歩一歩下りて行く。階下からの声がうるさいほどに聞こえてくる。


「あ、そう言えばお爺様からの依頼、どうやってみんなに切り出そう。現場へ行くための口実は……って、本当に酒場がうるさいですね」


 酒場は何やら随分と盛り上がっているみたいだ。ファリンは思考を中断して階段脇のテーブルに座っていたエミリアを見つけるとそちらへ向かった。


「あ、お祈り終わったんだ。ファリン」

「はい、遅くなりました。それにしても随分と盛り上がって——」


 エミリアとの会話もそこそこに、騒ぎの中心に目を向ける。


「んがっ!?」


 そして、先程の決意が脆くも崩れ去った音がファリンの喉奥から飛び出るのだった。


「おのれ人々を苦しめる魔族め、我が刃を受けよ!」

「フハハハハ、人間如きの力で魔族を打ち果たそうとは片腹痛い!」


 酒場の中心に簡単にあつらえた舞台の上でディオンとアンリが向かい合っていた。しかもディオンは元の魔族の姿に戻っている。


「なななな……何で魔族の姿に」

「あ、すぐに見抜くなんてさすがファリンね。あれ、ディオンの変身よ」

「……は、はい?」


 ファリンはできるだけ平静を装ってエミリアの言葉に耳を傾ける。


「酒場のマスターに何か余興をやって欲しいって言われたのよ。ほら、この辺りって旅人も少ないから娯楽に飢えてるみたいなのよね」

「……それが魔族の姿と何の関係が?」

「変身魔法が使えるって言うから、みんなが知ってる昔話を基にお芝居をしてもらったのよ。お陰でリアリティが出てお客さんが凄く喜んでるわ」

「あー、お芝居ですか」


 言われてみればどこかで聞いたことのあるような展開だった。大半は人間と魔族が戦っていた頃のエピソードだ。魔族の方でも語り継がれているということは人間の方でも同様なのだろう。


「よく耐えたな……だが、ここまでだ!」

「今だ!」


 大きな挙動で魔法を放とうとしたディオンの懐にアンリが飛び込む。


「何っ!?」

「お前は必ずその技で敵を倒す。だからこそ、その瞬間を待っていたんだ!」

「……『リグダの最期』ですか」

「あれ、ファリンの地元じゃそう呼ぶの? 私は『栄光の落日』って教わったけど」


 百五十年前、長年にわたって魔族が支配していた大陸の一つを人間が奪還した大きな戦いがあった。その決戦を描いたのがこの物語だ。

 魔族にとっては人間界侵攻の足がかりが一つ潰された上、勢力図が塗り替えられた苦い話であり、人間にとっては大戦が劣勢から攻勢に変わった大転換期でもあった。


「みんなこのお話が好きよね。誇りと信頼で結ばれた人間たちが遂に悲願を果たす、小さいころから幾度となく教訓として聞かされたわ」

「ええ、聞かされましたねー……(驕った結果大失態を犯したことを決して忘れてはならない)教訓として」


 満面の笑みのエミリア。その横でファリンは遠い眼をするのだった。


「あ、クライマックスよ」


 見ればアンリがディオンを真一文字に切り裂くように剣を振るう。もちろん本当に切るわけにはいかないので借り物の木製の剣だ。


「とどめだ、リグダよ!」

「そうはさせん」


 本来ならここで斬られる演技のはず――だが剣が届く瞬間、突如ディオンが身を翻した。


「えっ!?」


 予定にない動きに戸惑ったアンリが思わず動きを止めた。


「切り札は予めいくつも用意しておくものだ」


 ディオンが指を鳴らす。アンリを中心に足下で魔法陣が輝く。


「リグダは自分の力に溺れて策を蔑ろにしていた。私ならこうするな」

「うわわわ!?」


 魔法陣からタコの脚のようなものが伸びてアンリの脚に巻き付く。そして徐々にその姿を現しながら彼女を高々と吊し上げた。


「ク、クラーケンだ!」

「逃げろ、食われるぞ!」


 海でしか遭遇しない魔物が突如現れ、酒場は騒然となる。机と椅子を積み上げて皆でその後ろに慌てて身を隠す。


「大丈夫だ。ちゃんと手懐けてある」

「ほ……本当か兄ちゃん?」


 様子をうかがう客たちを前に、ディオンはクラーケンの肌を撫でると嬉しそうに足をばたつかせた。うじゅるうじゅると粘液にまみれた足が動く音が気持ち悪い。


「まあ、遊びたい盛りなので近づいたら捕まえるがな」

「ひえええっ!」

「わっ。わわわ!」


 一人捕まったままのアンリは宙吊りのままで振り回される。何とか脚を振り解こうとするが、何やらテンションが上がったクラーケンが更に二本目、三本目と脚を巻き付かせて来る。


「……しまった。こいつオスだったか」

「アンリーっ!」

「ひ、ひいっ!? あっ…や、やめ……助け……」

「放しなさあああい、この女の敵!」


 ファリンが飛び出す。クラーケンの脚をかいくぐり、懐に飛び込むと杖で思い切りその頭を殴りつける。


「ブギュルッ!」


 会心の一撃が入り、クラーケンはアンリを放して崩れ落ちる。そして目を回しながら魔法陣の中に消えて行った。


「ふっ……やるなファリン。だが、仮にもプリーストが召喚獣を力づくで魔法陣に押し戻すのは解決の方法としてどうかと思……」

「ディーオーンーさーまーぁ?」


 召喚獣より怖い従者がそこにいた。

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