Episode4 国賊と呼ばれた家

第1話 従者、祖父からの依頼を受ける

「そんなわけで、一度キレました」

「……その人買いたちが憐れに思えるわい」


 水晶玉の向こうのグランは渋い顔を見せた。その反面ファリンはつかえていたものが取れたのか、やけに晴れやかな表情を見せていた。


「あの一件で町長たちの悪事も露見しましたし、王国の手も入ってまともな商業都市に生まれ変わる見込みですね」

「本当に世直しをしておるんじゃな……先代様がこれを見たら何と仰られるか」


 腹の底から絞り出すような深いため息をグランがついた。

 恐怖と力をもって全てを支配するべき立場である魔王。それが今や世直し旅の勇者様だ。グランでなくとも頭を抱えたくなるというものだ。


「でもお爺様、今回の旅に同行して少しは良かったと思えます」

「ふむ、と言うと?」

「ディオン様が比較的まともな統治者であることがわかりました。自分勝手が過ぎますが、私欲にまみれたり、理不尽に誰かを虐げたり貶めたりする暗君でないことは断言できます」

「うむ、問題はその“自分勝手”の度合いなんじゃがのう……」

「それを言わないで下さい……」


 この旅に出てから何度目かわからない、深いため息を二人は同時に吐いた。


「それで、次はどこへ行くつもりなんじゃ?」

「当面は王国の領地を巡る旅が主になりそうですねー。思いの外、この国のまつりごとが乱れていたみたいでエミリアが全国行脚するって息巻いてます」

「……例の若の婚約者候補とやらか。話では相当のお転婆のようじゃな」

「大戦が終わった後、いつ再び戦いの時代に戻るかわからないという王様の考えから、前線で戦えるように幼少から鍛えられていたそうです。お姫様なのに正義感と行動力だけは大したものですよ」


 その正義感と行動力がやや暴走気味なのは、果たして本人のせいなのか。それとも仕込んだ父親のせいなのか。どちらにしてもキレたら躊躇いなく銃を撃つのは年頃の娘としてどうなのかとファリンですら言いたかった。


「正義感のう……おおそうじゃ、せっかくなのでお主らに調べてもらいたいことがあったんじゃ」

「私たちにですか?」


 旅に否定的だったグランからの思いもよらない提案にファリンも怪訝な表情を浮かべる。


「お主らの現在地から東へ向かった所に町があるはずじゃ」

「ちょっと待ってください……えーっと」


 エミリアからもらった地図を取り出して位置を確認する。王国が昨年作った最新版だ。


「あー、ありますね。ポージの町っていうのが。ここが何か?」

「うむ。実は先日、そこにゲートが開いたと報告があったのじゃ」


 ファリンが眉を顰める。

 魔界から人間界に行く方法はいくつかあるのだが、正規の手段で向かうには気軽に転移できないように厳重に管理されている場所を使う必要があること、そのために手続きが面倒であることが難点だった。


「ということは、どなたか魔族の実力者がこちらへ来たということですよね?」

「うむ。そうなるのう」


 そこで、一部の魔族は自力で次元をこじ開け、魔界から人間界へ向かう手段をとる者がいる。その際に開かれる、世界と世界の出入り口となる場所こそゲートと呼ばれる。これは、ディオンなどある程度の実力を持つ魔族でなくてはできない芸当でもある。

 だが、その方法にはデメリットもある。無理やり時空を捻じ曲げて異界と接続する技法のため、空間をこじ開けた魔力による痕跡が残る。その痕跡からルートを辿ることは十分に可能なのだ。


「でも、こんな場所に何の用が?」

「ううむ……わからん。それを調べてもらいたいのじゃ。何の目的で魔族がそこへ向かったのか。もし若の命令に従わぬ行動をしているようなら……」


 ファリンは無言で頷く。言葉は交わさずともその意思は同じだ。

 もし、魔王配下の魔族が何かしら人間界への攻撃的な行動を企てていれば下手をすれば停戦協定の破棄に繋がる。これはディオンの望むことではない。場合によっては先のレイノルズの様に粛正する必要もある。


「何か異変が起きていれば魔族の関わりがあるかもしれませんね。こちらでも探ってみます」

「うむ、そちらは任せた。こちらも他に異変が起きていないか調べておこう」

「ちなみに、誰がこちらに来たのかわかりますか?」


 ゲートを開いて人間界に来ているなら有名な魔族の誰かが魔界から姿を消しているはずだ。だがグランは首を横に振る。


「レイノルズの一件があってからこちらも色々と調査を進めておったのじゃが、人間界に行ったきり連絡が取れん魔族が相当数おるようじゃ。物欲が強い者や、停戦後から力を振るう機会を求めていた物、現魔王否定派もいることもわかっておる」

「うちも一枚岩じゃないですからね……大戦の時に活躍して出世した方々は特に御するのが大変だと伺っています」


 グランは神妙な面持ちで深く頷く。魔王軍参謀として配下の魔族たちの不平不満は彼が一手に引き受けている。その苦労は孫娘のファリンが想像する以上のものがあることが推測できた。


「若が魔界にいた頃は大人しかったんじゃがのう……」

「魔王様がこっちに来て目が届かなくなりましたからねえ……」

「すっかり話題になっておるわい。若が人間界で勇者の真似事をされていると」


 ディオンに好意的な者はいつもの戯れと笑い飛ばすか呆れるかだが、反魔王派はこの機に乗じて勝手な振る舞いをする者も出ることがファリンにも容易に想像できる。


「お任せください、お爺様。この命に代えても魔王様はお守り致します」

「うむ。今のところ、若が人間界でどのような姿をとられているかを知っているのはお前しかおらぬ。くれぐれも人間と魔族双方に正体が露見しないように気を付けるのじゃぞ」

「はい、確かに承りました。お爺様!」

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