第7話 魔王様、冒険に出る
王との謁見を済ませ、必要な装備と当分の資金を授かる。魔族とは言え王族であったことからその際のディオンの礼儀作法は見事な物だった。
そして、城内で盛大に見送られてディオンとアンリ、そしてファリンは外へ出た。
「別にお前もついてこなくて良かったんだぞ?」
「そうはいきません。このまま一人で帰ったら私がお爺様に殺され……むしろお爺様がショックで倒れますね」
「確かにな」
何も言わずに魔界から抜け出し、勇者になったなどと聞いたら何と言われるか。説教で済めば嬉しいものだ。
「ファリン殿のお爺様はご病気か何かですか?」
そうとは知らないアンリが質問をしてくる。ファリンはジト目でディオンを睨む。
「ええ……お爺様と言うか、仕えている主が」
「さあ、冒険の旅に出るとしようか、みんな」
その視線を気にせず、無駄に爽やかにディオンは二人を促すのだった。城門が開く。早朝の町に人は見えない。人知れず旅に出たいというディオンらの意向により、出立の時間は王家から知らされていないのだ。
「ディオン殿。我らの旅が遂に始まるのですね」
「はあ……とんでもないことになってしまいました」
「まあそう言うな。せっかくなら楽しまねば」
「さすがディオン殿。冒険の旅を全く苦にしていない、これが強者の心理なのですね」
何やら一人だけ良くわからないテンションになっているが、どうやら彼女は無駄に生真面目な性格らしい。果たしてフリーダムなディオンと馬が合うのだろうか。ファリンは彼女が振り回される光景が容易に想像できた。
「――ちょーっと待ちなさい!」
朝霧の立つ町の中で、ディオンらを呼び止める声があった。薄暗い街角から靴音を鳴らしてその人物が姿を現した。
「あたしも付いて行くわ」
それは、旅支度をしたエミリアだった。見ればその腰にホルスターが二つ下げられている。
「あんたたちだけを危険な目に遭わせて、任命した王家の私だけが安全な場所にいるなんて筋が通らないでしょ。だからパパには悪いけど、抜け出してきたの」
「道楽でやるお忍びの外出とは訳が違うぞ」
「そんなの覚悟の上よ。グラオヴィール王家は必要とあれば女でも戦場に出るのよ。あたしだって戦闘訓練は幼い頃から受けていたわ」
そう言ってホルスターから拳銃を二挺抜いた。
「これ、何です?」
初めて見る拳銃に、ファリンは興味津々だ。魔族の世界では基本的に皆が魔法を使えるのでこういった飛び道具はあまりお目にかかる機会がない。
「拳銃と言う奴か」
「そうよ、射撃の腕は自信あるんだから。これであんたを守ってあげる」
「ディオン様を守る? そんな必要がこの方にあるとは思えないんですけど……」
「何があるかわからないでしょ。それに、理由はもう一つあるし」
「もう一つ?」
ディオンとファリンが首を傾げる。そしてエミリアはとんでもない一言を口にした。
「あたしの婚約者候補よ。どんな人なのか見極める権利があたしにはあるわ」
空気が凍った。
「……は?」
「……お姫様、今何と?」
「……あれ、言ってなかった?」
ディオンとファリンが一緒に頷く。
「初耳だ」
「……姫様、恐らくディオン殿は飛び入り参加のため、武術大会の商品についてご存じないのかと」
エミリアしばらく自分の言動を思い返す。そして、眼を逸らす。
「……やば、また言い忘れてた」
「おい、いったい何の話だ。ちゃんと説明しろ。さっきからファリンの視線が物騒でかなわん」
アンリがぎょっとする。笑顔で人を射殺すことができそうな鋭い視線を送るファリンがそこにいた。
「えっとね……実は――」
そして申し訳なさそうにエミリアが語り出す。
今回の武術大会の最大の目的は勇者の選抜。副賞は賞金が一生働かずに暮らせるだけの額が支払われる。だがこれは魔王討伐のための軍資金として用途は決められていた。そして、最後の一つが今回の話の最大の問題点だった。
「――“魔王を倒した暁には、グラオヴィール王家の子女と婚姻を結ぶ権利を得る”って報酬があってね」
「……それを早く言え」
さすがのディオンも力が抜けて壁に手を付いた。魔王が勇者になることすら前代未聞なのに、敵国の姫と共に旅をするだけでなく、おまけにそれが婚約者になる可能性があるというのだ。
「あはは……まあ、とりあえずは婚約者候補としてよろしくね」
「ディ……ディオン様が婚約……」
耐えきれずファリンが卒倒しそうになる。エミリアは頬をかきながら苦笑いを浮かべる。アンリは結成段階から歪な関係になりつつあるパーティに一人表情をひきつらせていた。
「姫ーっ! どこですかー!」
「やばっ、もう抜け出したのがバレたの!?」
馬を走らせて、大臣の声が近づいて来る。
「さあ行くわよみんな。冒険の旅の始まりよ!」
「うえーん、ディオン様の馬鹿ぁ!」
「お待ちください、姫様!」
ディオンの手を引いてエミリアが走り出す。しぶしぶ泣き顔でファリンがついて行く。アンリもそんなメンバーを追って走り出した。
「……やれやれ」
ディオンも、自分で決めたこととは言え、ずいぶんとイレギュラーを背負い込むことになってしまったことに溜息が漏れた。そもそも魔王であり勇者でもあるディオンはいったい、誰を倒せばいいのか。それすらもわからないままだ。
勇者となった魔王。その旅は始まったばかりである。
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