Episode3 商業都市ハーグベリー
第1話 従者、死にかける
「んな……ななな」
「お、落ち着いてくださいおじい様」
通信用の水晶玉に映る祖父の表情は蒼白だった。
「デ、
「はい……レイノルズと言う魔族の体が、刃に触れただけで崩れていったのをこの目で見ました」
「魔力を強制的に分解・霧散させる特性……本物に間違いなさそうじゃな」
グランが息をのむ。彼がここまで真剣な表情を見たことはファリンにはほとんどない。
「……とんでもない能力ですね。人間には普通の刃物。魔族には即死武器って」
「こうしてはいられん。すぐに討伐隊を派遣せねば」
「あー、やめた方がいいと思いますよ、おじい様」
血気に逸る祖父に、ファリンは冷静な言葉を向ける。
「先ほどお話しした魔族の命令違反の件があって、魔王様はいたくご機嫌斜めです。この上おじい様がご命令に背いて人間世界に進軍したら何が起こるか……」
「ぐ……む」
血を見ることは間違いないだろう。
今のディオンにとって、己の停戦命令を無視して好き勝手に振る舞う者は容赦なく粛清対象だ。グランとて例外ではない。
「今しばらくは様子見かのう……」
「機会さえあれば
「帰ってきて下さって、魔王軍を指揮してくださればそれで終わるんじゃがのう……」
「それを言わないでください」
遠い目をするグラン。ファリンも泣きたいくらいだった。
「はぁ……二百年前にあの武器は全部破壊したと思ったんじゃがのう……」
「ちなみに、その時はどうやったんですか?」
刃に触れただけで死んでしまう上に魔法の類が一切効かない
場合によっては自分たちもできるかもしれない。
ぜひとも聞いておきたいものだ。
「まず、百年間海水に浸けてじゃな」
「やめときます」
どう考えても無理だった。
「ともかく、万一のことがあってはいかん。くれぐれも二人とも近づかぬよう細心の注意を払うのじゃぞ」
「はい。わかりましたおじい様!」
◆ ◆ ◆
「とは言いましたけど……」
パーティの下へ向かうファリンの足取りは重かった。
もうすぐ森も抜け、街道を使って大きな町へと向かう。今日はその前の最後の野営だ。
「正直、共闘する中で刃が触れる可能性だってありますよね……そうなると危険ですから人間側と私たちで別行動を心がけるのも一つの手段……」
焚火の明かりの方へとファリンは向かう。
正直考えなくてはならないことが山積みだ。しかもそれは毎日のように膨れ上がっていく。
「それ以前に、正体がバレてしまえばこちらへと剣を向けてくるでしょうし、うーん。安全に逃げる方法は……」
だから思案に暮れていたファリンは気づかなかった。
「――ファリン、危ない!」
「……ほえ?」
エミリアの叫び声に顔を上げる。見覚えのある何かが目の前に迫っていた。
そう、まるで剣のような――。
「ほえええぁぁぁぁ!?」
正直乙女が発するのは如何なものだろうと思わせるような素っ頓狂な悲鳴が上がる。
そして、あまりの驚きに足を滑らせ、後ろ向けに倒れる。
直後、一直線に飛んできた剣がファリンの鼻先を掠めるように通り過ぎ、真後ろの木の幹に突き立てられる。
「な……な……な……」
転倒しなかったら確実に刺さっていた。
ファリンは驚きのあまり魚の様に口を開閉するだけだ。
「ひ――」
そして、ようやく気付く。
赤く脈打つ刃紋。獲物を見つけて喜びを隠しきれないとばかりに放たれる禍々しいオーラ。
飛んできたのは
「:@;pぉいkじゅhytgfrでs!?」
そして、寝こけた鳥たちが一斉に羽ばたかんほどに、ファリンの声にならない悲鳴があがるのだった
◆ ◆ ◆
「なーーーーにしてやがりますですかああああ!?」
怒りのあまり口調がおかしくなるほどにファリンが正座するアンリに向けて怒声をぶつけていた。
当然だ。鼻先を少し掠っただけで灰になっていたかもしれないのだ。
「申し訳ないファリン殿……剣の鍛錬中に突然柄が壊れまして……」
全面的に非のあったアンリは平謝りする一方だ。
「危うく死ぬところだったじゃないですかぁ!」
「誠に申し訳ない……家宝の剣を持ってきたものの、長らく使われていなかったのですっかりネジに緩みが出ていたみたいです」
「ごめんで済んだら騎士団はいりませんよ!」
「まあまあ、その辺にしておいてあげなさいよファリン。アンリも反省しているんだし」
「むー……」
まだ怒りは収まらないものの、これ以上責めてもどうにかなる問題ではない。
アンリ自身、真面目な人物なので次からはちゃんと気を付けてくれるはずだ。
「……次の町でご飯奢って下さい」
「は、はい。もちろん!」
「よし、仲直りできたみたいだな」
ディオンが手を打ち鳴らす。
ファリンが怒ると手が付けられないので静観していたのだ。
「それにしても、まー見事に壊れたわねえ」
エミリアは砕けた柄を手に取ってしげしげと眺める。
経年による劣化と、手入れ不足。この場で直すのは無理に近い。
「申し訳ない。騎士でありながらしばらく剣を使えないとは……」
ちなみに刃の部分はアンリの鞘の中だ。
「よし決めた。次の町ですることはアンリの武器の修理ね」
「お手数をかけます」
幸い次の町は商業都市。剣の柄くらいなら直せる職人もいるはずだ。
「良いのよ。あたしも残弾が心もとなかったし、買い込んでおかないと」
「ふむ、買い物か……ファリン、お前も行ってこい」
「いいんですか?」
「どうせ私は買うものがない。散策でもしているさ」
その言葉に、ファリンはにっこりと笑顔を返す。
「ディオン様。そっちが本命ですね?」
「……なぜわかった」
「そりゃあもう、長い付き合いですから」
お目付け役のファリンがいなければ思う存分羽を伸ばすに決まっている。
見抜けないわけがない。長年仕えているのは伊達ではないのだ。
「放っておいたら無駄遣いするに決まってます。ディオン様、財布は私が管理させていただきます」
「いや、私の金だぞ?」
「何か?」
「私の金なのだが」
「何か?」
「……」
「な に か?」
笑顔が崩れないことに恐怖を感じる。
観念したディオンはそっと差し出されたファリンの掌の上に財布を置いた。
「とは言え、無一文では可哀そうです。少しばかりのお金はお渡ししますね」
「それは“お小遣い”と言わんか?」
「不満なら結構です」
「いや、“大助かりだ”と言ったんだ」
「そうですか。はい、どうぞ」
小銭が数枚、ディオンの手に置かれた。
この程度では食事をしたらほとんど残らない。
だが、彼の財布はファリンの懐へ入る。返す気はないという事だ。
「……これだけか」
王国から路銀が出るとは言っても限りがある。
確かに長旅をするのにあたって財政管理は必要だ。
今回はディオンも我慢することにした。
「そう言えばディオン、あんた剣は持たないの?」
「何故だ?」
「丸腰の勇者なんて聞いたことないわよ。あんたが強いのは分かってるけど、それなりの身なりをしないと任命した王家の名誉にもかかわるんだから」
「剣ぐらい魔力で作れるんだがな」
そう言って手に魔力を集める。
光の束が集まった剣が顕現する。
「へー、綺麗じゃない……でもなんか熱くない?」
「ああ、熱が高すぎて発光しているからな。人間が触れたら全身の水分が蒸発するぞ」
「それ、絶対に町で使うんじゃないわよ!?」
手を伸ばしかけていたエミリアは全力でその手を引っ込めた。
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