第2話 従者、呼び名を考える
「さあ、着いたわ」
エミリアが胸を張る。
このハーグベリーの町は主要な街道が交差する交通の要衝という事もあり、商業が活発な街だ。
門が開いていき、町並みが姿を現す。
「これが、我が国有数の商業都市よ!」
目の前に広がるのは広い中央通り。
各地から集まった人々でごった返し、威勢のいい掛け声が飛び交う。
旅人も各地の産物を買い求めに多種多様な人種が集まっていた。
「言うだけのことはあるではないか」
「ふっふっふー。どんなものよ」
「これなら私の剣を修理できる職人もいるでしょうね」
「まずはそこから当たります、姫様?」
「そうね。アンリの剣を直さないことには何かあった時に動けないもの……あ、そうだ」
エミリアが思い出したように皆に向けて言う。
「その“姫様”って呼ぶの、普段は禁止ね」
「どうしてですか?」
「あたし達は旅人よ。王族だなんて知れたらみんな恐縮して居づらいでしょ」
エミリアの言葉を受けてアンリも頷く。
「確かに、我々はその町の問題なども調査する身。ただの旅人の方が何かと動きやすいかもしれません」
「第一、王族の威光を振りかざして威張り散らす奴など、王族の恥さらしもいい所だろう」
「そうそう。ディオンわかってるじゃない」
「では何と呼べばいい?」
「候補ある?」
ファリンがまずは先陣を切る。
「“お嬢様”はどうです?」
「私は異論ありません。エミリアお嬢様」
「なんかむず痒いわね……」
アンリの言う響きに苦笑しつつも、エミリアもまんざらではない。
「ふむ。では私もそう呼ぼう。“お嬢様”」
「……あんたが言うとなんか胡散臭いんだけど」
「では“お嬢”でいいか」
「どこのヤクザ者よ」
結局、“お嬢様”は却下となった。
続いてアンリが案を出す。
「我々は魔王退治のため結成された勇者一行です。ジョブ名で呼び合うのは如何でしょう」
「じゃあ私は“ガンナー”ね」
「はい、私は“ナイト”で」
「私は“プリースト”と……コードネームみたいでカッコいいですね」
なかなか好感触だった。
「となると、ディオンは“勇者”ね」
「そうなりますね。勇者殿」
勇者は魔王を倒す人物の称号だ。
魔王本人がそう呼ばれ続けるというのも何か複雑な気分だった。
「どうしたの、勇者?」
「……違う呼び名にしてくれないか」
ディオンからの申し出で、この案も却下となった。
「うーん……じゃあ、どうしたらいいのかしら」
「素直に“エミリア”でいいのではないか?」
ため息交じりにディオンが言う。
「あ、なんか友達みたいで良いわね」
「お前が特に気にしないのであれば、その方が正体はバレづらいだろう?」
「では、呼び捨てで呼べばいいんですか?」
王族と言うこともあって気軽に呼び合う間柄に憧れていたこともあった。
名前で呼び合うことで、本当の仲間になれるような気がした。
「よし、採用!」
「えっと……“姫”を付けずにお呼びするのですか?」
「そうよアンリ。ほら、さん、はい」
乗り気のエミリア。
アンリの砕けた物言いもちょっと聞いてみたいという好奇心だった。
「エ……エミリア……様」
「硬い。呼び捨てでいいのよ」
「エ……エミリア」
緊張のあまり上ずった声で言っていた。
「そうそう。それでいいのよ」
「……くっ、御免!」
「へ?」
突如アンリが跪く。
「主君を呼び捨てにするなど、騎士としてあるまじき不敬! この上は、この場で自害して果てるまで!」
「ちょっと、落ち着きなさいアンリ!?」
どうやらただの緊張ではなく、騎士のプライドと仲間意識の狭間の板挟みだったらしい。
そしてその結果、騎士のプライドが勝ったらしい。
「お止めなさるな! 没落した家とは言え、私とて騎士のはしくれ。この家宝の剣で我が首を――」
「……その刃のない剣でか」
ディオンの言葉に、もみ合う二人がピタリと止まる。
アンリが引き抜いた剣は持ち手の部分だけ。刃は鞘に入ったままだった。
「そうでした……剣が壊れたままでした……」
「ふう、危ない危ない」
がっくりと肩を落とすアンリ。
こんな往来で自害でもされたらそれこそ王家の恥だ。
「もう、仕方ないわね……ディオンたちと同じで“殿”付け。それ以上は譲らないわ」
「かたじけない……」
「よし、そうと決まった所で買い物に行きましょー!」
「はい。剣を直して、あらためて自害を――」
「それはもういいから!?」
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