第6話 勇者様、魔族と戦う

 乱戦が始まってから十分ほどが経った。

 ディオンもファリンも次々と襲い掛かる相手をいなし、あるいは殴り倒すが圧倒的に相手の数が多い。

 だが、彼は魔王とはいえ国の名誉を背負った勇者でもある。人間へは不殺を貫かねばならない立場上、全力を出せないでいた。


「面倒になってきたな」


 とは言え、いくら倒してもきりのない相手の数にうんざりし始めていたその時だった。


「ディオン!」


 発砲音が響く。

 迫り来る兵たちの足元に立て続けに着弾してその足を止める。


「アンリ!」

「お任せを!」


 ディオンと兵たちの間に女騎士が降り立つ。


「家宝の剣の切れ味、味わいたいものはかかってこい」


 その剣を突き付け、威嚇する。

 隙の無いその姿に、そして剣から放たれる異様な雰囲気に兵たちは思わず後ずさった。


「ディオン、大丈夫!?」


 現れたエミリアが拳銃を構えながらディオンの下へと集まる。


「ああ、助かったぞ」

「あら、あんたがそんなこと言うなんてよっぽど危なかったのね?」

「面倒になってこの一帯を吹き飛ばそうかと思い始めていたところだ」


 そう言ってディオンは掌を開く。

 凝縮された高密度の魔力が光を放っていた。


「……それは本当に危なかったわね」

「……ええ、主に我々が」


 もう少し駆けつけるのが遅かったら屋敷ごと潰れていたと思うと冷汗が流れる二人だった。


「ちっ……クラインめ、しくじったか」


 レイノルズが舌打ちする。

 そして、羽織っていたマントを脱ぎ捨て、魔物としての姿を露わにした。


「まあいい。私一人いれば計画は遂行できる」

「ディオン……あいつが黒幕?」

「ああ、はぐれ魔族だ」

「は?」


 ディオンの言葉にレイノルズは思わず間の抜けた声を出す。


「魔王軍とはただの小物だ」

「いや、ちょっと魔王さ……」

「――何だ?」


 魔王の眼光でレイノルズが黙り込む。既に彼の中でレイノルズは部下ではなくなっていた。


「魔王の停戦命令を守っていない魔族はこうやって小遣い稼ぎをしているみたいだ。まったく、嘆かわしいものだ」

「あはは……」


 芝居がかった主の言動にファリンは乾いた笑いを発する。


「そうですか。魔王との関わりが無いにしろ、人の世界に害をもたらす存在ならば討伐せねばなりませんね」


 アンリが前に出る。レイノルズの相手をするつもりだ。


「ふん。妙な剣を持っているようだが、そんな古びたナマクラで我が肉体を傷つけられるとでも?」

「……言ったな、魔族」


 その一言がアンリの闘志に火を付ける。

 彼女の剣は誇りある先祖から受け継いだもの。それを侮辱されることは一族を貶められること。


「ならばその刃、己の身で受けてみるがいい!」


 アンリが剣を構えて走り出す。


「お前たちは下がっていろ。私が直々に殺してくれるわ」


 レイノルズの口角が上がる。身体能力が魔族に比して劣る人間に負けないと言う絶対的な自信の現れだった。


「ディオン、アンリに加勢を!」

「大丈夫だ。あいつに任せればいい」


 怪訝な顔でディオンを見るエミリアだが、彼は何の心配もしていないように見えた。


「……まあ、アンリと戦ったことのあるあんたが言うなら」


 アンリはレイノルズに肉薄し、剣を振りかぶる。


「いやああああ!」

「この程度……」


 いかに強いと言えどあくまで人間の中での話。

 レイノルズは難なくその刃を受け止めた。


「くっ!」

「ふん、甘いわ……ん?」


 その瞬間、レイノルズは手に違和感を覚えた。

 ディオンは、狙い通りとばかりにニヤリと悪魔的な笑みを浮かべていた。


「な、何だこれは!?」


 受け止め、刃で傷つけられた部位から赤い亀裂が走る。

 それは手から腕、胴と徐々に広がりを見せる。


「何故だ、体が崩れる! うわああああ!」


 全身に亀裂が回り、端の部分からその体が崩れ始める。

 慌てて回復魔法を発動させるが全く意味を成さない。


「隙あり!」


 慌てふためくレイノルズの隙をアンリは見逃さなかった。

 その体に深々と剣を突き刺す。

 絶叫の中、彼のその体は灰と化して行った。


「ふう……片付いたか」


 刀身に付いた灰を振り払い、アンリは剣を収める。


「ほえー、凄い威力。神造兵器か何かでしょうか」

「それはそうだろう。何せ魔滅剣デモンスレイヤーだからな」

「へー、魔滅デモンス……ほええええ!?」


 ファリンは素っ頓狂な声を上げた。

 慌ててディオンは彼女を摘み上げて小声で話す。


「馬鹿、声がでかい」

「デデデデデ魔滅剣デモンスレイヤーって、あああああの伝説の!?」

「ああ、あの魔滅剣デモンスレイヤーだ。ああなるから間違っても触るなよ」

「近付きたくもないですよ!」


 魔滅剣デモンスレイヤーの逸話は当然ファリンも聞いている。

 その全てが失われたと聞いて彼女の祖父も飛び上がらんばかりに喜んでいた記憶があった。


「ケガはありませんか、二人とも」

「ひえぁぁぁぁ!?」


 アンリの接近に思わずファリンはディオンの手を振り払い、その後ろに隠れる。


「こら、主を盾にするな」

「だってだってだってぇ!」

「どうしましたファリン殿?」

「今の魔族の死に様に恐怖を抱いたらしい」


 アンリはファリンに微笑みかける。


「気になさらなくても大丈夫ですよ。どうやら魔族に対して特別な威力が発揮されるみたいなのですが……」


 剣をもう一度抜き、刀身をファリンに見せる。


「ひいっ!」

「ほら、それ以外はただの剣と変わりません。魔族でもない限り怖がることはありませんよ」

「そそそそそうですね」


 ファリンは無理矢理笑顔を作るが歯がカチカチと鳴っていた。

 アンリには見えないが、魔族のディオンとファリンにはその刀身に赤い血管のような線が入り、禍々しいオーラを放っているのが見えた。

 それはあたかもレイノルズを滅ぼし、歓喜に刀身が打ち震えているかのようにも見えた。


「……そろそろ私を挟んで話すのをやめてもらえないだろうか」


 ディオンは怯えるファリンの前でアンリの剣に一番近い場所に立たされている。

 平静を装っているが、その刃が僅かでも触れれば命がないだけに、いざとなれば全てを魔法で吹き飛ばすくらいのつもりではあった。


「アンリ、その子プリーストなんだから仕方ないわよ」

「はっ……こ、これは失礼しました!」


 その幼さと、神に仕えるプリーストゆえに、無残な死に様に耐えられないのだと理解したアンリは剣を収めるのだった。

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