第5話 勇者様、正体を明かす

「ほほう……侵入者と聞いていたが、娘二人とは」


 玄関ホールから延びる大階段の上に人影が見える。


「アンタは……」

「控えなさい、下賤の輩が」


 エミリアたちを見て、子爵は鼻で笑う。


「我が名はクライン。ゆくゆくはこの国を治める立場になる者だ」

「……はぁ?」


 顎髭をいじりながら胸を張る子爵。


「何言ってんのあんた。この国はグラオヴィール王家が統治してるじゃない」

「フン……我が力をもってすれば、あの王家の一人娘……そうそう、エミリアと言ったな。あの娘を私が娶ることになるだろう」


 子爵はアンリにも目を向ける。


「そこの女騎士。私に仕えぬか?」

「……は?」

「そこの貧乏人よりも報酬は弾むぞ?」


 アンリはため息をつく。


「生憎だが、私は……」


 言いかけて気づく。

 アンリの後ろから猛烈な怒気を感じる。


「……えっと……姫?」

「アンリ、下がりなさい」

「は、はい!」


 ドスの利いた声に思わず畏まる。


「何だ小娘?」

「……自分が誰に暴言を吐いているか気づいてるのかしら?」

「何を言っている。小汚い田舎娘が」


 何かが切れた音を、アンリは聞いた。


「控えよ、クライン!」

「なっ!?」

「この、エミリア=リュミオ=グラオヴィールの顔も知らず、よくぞそこまで暴言を重ねられたものだな!」


 突如喋り方の変わったエミリアに、子爵は面食らう。


「……ひ、姫君?」

「その通りだ。この王家の紋章が目に入らぬか!」


 懐から懐中時計を出す。

 蓋に王家の紋章が刻まれた特注品だ。


「ひいっ!?」


 ようやく自分が見下ろしている人物の正体に気づき、子爵の表情が歪む。


「いつまで高い所にいるつもりだ……頭が高いぞ!」

「こ、これはご無礼を!」


 慌てて階段から駆け降りる。

 途中で体勢を崩して転がり落ちるように下のフロアへと到着する。

 子爵の部下たちも、王家の人間に剣を向けていたことに気づき、慌ててひれ伏した。


「は、ははぁ!」

「クライン、これはどういうことだ? 王家より賜った土地での傍若無人。あまつさえ、魔族と手を組むとは言語道断!」

「恐れながら……一体何のお話をされているのか、さっぱりわたくしめには……」

「ほほう、シラを切るつもりか。アンリ、例のものを」

「はい!」


 アンリが子爵の前に何かを置く。


「こ、これは……!?」


 それは、魔族の羽だった。


「村長に化けていた魔族の羽です。奴が全て、自供しました」


 尋問の後、事件解決に協力したと言うことで、特別にディオンは魔族を見逃してやることに決めた。

 だが、村長夫妻の死を隠匿していた責任をとらせる意味で、両方の羽はもがれることになった。


 その際の状況は、見るに堪えない凄惨なものだった。

 正直、一思いに殺された方が幸せだったのではないかと思うほどに、力づくでディオンは羽をもいだ。

 激痛で泡を吹いて気を失った魔族はそのまま放置して一行はこの館へと向かった。


 ちなみにあの後、村人に発見された魔族がどうなったのかは誰も知らない。


「ぬぐぐ……」

「クラインよ。貴様の領地と資産は没収。その後に裁判にてお前への処罰が決まることだろう。それまで謹慎していなさい」

「こ、こうなったら……」


 子爵は徐に立ち上がる。


「やれ、姫を討ち取ったものは報酬を倍にしてやる!」

「ふうん……それが答え」


 戸惑う傭兵たちに、エミリアは問う。


「いくらであの男に雇われたの?」

「金貨……三枚です」

「五枚出すわ、私につきなさい」

「なっ!?」


 慌てて子爵も話に割り込む。


「十枚出そう。こっちにつけ」

「二十枚出すわ」

「ぬぐぐ……さ、三十枚!」

「あいつの領地をあげるわ」

「姫様、一生ついてきます!」

「そんなのありかーっ!?」


 私兵に襲い掛からられながら子爵は理不尽さに悲鳴を上げた。


「ふっ……王家にマネーゲームで挑もうなんて無謀ね」


 エミリアの呟きにアンリは苦笑いを浮かべるしかなかった。




「ディオン様、出口みたいですよ」


 二人は、長い通路を超え、開けた場所へ出た。


「ようこそ」


 祭壇を構えた豪勢な空間。

 その中央に、魔族が立っていた。


「だが、それも無駄な努力だったようだ」


 ディオンとファリンは周りを囲まれる。

 魔族と人間、両方が入り乱れた混成部隊だ。


「こんなにたくさん……」

「こんな場所まで来て、生きて帰れると思ったか?」


 魔族は手を挙げる。

 それを振り下ろせば、一斉に部下たちが襲い掛かる手はずなのだろう。


「では、さらば……」

「――まあ待て、レイノルズ」


 ディオンが言葉を遮る。

 魔族は怪訝な顔をして手を止めた。


「……何故、私の名を?」

「自分の部下の名前くらい把握しているさ。むしろ、貴様こそ私の顔を見忘れたか?」

「人間の顔など知ったこ……いや、待て」


 レイノルズと呼ばれた魔族はディオンの顔を注視する。

 そして気づく。


「ま、まさか……人間の姿をとってはいるが……」


 恐怖で手が震える。

 己の目の前にいる人物が、この場にいてはならない存在だと気付いた。


「……魔王様!?」

「その通り」


 魔王の返答に、レイノルズは慌ててひれ伏す。

 魔族たちも同様にひれ伏し、人間たちは戸惑った。


「何故、このような場所に……」

「それはこっちの台詞だ。お前には別の地での仕事を命じていたはずだ。何故ここにいる」

「そうです。それに魔王様の出した停戦命令を無視するなんて!」

「……魔王様、こちらは?」

「グランの孫娘だ」

「参謀グラン様の!?」


 レイノルズはますます恐縮した。


「お許しください。これも全て人間を滅ぼし、魔族の世界にしようと思ったがため。魔王様のためなのです……」

「『俺』は、戦いをやめろと言ったはずだ」

「ひいっ!?」


 ディオンの一人称が変わる。

 魔族界隈では有名だが、ディオンの一人称が変わるときは機嫌の悪い時だった。

 こうなると止められる人物は限られていた。


「……ディオン様、このくらいでいいのではないでしょうか?」


 ファリンがタイミングを見計らって進言する。

 付き合いの長い彼女はこういう時の扱いを心得ている一人だった。


「ふむ……いいだろう」


 レイノルズは安堵する。


「では、今すぐこの村から手を引くなら寛大な措置を考えよう」

「寛大な措置……ですか?」

「うむ。死体くらいは残してやる」

「結局殺すんですか!?」


 ディオンは少し考える。


「わかった。首を切断するくらいで勘弁してやる」

「もっと酷くなってませんか!?」

「当然だ。私の命令を破ったのだ。それ相応の報いは受けてもらわねばな」


 ファリンもため息をついて首を振る。

 もうこれ以上の譲歩ができないことを彼女も察したようだ。


「くっ……ここで魔王様が死ねば、私が新たな魔王……」

「む?」

「倒せ! あいつを倒したら世界の英雄だぞ!」


 魔族の号令にハッと気づいたように部下たちが構えをとる。


「飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこのことよ……これだけの魔族と人間に囲まれれば、いくら魔王様でもひとたまりもあるまい」

「ふむ。そう来たか」

「あーあ。私、知ーらない」

「かかれ!」


 雄たけびをあげ、部下たちが突撃してくる。

 生き残るため、功を狙うため、その目的は様々だ。


「ファリン、人間は殺すな。勇者の立場でも殺人はまずい」

「面倒ですけどわかりました。ちなみに魔族は?」

「身内の恥だ。殺せ」

「了解です!」

「あんたら鬼か!」


 ディオンはその言葉を鼻で笑いながら胸を張る。


「魔王だ」

「ちくしょおおおお!」


 レイノルズの悲鳴が地下に響き渡った。

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