第4話 勇者様、子爵の館に突入する

「さーて。行くわよ皆」

「はい姫様。全力でやっちゃいましょう」


 青筋を立ててエミリアが指を鳴らす。

 その横には同じく殺気をみなぎらせたファリンが立っていた。

 一行は領主の屋敷の前に来ていた。


「あの……姫も、ファリン殿も少し落ち着いて」

「落ち着いているわよ」

「ええ。むしろ感情的になったら何をするかわからないほどです」


 二人の笑顔が怖い。

 アンリは二人をこれ以上刺激しないほうがいいと悟った。

 村長に化けていた魔族に対する尋問の結果、村に起きている異変の原因が分かった。


 領主が魔族と組んでいた。

 王国としては国の恥。

 魔族としても停戦協定を破っての暴挙。

 魔王補佐の孫娘、並びに魔王のお世話係としてこれ以上の屈辱はない。


「絶対許さない。資産没収と地位の剥奪だけじゃ済まさないんだから」

「ええ。生きてきたことを後悔させてあげましょう」


 ドスドスと乱暴に歩き、エミリアは屋敷のドアに手をかける。

 開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。


「……チッ」


 エミリアはホルスターから拳銃を抜き放ち、迷わず鍵穴へ発砲した。


「よし、開いた」

「……おおよそ姫とは思えん行動だな」

「何か言った?」

「いや、なんでもない」


 ディオンはそっと目を逸らした。




 屋敷の中は明かりもなく、月明かりだけが差し込む薄暗いものだった。

 周囲を伺うアンリは怪訝な顔をする。


「留守でしょうか?」

「うーん。居ると思うんだけど……わっ!?」


 歩み出したエミリアの足元の床が開く。


「姫!」

「ちっ」


 咄嗟にディオンはエミリアの手を掴み、体の位置を入れ替える。


「ディオン様!」


 ファリンも手を伸ばし、ディオンの腕を掴む。


「わああーっ!?」

「ディオン!」

「ファリン殿!」


 だが、ファリンの腕力ではディオンの体を支えることはできず、一緒に穴の中へと落ちていった。




「……随分と深くまで落ちたようだな」

「見上げても二人の顔が見えませんね」


 二人は羽を広げ、浮遊していた。

 アンリとエミリアがいると使えないが、二人の目がない今なら空を飛べる。


「ディオン様、無茶しないでください」

「まあそう言うな。エミリアが落ちればこうやって無事でいることもできん」

「……最低でも、ディオン様か私が助けて正体がばれましたね」


 そういう点では、ディオンの判断は好判断といえた。


「しかし、お前も一緒に落ちなくても良かったんだぞ」

「……私は魔王様のお付きです。主君を助けるのは当然ですから」

「助けきれてないがな」

「あう……」


 とは言え、互いに無事で良かった。

 口には出さないが、ディオンはそう思った。


「二人とも、大丈夫ー!?」

「返事を、ディオン殿、ファリン殿!」


 遥か頭上からエミリアとアンリの声が聞こえる。


「大丈夫だ。ファリンも私も怪我はない」


「よかった。今、ロープを下ろすわ!」

「……姫、お下がりください」


 アンリの声の様子が変わる。


「どうした?」


「こいつらどこから!?」

「申し訳ありませんお二方。敵が集まってきました、少しお待ちを!」


 どうやら罠の作動を合図に子爵の手勢が動き出したらしい。


「大丈夫だ。こちらにも道があるらしい。こっちはこっちで動く」

「わかりました。ご武運を」

「無事でいなさいよ、二人とも!」


 通路の入り口が見える。

 ディオンとファリンはそこへと降り立つ。


「しかし、ここにエミリアたちが落ちなくてよかったかもしれないな」

「……そうですね」


 自分たちが本来落ちるはずだった穴の底を見る。

 無数の針が床から飛び出ており、それに無数の死体が串刺しになっていた。


「王国から派遣された騎士たちでしょうか……」

「この通路も、死体をここに遺棄するためのものだろうな」

「……と言うことは、この通路を辿れば?」


 ディオンは頷く。

 恐らくは、この通路は首謀者のいる場所へ繋がっているはずだ。



 ◆     ◆     ◆



「ほほう。誰かが罠にかかった様ですな」


 魔族の呟きに、クライン子爵は顎鬚をいじりながら言う。


「また、騎士でしょうか?」

「わからん。だが、無謀な奴には違いあるまい」


 これまで村を訪れた騎士たちの末路を思い返し、子爵もニヤリと笑った。


「そうですな。しかし、あなた様のお陰で順調に金は集まっていますよ」

「我と手を組めばこれからも得をさせてやる」

「ええ。ゆくゆくは伯爵いや、侯爵。国王お付き……フハハハ。夢は広がるぞ!」

「だが、わかっているな」

「ええ、その時はあなた様がこの国の……」

「フフフ……」

「ふふふ……」


 二人は笑いあう。

 だが、彼らは知らなかった。

 二人にとって最悪の来客が迫っていたことに。

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