第3話 勇者様、セオリーを無視する
村に辿り着くと、門の傍にいた村人たちがが少女の姿を見て声を上げた。
「お父さん!」
少女は駆け出し、その中から飛び出した父親の胸に飛び込む。
村人たちも口々に少女の無事を喜んだ。
「よかった、無事で……」
「魔物に襲われたけど、運よくあの方たちに出会えたの」
「そうか……娘が危ないところを、ありがとうございました」
父親はディオンたちに頭を下げ、礼を言う。
「しかし、何故こんな夜中に娘さんを危険な森の中に?」
アンリの疑問に、二人は顔を見合わせて頷く。
「お父さん。この方々なら……」
「……お話いたします。中へどうぞ」
「実は、この村は王国に見捨てられたのです」
「はぁ!?」
まったくの予想外の発言にエミリアが思わず声をあげる。
「驚かれるのも当然でしょう。世間で王家は国民に寄り添う存在として知られています。ですが実態は……」
「魔王との戦いが激しくなっているという名目で、私たちには重税を課し、軍のために娘を奉公に出せと言ってきたわ……国民を何だと思ってるの!」
少女の叫びに、村人らも口々に王家への不満を言い出す。
ディオンはエミリアを見る。
視線に気づいた彼女は全力で首を左右に振った。
「我々の味方だったのは領主様だけでした」
「領主様?」
「この付近ですと、クライン子爵です。ディオン殿」
「そう言えば、この森の中に別荘があるって話ね」
父親は頷いて話を続ける。
「王国の圧政に対して、領主様は必死に我々を守ってくださいました。我々も村長を中心に団結して立ち向かいました。ですが……」
父親は俯く。
そして、恐怖に満ちた目で語った。
「昨晩、私は見てしまったのです……魔族が……魔族が村長に化けていたのを」
「ええええっ!?」
今度はファリンが声を上げた。
「それを見た私は、領主様にこの事を伝えようと思い、娘を向かわせたのです」
「ですが、その途中に狼に囲まれて……そして、あなた方と出会ったんです」
「一体、何故こんな時間にあの辺りに狼がいたのか……」
パーティ全員がディオンを見る。
「ふむ。何かの陰謀が働いているようだな」
(言い切った!)
(この度胸はすごいですね……)
(自分で言いますか!)
状況が状況だけに、全員心の中でツッコミを入れた。
「よし、まずは調べてみるとしよう。ファリン、行くぞ」
「了解です!」
「どこへ行くのよ?」
「決まっているだろう。村長の家だ」
村の中央に村長の家はあった。
村人が先頭に立ち、まだ明かりのついていた村長の家を訪ねる。
「どうしたんだい、こんな夜更けに」
「いえ、その……実はですね……」
「邪魔するぞ」
村人を押しのけ、ディオンは前に出る。
「あなたは?」
「ディオンと言う者だ。王国からの通達を伝えに来た」
もちろんこれは嘘だ。
村長は怪訝な表情を浮かべるが、村人たちの前で無視するわけにもいかない。
「……わかりました。どうぞ中へ」
「皆は、しばらくここで待っていてくれ」
ディオンは村人たちに礼を言い、四人で家に入った。
「……それで、王国からの通達というのは?」
「……その前に聞かせてもらうわ」
エミリアが進み出る。
「この村に騎士や王国からの密偵が来なかった?」
「はて……その様な方々は覚えがありません」
「王国の状況は何も聞いてない?」
「……まだ、魔族との戦争が続いているとしか伺っていませんな」
村人から聞いた話と変わらない答えだった。
「それで、そちらの方は何をしていらっしゃるのですかな?」
村長はディオンに問う。
家に入ってから彼は部屋の中を見渡しているだけだ。
「……村長よ、一つ問う」
「何か?」
「この家に住んでいるのは何人だ」
「は?」
ファリンたちは彼の意図が分からない。
「そりゃ……妻と私の二人ですよ」
「奥さんはどうされたのです?」
アンリが問う。
「以前から体調が悪くてね、部屋で寝てるよ」
「ふむ、そうか……不思議だな」
「何がです?」
ディオンは無言で拳を固める。
そして、それで近くの壁を思いきり叩いた。
「なっ!?」
「ディオン殿!?」
叩いた壁が崩れる。
その中には空間があった。
「ひいっ!?」
中を覗き込んだエミリアが青ざめて悲鳴を上げる。
「……寝ているのは二人いるようだが?」
穴の中には人間二人分の骨が埋め込まれていた。
ぼろぼろの衣服も着ており、その片方は村長が着ている物と同じデザインのものだった。
「貴様ああああ!」
村長の表情が奇怪に歪む。
皮膚の色も変化し、異形の物へと変化していく。
「この秘密を見た以上生かして帰す訳に……みぎょえ!?」
潰されたヒキガエルのような声がした。
「変化中は隙だらけだぞ、お前」
ディオンが一瞬で距離を詰めて村長を蹴り飛ばし、壁に叩き付けていた。
中途半端に変化が解除されたままで、翼も広がらず、顔も人間なのか魔族なのか分からない奇妙な状態になっている。
「いや、お前……こう言う時って俺が正体現すまで身構えてないか?」
「……そう言うものか?」
パーティメンバーを見る。
「……まあ、考えてみたら正体を現すまで律儀に待っている理由はないわよね」
「すいません。正体を現したら騎士の名乗りを挙げて戦うつもりでした……」
エミリアは苦笑する。
アンリは申し訳なさそうな表情だった。
「……そっちのプリーストの嬢ちゃんはどう思う?」
「命のやり取りしてますから卑怯も何も」
「お前、本当に神に仕えてるのか!?」
倒れた魔族の髪の毛を掴み、引き上げる。
「そんなことはどうでもいい。質問に答えろ」
「ああ?」
睨むディオンを魔族は睨み返す。
「え……?」
だが、眼が合った途端、魔族は異変に気付く。
ディオンの瞳が赤く染まる。
他の三人には見えないが、その顔も人間としてのものから魔族としてのものへと変わっていく。
「あわわわわわ……まさか」
ディオンは魔族の口に指を当てて言葉を封じる。
そして、静かに言葉を発し、醜悪な笑みを浮かべた。
「質問に対しての答えのみ、発言を許そう。良いな」
「はははは、はい!」
魔族は半泣きになりながら了承したのだった。
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