第2話 勇者様、現実を知る
「お祈り、お疲れ様」
火を起こしたばかりの焚き火の側に佇むエミリアの元へ、ファリンは合流する。
「いえ。神に仕える身として、当然の務めですから」
「結構長いのね。ファリンの所のお祈りって」
「旅の安全を祈願していましたから」
にっこりと笑ってファリンは誤魔化す。
精霊魔法や回復魔法が得意という事で僧侶としてパーティに参加することにしたファリンは、「神へのお祈り」と称して一行から離れた場所で通信を行っていた。
『教義上、誰もいない所で一人で行うことになっている』
と言えば、余計な詮索もされないで済むので、密かに連絡を取るのには都合が良かった。
「しかし、あまり離れない方がいいと思います。この森にも野生の獣は多いのですから」
薪を抱えてアンリが姿を見せる。
「大丈夫ですよ。私も護身の魔法は使えますから」
「うむ。この獣くらいならばファリンは心配ないぞ」
獣を担いでディオンが現れる。
「それ、どうしたのよディオン」
「薪を探していたら襲い掛かってきたのでな。仕留めた」
「素手で?」
「そうだが、それが何か?」
「……一応聞くけど、ケガは?」
「あるわけがないだろう」
「相変わらずデタラメね」
「ところでお姫様」
焚火でスープを作り、一息ついたところでファリンが尋ねた。
「これからどこへ行くんですか。魔王さ……魔王討伐とはいえ、あてもなく旅をするわけじゃないですよね?」
「確かに。魔王の城は魔界にありますが、どうやって魔界に行くかはまだ判明していません。何か手掛かりでもあるのでしょうか?」
パーティの内、二人は魔界とこちらを自由に行き来できるし、魔界へと向かう手段も知っている。もちろん二人は言うつもりはない。
エミリアは荷物の中から地図を取り出して広げた。
「まずはこの森を抜けたところにある村に行こうと思うの」
「コックスの村ですね」
「ここは停戦後も状況がわからないのよ。王家として状況を把握しておきたいわ」
国の方でも問題になっていたと言う。
「調査は出してないのか?」
「騎士や密偵を派遣したんだけど、誰一人帰ってきていないわ」
「……魔族の関与の可能性もありますね」
「なっ!?」
アンリの言葉にファリンが反論しようとしたが、ディオンが手で口をふさぐ。
「むぐー! むううー!」
「興味深い話だな。魔王は人間を襲うことを禁じたそうだが?」
「そんなの信用できないわよ」
「裏で人間の国への侵攻を企てているかもしれませんからね」
「信用されてないんだな」
ファリンが暴れる。
何とかディオンの手を引き剥がそうと必死だ。
「それだけ根深いのよ。ディオンも知ってるでしょ?」
「む……まあな」
ディオンにとっては予想以上の根深さだった。
寿命の短い人間は、恨みや因縁も引き継いでいる。
その過程で悪い感情は増幅されているように見えた。
単純な停戦だけでは解決不可能なものだった。
「ま、村に着けばわかるわ」
「そうですね。魔族が関与しているか、それ以外の原因なのか。まずは調査してみましょう」
アンリが頷く。ディオンも無言で頷いた。
「それはそうとディオン」
「何だ?」
「ファリン、死にそうよ」
「む?」
見ればファリンは青紫色に顔色を変えており、ぐったりしていた。
「殺す気ですか!」
「すまん。鼻まで塞いでいたとは気が付かなかった」
ようやく解き放たれたファリンは、今度は顔色を真っ赤にしてディオンに詰め寄った。
「うう……旅立ち直後に天に召されるところでした」
「やったな。死んだら神が蘇らせてくれるという噂が検証できるぞ」
「ディオンさまぁ?」
「すまん。冗談だ」
体中から殺気を漲らせ、にっこりと笑うファリン。
随分高等技術を使うようになったものだとディオンは思った。
「仲いいわねー、あんたたち」
「ど こ が で す か」
「みなさん、静かに」
「何でですか!?」
「いえ、そうではなくて……何か聞こえませんか?」
アンリに言われて全員が耳を澄ます。
風で木々が揺れる音の中に、かすかに人の声がする。
「助けを求めてるな」
「行くわよ皆!」
「あ……ああ……」
大木を背にして少女は追いつめられていた。
狼たちはじりじりと距離を詰めてくる。
周囲は取り囲まれ、逃げる隙間はない。
「た……たす……けて」
足はすくみ、もはや走れない。
狼たちは一斉に飛びかかる。
「いやああああ!」
絶望的な状況で少女は目を閉じた。
「……あれ?」
少女が目を開くと、光り輝く壁が自分の周りに展開され、狼を遮っていた。
「大丈夫ですか?」
杖を掲げる少女が呼びかける。
この光の障壁は彼女が作り出したものだった。
「やるじゃないの、ファリン」
「そちらは任せました!」
剣を抜き放ち、アンリが狼の群れに突撃する。
その後ろからエミリアが二挺の拳銃で援護射撃をする。
「ふむ。こいつらは狼が魔物化した奴らだな。仲間意識が高く、統制が取れるので魔族もよく従えている」
狼たちはディオンに飛びかかる機会を探る。
だが、彼から漂う謎の威圧感に気圧されて踏み出せない。
本能的に実力差を感じ取っているらしかった。
「そんな魔狼が何故ここに……」
「ところでディオン」
「何だ?」
「さっき仕留めた獣って何だっけ?」
「狼だな」
アンリがため息をつく。
「もしかして、仲間が帰ってこないので探しに来たのでは?」
「そしてあの娘を見つけたということか……あいつを返したら見逃してくれないだろうか?」
「仲間の死体返されて喜ぶと思う?」
「……無理だな」
ディオンは狼の群れの中に踏み出る。
「仕方ない。ファリンの結界の中に入っていろ」
「え?」
「急いでください!」
ファリンに急かされ、エミリアとアンリはファリンと少女の元へ走る。
「雷と風よ、交わり荒れよ。我が敵を薙ぎ払え――『
雷撃を纏った旋風が吹き荒れる。
ディオンらを取り囲む狼たちをその風で拘束し、雷撃を次々と叩き込む。
「ひええええ!」
半泣きでファリンは結界に全力を注ぎこむ。
巻き上げられた砂礫などからの物理防御に加えて、魔力防御もしなくてはならない。
気を抜いたら自分たちも巻き込まれる。
「――こんなものか」
十分に暴れたところでディオンは魔力を絶つ。
雷撃を受けた狼たちは体を痙攣させて横たわっていた。
「安心しろ。命までは取っていない」
「つ……疲れました」
ファリンも結界を解く。
「大丈夫、あなた」
「ケガはありませんか」
少女はしばらく呆然としていたが、すぐに我に返ってエミリアに縋りつく。
「さぞ、高名な冒険者とお見受けします……お願いします、私たちの村を……救ってください!」
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