第3話 魔王様、現る(※参加者として)

「ああ……まもなく始まってしまう、姫様はいったいどこで何を……」

「爺や!」


 頭を抱えていた大臣の所へエミリアが駆け込んでくる。王宮の中で一般的な服装をした彼女は明らかに不釣り合いだが、周囲の者も特にとがめだてる様子はない。何故なら彼女こそがこの城の姫だからだ。


「姫様、また抜け出して町で遊んでおりましたな! 今日は姫様が初めて国民の前に正式にお出になられる大切な日ですぞ! そろそろ王族として自覚のある行動をですな……」

「ごめん、お説教は後で。すぐ準備するから!」


 取り出した王家の紋章入りの懐中時計を開き、爺やと呼ばれた大臣へ時刻を示す。ぐぬぬと言う声が聞こえてきそうなほど苦々しい表情で大臣は小言を諦める。


「早く準備をして下され! 国王陛下と王妃様は既に会場へ向かっておりますぞ!」

「はいはい。わかったから」


 使用人たちが服を運んでくる。エミリアはすぐに着替えを始めた。


「いきなり脱ぐとは何事ですか!? 姫様ともあろうお人が、少しは慎みと言うものを……」

「何よ今更、昔から爺やに育てられたようなものでしょ」

「一応儂も男でございます。むやみに肌を見せるのは……」

「あーもういいから。爺やには頼み事があるからそっちをお願い」

「頼み事……ですか?」


 これ以上の問答は無意味だと理解し、顔を背けながら大臣は話を聞くことにした。


「そうそう。武術大会の枠、少しでいいから空けてくれない。有望株スカウトして来たから」

「また勝手な……」

「いいでしょ、特別枠でも何でもいいから作って」

「それは構いませぬが……どこの御仁で」

「名前はディオン。えっと……」


 よく考えればディオンと言う名前とお付きのファリンの名前以外、何も知らなかった。どこかの良家の主従だろうか。それとも自分同様どこかの王族のお忍びだろうか。どちらにしても普通の身分でないことだけはエミリアも見抜いていた。


「強いのは保証するわ。お願い」

「……姫様の肝入りとあれば無視もできませぬな。ですが、そろそろお戯れも大概にして下され」

「わかってるわよ。今日はもうお転婆は控えるわ」

「できれば未来永劫謹んで貰いたいのですが……」


 不承不承と言った感じで、大臣は部屋を出ていく。そしてエミリアは、ディオンにも大事なことを伝えるのを忘れていたことに気付く。


「あー、しまった……優勝賞品について教えてなかった」


 あとは成り行きに任せるとしよう。そう思ったエミリアだった。



 ◆     ◆     ◆



「ディオン様ー!」


 町の中をさまよい歩くファリン。ディオンとエミリアとはぐれてからと言うもの、彼女は街中を歩きまわっていた。


「うう……もしディオン様の身に何かあったら」


 ファリンは想像する。祖父のグランが怒るか倒れるか、自分は従者として守れなかったことを魔族幹部たちから責められ、グランも失脚、自分はその首を――。


「ディーオーンーさーまああああ!」


 ゾッとするような想像を振り払い、主の名を呼ぶ。いっそのことなりふり構わず翼を広げて飛ぶか、それとも魔法でこの辺一帯を破壊して回るか。


「うう……ディオン様の命令が出ているんでした」


 先程のディオンの命令の場合を除き、人間に危害を加えることは十六年前から禁止されている。下手をすれば停戦を破ったとして再び戦火に戻る可能性があるからだ。戦争の時代に戻ることは魔族としては望むところだが、魔王にお仕えする者としてはその意思に背くわけにはいかない。


「おい、押すなよ!」

「頭下げろ、見えないだろ」


 見れば道端に人だかりができていた。もしや何か揉め事か。そう思ったファリンはその人だかりへ近づいてみることにした。


「何をしているんです?」

「お、嬢ちゃんも見るか? 建国際のメインイベント。世界最強決定戦がもうすぐ始まるぜ」


 人々が集まっていたのは遠見の水晶玉の前だった。


「はあ、世界最強決定戦ですか……」

「おう、世界の英雄たちが集まって最強を決めるんだ。もうすぐ始まるぜ」


 ディオンが聞いたら「面白そうだ、観に行くぞ」と言いそうな催しだ。そうファリンは思った。だが、人間たちが強さを競うなどと言った催しは、人間以上の力を持ち合わせる魔族にとっては興味の湧くものではない。


「何でも特別枠が設けられて一人参加者が増えたらしいな」

「へー、どこの誰だ?」

「それが素性がわからないんだよ。って言うらしいんだけど……」

「……は?」


 その名前を聞き逃すファリンではなかった。それは仕える主の名。それが参加者だと言っている。


「お、参加者の入場だ」

「ちょっと見せてください!」


 体をねじ込むようにして群衆の中から顔だけを出して映像を確認する。


 騎士、魔法使い、ガンマン……声援を浴びながら入場してくる戦士たちの中に、その顔はあった。


「な……何やってるんですかあの人はああああ!?」


 卒倒しそうなのを全力で堪える。明らかに不釣り合いな一般人。だが、それはファリンが命を懸けてお守りすると誓った主君。群衆から抜け出るとファリンは全速力で会場へと向かった。



 ◆     ◆     ◆



「ふふふ……いきなり吾輩と当たるとは運が悪かったな、若いの」


 横にはねた髭を指で弄びながら、老騎士が剣を構える。ディオンの初戦の相手は大陸一の使い手と言われる剣豪マクロンと言った。


「そなたは若くて知らんであろうが、かつての魔族との戦争においても吾輩は数多くの魔族を打ち倒し……」

「お前など知らんぞ?」


 マクロンの髭をいじる手が止まる。


「かつての戦争で活躍したのはマザロンだ。しかも二十一年前にそいつは魔界で死んでいる。まあ、こっちでは行方不明扱いだろうがな。そもそもお前の名前など、どこにも聞いたことなどない」

「ふ……ふふふ。若いのに歴史がお好きと見える」


 手が震えている。あからさまに平静を装っていた。


「では、吾輩のことを汝の歴史の一ページに加えたまえ!」


 審判の号令がかかる。マクロンはディオンに向けて突きを放つ。


「ふむ。名を騙るだけの実力はあるようだ」


 だが、その軌道をあっさりと見極めてディオンは最小限の動きでかわす。


「むおおおお!」


 息を持つかせぬ連撃。ただしそれはあくまで人間の基準でだ。魔王にとっては多少腕が立つ程度では相手に不足しかない。


「ぜえ……ぜえ……貴様、少しは真面目に戦わんか!」

「真面目に戦っていいのか?」


 振り下ろされた剣を指二本で挟んで止める。軽く捻ると小枝の如くあっさり折れた。


「何だ、安物だな」

「馬鹿な……魔族を滅すると言われた伝説の魔剣、魔滅剣デモンスレイヤーが!?」

「ただの剣だ。それに――」


 驚きで動きの止まったマクロンへ軽く拳を打ち込む。全力で打ち込めば体が爆ぜるので老体を慰撫するように優しくだ。


魔滅剣デモンスレイヤーは二百年前にその全てが失われている」

「あがが……」


 だがそれでも少々強すぎたらしい。たった一撃でマクロンは白目を剥いて倒れてしまった。


「そ、そこまで。勝者ディオン!」


 審判が名を告げると会場は歓声に包まれる。鎧も道着もローブもまとわぬただの無名の一般人であった彼が名うての剣豪を一撃で打破したことは彼らに鮮烈な印象を与えたのだ。


「初戦は英雄のまがい物だったか……こんなナマクラを魔滅剣デモンスレイヤーとはな」


 破片をつまんで粉砕する。もし本物の魔滅剣デモンスレイヤーであれば魔族は触れることすらできない。傷一つで体組織が崩壊するという対魔族の究極兵器だ。

 かつてこの武器が猛威を振るった数百年前には、ディオンの父、すなわち先代魔王が世界征服を百年遅らせてでもこの武器を破壊することに費やしたほど厄介な代物だ。二百年前にようやくその全てが破壊され、現在は人間界でも魔界でもそれを見たものは居ないと言う。


「まあ、二度とお目にかかりたくはないものだ」


 かつて魔太子として軍を率いた時、ディオンは人間界で魔滅剣デモンスレイヤーと対峙したことがあった。ことごとく魔法を無効化され、優秀な部下も数多く失った。ディオンにとっても苦い記憶であった。

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