第4話 魔王様、無双する(※相手は生きてます)

 ディオンの二戦目の対戦相手は格闘家のチェン。何でも四百年の歴史を持つ流派らしい。


「この私と当たるとは不運なり!」

「そうか」

「先の対戦相手は英雄の名を騙る偽物であったが、この私は違うぞ!」

「そうか」

「我が流派、我が奥義の前では貴様の動きは止まって見えるわ」

「前置きは済んだか?」

「その澄ました顔、いつまで続けられるかな!」


 審判の号令がかかる。それと同時にチェンは瞬間的に距離を詰める。


「キエエエエイ!」


 喚声を上げて飛び回し蹴りを放つ。先程のマクロンと違い、技の冴えは見事なものだった。


「ホオゥ! ワチャー! セイヤァ!」


 蹴りが、突きが、かかと落としが矢継ぎ早に飛ぶ。しかしディオンはそれらを全て手でさばききる。


「ふはははは、防戦一方だな!」

「……それなりに腕は立つようだな。だが」

「イェアアアア!」

「お前はやかましい」

「は――?」


 突き出された拳に軽くディオンも拳を合わせる。相手の技の威力を受け流し、そっくりそのまま相手へお返しする。


「うわあああーっ!?」


 ダメージが残らないよう吹き飛ばす力に衝撃を転化したためチェンは盛大に吹き飛び、舞台から観客席のど真ん中まで飛んでようやく落ちた。


「じょ、場外! そこまで。勝者ディオン!」


 再び歓声が上がる。二戦続けての完勝。もはやディオンの実力を疑うものは誰もいなかった。


「盛り上がっているようだな」

「ええ。世界中の強者が見事な試合を繰り広げていますわ」


 観衆の熱狂を眺めながら国王セインは目じりを下げた。


「しかし、あの者。随分とできるようだ」

「あら、昔の血が騒ぎ出しました?」

「はっはっは。十六年前ならまだしも、さすがに今の儂では無理じゃよ……だが、あの男、どこかで見たような気も……」


 セインは首をひねる。彼が戦場で自分たちを苦しめた魔族の親玉であることなど、まさか夢にも思わないだろう。



 ◆     ◆     ◆



「おい、飛び入り参加が桁外れに強いらしいぞ」

「あのマクロンが手も足も出なかったらしいぞ」

「……何やってるんですかディオン様ああああ!?」


 闘技場へ向かうファリンは走りながら泣きそうになっていた。会場に近づけばそれだけディオンの戦いを見た者たちの噂が聞こえてくる。

 全く注目されていなかった一般人が名だたる強豪を打ち倒していく姿は嫌が応にも目立つ。お陰で武術大会は予想以上の盛り上がりを見せていた。


「さあ、次の対決は大陸一の魔法使いブレイグと注目の謎の男ディオン! 賭けるなら今だよ!」

「……ひいっ!?」


 その情報を耳にしたファリンが青くなる。ディオンはかねてより人間の強者と戦ってみたいと言っていた。そこまではいい。問題はその手段だ。


「すいません、その魔法使いの得意魔法は何ですか!?」

「お、嬢ちゃんいい質問だ。ブレイグの得意魔法は火炎魔法だ。二十年前に隣の大陸を氷河で埋め尽くした魔族を滅ぼしたって話だな。実力は折り紙付きだぜ」

「火炎魔法……いけない!」


 ファリンは直感した。次のディオンの決まり手は二つの内のどちらかだ。


「おい嬢ちゃん、もうすぐ始まるぜ。せっかくなら賭けてくれよ」

「ディオン様に全額です!」


 手持ちの貨幣を革袋ごとテーブルに叩き付ける。中身の金貨と銀貨が零れ落ち、その量に賭けに参加していた民衆たちも目を剥く。


「お、おい嬢ちゃんこんなに……」

「失礼します!」


 賭け札をふんだくり、ファリンが再び走り出す。

 闘技場は目の前、その中から歓声が沸く。戦いが始まったらしい。


「できるだけ被害の少ない方を……ひぁっ!?」


 観客席へ通じる通路を出る。その瞬間、ファリンは別世界に飛び込んだかと思った。


「ややや……やってくれましたね……でででディオン様」


 身を切るような寒さに歯が鳴る。今の季節は春、陽気のお陰で半袖の観客が大半だ。

 だが、そのいずれも……いや、長袖の観客も含めて皆が凍えている。舞台上から発した冷気は真っ白に闘技場と観客席を包み込んでいた。


「……やり過ぎたか?」


 そして、舞台に立つディオンは己が成した惨状を前に腕組みをする。相手の自慢の火炎魔法を迎え撃つために“軽く”氷結魔法を使っただけなのだが手加減を間違えたようだ。


「あ……が……」


 魔法使いブレイグは魔法を放った体勢のまま体全体が凍結していた。死んでいなかったのは手加減の賜物と言えるだろう。


「しかしレイザムを倒した奴と言うからどれほどのものかと思ったが、こんなものだったか……」


 溜め息をつきながらディオンが目の前の氷塊をつつく。それは粉々に砕けて霧散した。


「仕方ない、サービスだ。本当の火炎魔法を見せてやる」


 ディオンが指を鳴らす。その先に火花が走り、魔力を燃焼させてさらに勢いを高める。

 瞬く間に闘技場の空中に小規模の太陽が完成した。


「熱ちちちちち、ちょっとディオン様!?」


 氷漬けになっていた闘技場が今度は一瞬で灼熱に包まれる。氷は瞬時に蒸発し、観客は慌てて手すりから手を離し、椅子から立ち上がる。床は靴なしでは熱くて立っていられない温度になっていた。


「ほら、これが火炎魔法の極限だ」


 指先をブレイグへ向ける。空中の太陽が彼に向って動き出す。


「ちょっ、それやりすぎですディオン様-っ!」


 やっぱりディオンの悪い癖が出たとファリンが頭を抱える。彼はかねてより人間の強者と戦いたがっていた。それも、だ。


 剣術が得意ならその射程内で存分に剣筋を体験して、格闘が得意なら拳を合わせて。そして魔法が相手ならその対となる属性の魔法にどこまで対抗できるのかを検証してだ。

 だが、今回はそこに手本を見せるという更なるサービスを見せて来た。ファリンが当初想定していた二つの決着の手段の内、両方を行う最悪のパターンだ。しかも彼の魔法は魔界最高クラス。その威力も桁外れだ。


「む……これはいかんな」


 やっと気づいたディオンが指を天空へ向ける。小太陽はその動きを変え、遥か空の彼方へと飛んで行ってしまった。


「危なかった……この都が消える所でした」

「ファリンか。よく気付いてくれた」


 へなへなとその場にへたり込むファリン。あの規模の火炎魔法の魔力が炸裂すれば相手が死ぬどころでは済まない。この都は一年くらいの間灼熱の地獄と化し、人が住めなくなっていた所だ。


「遠慮なく魔法を使ってはいけないというのは難しいものだ」


 それでも、至近距離にいたブレイグは丸焦げになって倒れていた。

 念願の人間と戦えることにすっかり浮かれていたことにディオンも反省するのだった。少しだけ。



 ◆     ◆     ◆



「せめてギリギリで勝つとか、それくらいできなかったんですか!」


 ディオンにあてがわれた控室でファリンは怒鳴り上げていた。関係者として特別に中に入れてもらっているのだ。


「せっかく人間界に来たんだ。存分に楽しむのは当然だろう?」


 だが涼しい顔でディオンは小言を受け流す。ファリンの進言は聞くがグラン同様に説教は聞く気がないらしい。


「目立たないようにちょっと楽しんで帰る予定が、国中の注目の的ですよ」

「そこまで強さに飢えている時代でもなかろうに、不思議な祭りだ」

「いいですかディオン様。次はわざとでもいいので負けてください」

「それは断る。魔王が負けたら威厳がないだろう」

「人間に化けてお祭り楽しんでる時点で威厳も誇りもありませんよ! そんな魔王がどこにいるんですか!」

「愚問だな。ここにいる」

「あーもう、ああ言えばこう言う!」


 ファリンが地団太を踏む。その行動が面白くてディオンもつい天邪鬼に受け応えてしまうのだった。


「じゃあせめて手加減してあげてください。さっきみたいなことになったら大変です」

「いいだろう。私も人間の国を滅ぼす気はない。善処するとしよう」




「……って言ったのにいいいい!」


 関係者席に座っていたファリンが思わず立ち上がる。他の関係者はそろって舞台上を見て恐れおののいている。


「はっはっは! どうだ、三つ首のドラゴンなどめったに見たことがないだろう!」

「ほげえええっ!?」


 召喚士が呼び寄せたゴーレムをドラゴンが容赦なく踏み潰す。「ついうっかり、相手より召喚獣のランクが高い物を呼び出してしまった」と後に彼は語ったという。

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