第2話 魔王様、人助けをする
「うう……結局ついてくる羽目になっちゃいました」
ディオン同様に人間の姿に変化したファリンが溜息をつく。今頃は城を抜け出した二人をグランが怒り狂って探しているに違いない。
「まあそう言うな。帰ったら一緒に怒られるとしよう」
「悪いのはディオン様じゃないですか!?」
悪びれもなく露店で買った食べ物を口に入れるディオン。
「うう……もしやどこかにディオン様のお命を狙う刺客がいたりするんじゃ」
「私の素性を知っている者などどこにもいる訳がないだろう」
気を張り続けるファリンは周囲を警戒するあまりに道行く人々を威嚇するような目つきになっていた。せっかく溶け込めるように人間の姿になったのにこれでは悪目立ちしてしまう。
「いえ、もしもの時は私が命を懸けてお守りしなければいけない立場なんですか――」
「ほら食え」
とりあえず、気を逸らすために綿菓子を口に突っ込む。
「美味しい!?」
そして、口に広がる甘い味にファリンは表情をほころばせた。
「こんなに美味しいもの、食べたことないです」
「人間の世界もいい物だろ」
「いえ、私は嫌いです……が、食べ物に罪はありません」
ディオンの手からひったくるようにして綿菓子を取って食べる。
「むむむ……人間のくせにこんなに美味しいお菓子を作るなんて小癪です」
「技術の研鑽は人間の美点だ。よりよく、より強いものを作り上げるために人は力と技を注ぐ。強い力に胡坐をかいている魔族とはずいぶん違う存在だ」
「あのー……前から伺いたかったんですが、ディオン様、人間贔屓が過ぎませんか?」
「純粋に興味を持っているだけだ。魔族は長い寿命の中で魂も性根も腐りきる奴らが多い。むしろ短い命を必死に燃やして次代に繋げようとする人間が時に眩しく写るのさ」
「うーん……そんなに人間っていいものでしょうか?」
ディオンの気持ちは分からなくもない。だが、生まれた頃から人間は脆弱な存在であり、滅ぼすべきだと言われてきたファリンはどこか納得ができない。
「戦争中もたびたび“勇者”を見たことがあっただろ」
「あー、あれも強かったですねえ……いつぞやはディオン様に助けてもらわなかったら死んでいたかもしれません」
「勇者」は人でありながら魔族を凌駕する力を持つ存在。特に、魔王を打ち倒す使命を与えられた人間の英雄の称号だ。人間の間で希望の象徴となって戦場に度々現れ、多くの魔族が打ち取られた。
「皆の希望と力を束ね、敵を打倒する強者。そういう存在は魔族では現れませんよね」
「誰かのために戦うという感覚は馴染みのないものだな。私利私欲に力を使うものが大半だ」
魔族は実力主義だ。己の主張を押し通すためなら相手を倒してでも押し通す。だから慈愛よりも自愛の傾向が強い。
「使命感に満ちていますよね。命を燃やすって感じでしょうか」
「ふむ。ファリンもなかなかわかって来たじゃないか」
「いえ、私はそんなつもりは――わっ!?」
突然の後ろからの衝撃。ファリンは思わず持っていた綿菓子を取り落とす。振り返ると慌てた様子の女性が気まずい表情を浮かべていた。
「ああー! ちょっと、何するんですか!」
「ごめんなさい、追われてて!」
「追われてるだと?」
人混みをかき分け、体格の良い男たちが走ってくるのが見える。どうやらこの女性を追いかけているらしい。
「見つけたぜ嬢ちゃん。さっきはよくも恥をかかせてくれたな!」
「何をしたんだ?」
「えーっと……話せば色々ありまして。ごめん、助けてもらっていい?」
「助ける義理はないぞ?」
「お詫びにその子のお菓子を弁償するから」
「子ども扱いしないで下さい!?」
心外だと言わんばかりにファリンが飛び跳ねる。抗議の意思を示しているのだが、身長が低いため小動物が威嚇しているようにしか見えない。
「やば、何この子……可愛い」
「お前もわかるか」
「ええ、この見た目と行動のアンバランス。たまらないわ」
「一目で見抜くか。よし、助けてやろう」
「ディオン様!?」
同好の士を見つけた喜びだろうか。魔王が人助けと言う奇妙な行動にファリンも驚いた。
「そこの可愛さの欠片もない男」
「ああん、何だてめえは!?」
「勇者さま気どりかい?」
「勇者、この私がか?」
勇者とは魔王を倒すもの、まさかの真逆の存在に例えられて思わずディオンは笑ってしまう。
「何笑ってやがる!」
「いや、醜悪な言葉を臭い口から発するのはやめてもらいたいと思ってな」
「何だとこの野郎!」
丸太の様に太い腕で男が殴り掛かって来る。だが、ディオンはそれを軽々と指一本で受け止めた。
「……は?」
「
鍛えているとはいえ、一般人の範疇に収まる程度。魔王とは明らかに強さの次元が違う。指を曲げて受け流し、バランスを崩した所に指で額を突く。
「うげっ!?」
それだけで男は後方に一回転しながら地面に叩きつけられた。
「て、てめえ!」
「ふむ」
だが、その一瞬の隙を突いてもう一人の男がディオンを羽交い絞めにする。魔王の後ろを取るとは見事だと褒めてやりたかったが、それ以前にこの状況をどうしようかと思案する。
「ふむ、無理やり引き剥がせば腕が千切れるな」
「何か物騒なこと言ってるぞこいつ!?」
「ファリン、任せた」
「はい!」
いつの間にかファリンが近くの露店から拝借した鍋を男の頭向けて振りかぶる。
「綿菓子の恨み!」
「あだっ!?」
スコーンと小気味のいい音を立てて鍋が命中する。その拍子に腕が緩み、ディオンは戒めから抜けると飛び上がって空中に舞い上がった鍋を下方へ叩き落す。
「もう一丁」
「ふぎゃっ!?」
二度目の鍋の命中で男は昏倒して倒れてしまった。
「こんな所か」
ちょっと手加減を間違えれば殺してしまうので、我ながら上手く力を抑えることができたとディオンは思った。
「あんた達やるわね」
「この程度の輩に
「……にしても目立ち過ぎましたね」
「確かに」
ただでさえ人でごった返していた祭りの往来で起こった乱闘騒ぎで、二人は人々の注目を思い切り浴びていた。特に、倒された男たちは見るからに柄が悪かったためか、それを叩きのめしたディオンに声援を送る者までいた。
「……げ」
少女が再び表情をひきつらせる。その目線の先には観衆をかき分けてこちらへ向かってくる兵士たちがいた。
「ごめん、逃げましょ!」
「人気者だな」
「気の利いた皮肉ありがとう!」
「ほあっ、ちょっと二人とも待ってください!」
手を引かれてディオンは少女と共に人ごみに飛び込む。慌ててファリンも追いかけていった。
◆ ◆ ◆
「こ……ここまでくれば大丈夫でしょ」
「兵士はまいたみたいだな」
兵士の姿が見えなくなったところで二人は足を止める。追いかけてくる気配はない。
「……あれ、あの子は?」
「む……はぐれたみたいだな」
歩幅のせいか、人混みの中を縫って走る二人をファリンは完全に見失ってしまったらしい。
「あちゃあ、悪いことしたわね」
「気にするな。どうせどこかで合流できるだろう」
「それにしても、あんた強かったわね。大男が指一本で一回転するなんて初めて見たわ」
「あの程度造作もない。経験してみるか?」
「遠慮しとく」
指を立てるディオンを前に少女は全力で首を振った。
「それよりも、その気があったら武術大会に出てみない?」
「武術大会?」
初めて聞く単語だった。
「そ、世界中の強者が集まってその力を示す、今回の祭りのメインイベントよ。見た感じ、あなたなら良い所まで勝ち抜ける……いいえ、優勝も狙える。私の人を見る目に間違いはないわ」
自信満々で胸を張る少女。この場にファリンがいたら「そんな目立つ場所に出るなんて絶対駄目に決まってます!」と猛反対されるのだろう。だが、ディオンは彼女が言った一言に興味を既に持ってしまっていた。
「世界中の強者」
その言葉の魔力に抗うことなど魔族の長としてはできるわけがなかった。
「面白い。どれだけの強者がこの世界にいるのか気になっていたからな」
「参加決定ね。会場は町外れに建てられた闘技場だから。それじゃ楽しみにしているわ」
「む、お前はどこへ行く気だ?」
「確か参加枠がいっぱいだったはずだから特別に空けてもらえるように掛け合ってくるの。ひと枠くらいなら何とかなるはずよ」
そう言ってお城へ向かって少女は駆けていく。ディオンはそんな彼女に一つだけ、気になっていることを聞いた。
「そう言えば、お前の名前を聞いていなかった」
「エミリアよ。また会いましょ」
太陽の様に明るい笑顔を向けながら、エミリアと名乗った少女は走り去っていくのだった。
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