Episode1 勇者誕生!その名は魔王ディオン!

第1話 魔王様、人間の国へ行く

「平和だな」

「平和ですねえ……」


 ポカポカと春の陽気にファリンのまぶたが閉じかかる。玉座に座るディオンもあくびを噛み殺す。


 継承権や停戦についてのゴタゴタが収まり、気づけば十六年が経過していた。既にディオンの体制に異を唱える者はいない。かつてはディオンについて前線に出たこともあった、だが人間との停戦が結ばれて――押し付けたとも言う――からは平和そのものだ。戦争をしていた頃が遥か昔のような感覚で懐かしい、ファリンもそう感じていた。


「……暇だ」

「暇ですねえ……」


 しかし、することがない。刺激が足りない。日々を持て余す。遥かに長い魔族の寿命では暇が最大の天敵だ。だから破壊行為や戦争は己の強大な力も振るうことができ、なおかつ実利が上がるために最高の娯楽とも言えた。


「何か思い切り暴れたくはあるな」

「遂に侵略ですか!」


 椅子に座って控えていたファリンがガバっと立ち上がる。


「いや、停戦協定を破棄する手続きが面倒だ」

「そうですか……」


 再びファリンが椅子に座った。このやり取りを十六年間で何度繰り返しただろうか。あれからディオンはまるで戦う意思を見せない。その真意を問いただしたくもあったが、毎回煙に巻かれてしまっている。


「今日の仕事は大体終わった。ファリン、お前も自由にしていいぞ」

「そうですか。では、お言葉に甘えて」


 ファリンは水晶玉を取り出す。ディオンの従者として仕えてからはなかなか外出の機会に恵まれなかったこともあって遠見の水晶玉で各地を眺めることが楽しみになっていた。


「今日はどこを見る気だ?」

「そうですね……たまには人間界でも見てみます」


 手をかざし、魔力を注ぎ込むと水晶玉が光り出す。やがて、靄がかかったような状態が晴れ、水晶玉の中に青空の下の王国が映し出された。


「平和そうですね」

「停戦して十六年だからな。あちこち復興もしているのだろう」

「ええ、どなたかのお蔭で平和が戻りましたから」


 さりげなく刺さる皮肉にディオンも苦笑する。


「しかし、ずいぶんと賑やかな様子ではないか?」

「そうですねえ……何だか派手な飾りがされていて、人もすごい数が集まっていますね」


 二人が見ているのは人間の世界でも最も大きい王国だった。かつて魔族との戦争の際に中核となって指揮を執っていた国だ。勿論そんなことはすっかり二人も忘れているのだが。


「んー、何でも建国祭とやらを開催しているみたいですね」

「ふむ、国の設立を祝う催しだな」


 魔界は基本的に魔王によって支配されている。その魔王自身が千年を超える時を生きるため国の成立については基本的にどうでもいいという価値観だ。ディオンもいつからこの国が存在しているのかわからないし、知るつもりもない。まとめようという奇特な魔族もいるが、あまりの資料の膨大さと適当な書き方に悲鳴を上げているという。


「人間たちって不思議ですね。自分に直接関係のないことでもお祝いに変えちゃうんですから」

「人間の一生は短いからな。その分価値観の継承が行われる。だから祭りや先祖を崇めることは重要な意味を持つようだ」

「ほえー、随分お詳しいですね」


 普段なかなか味わえないディオンの講釈に、ファリンも耳を傾ける。


「調べれば人間と言うものは非常に興味深い。弱い存在でありながら千年以上もあの父上に滅ぼされることはなかったんだぞ?」

「……そう考えると恐ろしいですね。あの先代様の手にかかれば国の一つや二つ簡単に滅びるのに、人間たちは全く諦めませんでした」

「それだけでも人間の強さの根源と言うものに興味がわくというものだ」

「……まさか魔王様。それが目的で?」

「さて、どうだろうな」


 またもはぐらかされる。早々真意は語らない。いい加減諦めが付くというものだ。


「よし、せっかくなら奴らの祭りとやらを肌で体験しなくてはな」


 さらっとディオンが恐ろしいことを言った。


「……あのー、それはどういう意味で?」

「言葉通りだ。この国へ行く」

「……はい?」


 ファリンは目を丸くした。


「ご自身の立場はお分かりで?」

「魔王だな」

「魔王が敵のど真ん中に遊びに行くと?」

「平和なら良いではないか」

「駄目に決まってます!」


 ファリンが両手で大きく×を作る。


「人間のど真ん中に入って、もし御身に何か起こったらどうされるおつもりですか!」

「何も起こらんさ。祭りで平和そのものだし、当然人間に化ける」


 そう言って魔法を使い、自分の姿形を変化させる。一瞬でその姿は魔族の特徴を失い、人間らしい肌や瞳の色、服装も一般人と遜色ないものになっていた。


「どうだ、なかなか似合うだろう?」

「そういう問題ではありません。責任あるお立場なのですから最悪の状況を想定してください」

「うむ。グランは怒り狂うな」

「そっちの最悪じゃありません!」


 ただでさえこの十六年間、勝手な停戦やら魔族のいざこざで頭を悩ませていたのだ。毎日のように説教を受けるディオンも最初は辟易していたが、今では一日の仕事が終わった後にやってくる時報のごとくとらえている。


 だが、ファリンにとっては自分を魔王の従者にするために色々と手をまわしてくれた恩人であり、魔王の重臣と言える立場的に頭の上がらない人物だ。勝手に人間の世界に遊びに行ったと知られたら何と言われることか。考えただけでファリンはゾッとする。


「大丈夫だ。叱られる時は一緒だ」

「死ぬときは一緒みたいなノリで言わないでください」

「うむ。いい反応だ、お前といると飽きん」

「人を疲れさせて遊ばないでください……」


 げんなりと言葉を返す。時折この魔王は従者で遊ぶ。威厳と誇りのある魔王の貫録はどこにもない。いや、魔太子の頃からこんな感じだ。ファリン以外の従者はイメージの違いや弄りに耐え切れず辞めてしまった者ばかりだ。


「嫌ならやめて良いんだぞ?」

「それ、お爺様の孫娘という立場の私に言います?」


 唯一そのやり取りを耐え抜いたのがファリンだ。祖父の立場もあるが、この魔王は自由すぎて目が離せない。下手に従者が全員いなくなるよりは誰か一人でも人身御供になるしかないと諦めていた。


「若、若はおられますか!」

「む、グランか。あとは任せたファリン!」

「ちょ、魔王様!? 置いて行かれたらお爺様に叱られます!」


 ディオンが開いたゲートが閉じる前にファリンが飛び込む。


「ああ、しまった。これじゃ私も人間界に――」

「はっはっは。こうなれば一蓮托生だ。行くぞファリン」

「若、今日こそこの爺の願いを聞き届けていただきますぞ! そもそも魔王とは……むむ?」


 大扉を開いたグランが見たのは、主不在で空っぽとなった玉座と、孫娘が座っていたであろう空っぽの椅子だった。

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