限界突破の勇者さま~勇者な魔王の世直し道中記~

結葉 天樹

勇者さま爆誕編

Episode0 戦いの終わり!? 魔王誕生す!

第0話 魔王様、即位する

「王よ。全ての準備が整いましてございます」


 雷鳴が轟き、稲光が照らす。神妙な面持ちで将軍からの報告を受け取った王は、腰をあげて居並ぶ強者達の前で剣を天高く掲げた。


「聞け、ここに集いし誇り高き戦士たちよ!」


 その言葉に応えるかのように空が光を放つ。先頃より降り始めた雨は激しさを増し、嵐の様相を呈してきた。しかし、立ち並ぶ精鋭たちはその中でも微動だにせず、一糸乱れぬ隊列を誇っている。皆これから始まる戦いの激しさと、その重要性を理解しているからこそ、嵐ごときでは乱れる訳にはいかないのだ。


「いよいよこの時が来た。間もなく魔族たちはゲートを開き、我らが人間の世界に現れるであろう」


 魔族たちの住む魔界から人間の世界へと訪れるために開かれるゲートと呼ばれるもの。強大な力を持つ魔族たちの手によって次元をこじ開け、人間界へ侵攻するようになってから何百年が経過したであろうか。


「この戦いは我らだけのものに非ず。愛する者全てを守る偉大なる戦いである」


 多くの戦いがあった。町が滅ぼされ、国が滅ぼされ、それでも人々は営みを続けた。力を蓄え、技を磨き、武器を作り、魔法を会得した。野や山は緑を取り戻した。川は清らかさを取り戻した。国は、土地は徐々に人々の手に戻って行った。


 そして迎える魔王軍と人間軍の大軍勢同士がぶつかり合う大戦。力を持つ者は極めた力を、力を持たぬ者はその手に願いを携えてその時を待つ。


「この戦いに勝利すれば魔界への侵攻も可能となるやもしれぬ。魔王の命運も遂に尽きるのだ!」

「おおーっ!」

「グラオヴィール王万歳!」


 そして、その力を束ねる人物こそセイン=パラフェダス=グラオヴィール。数多くの国家を従え、世界連合として人間の力を一つにまとめ、魔族への抵抗を主導した中心人物である。


「我らには、五大陸を解放した実績そして、数多くの魔族を討ち取ってくださった勇者らが付いておる」


 王の隣に四人の若い男女が立ち並ぶ。

 魔王との戦いの中で頭角を現した、いわゆる「勇者」と人々に呼ばれた者たちだった。

 人々の夢と希望をその身に受け、命を懸けて世界の平和のために戦うことを誓った英雄たちである。


「さあ、今こそこの世界を我ら人間の手に取り戻す時である! 剣を握れ、銃を構えよ、魔法を唱えよ! ここが正念場であるぞ!」


 王の演説に集まった大軍勢が歓声を上げる。士気は高い、これならば魔族、魔物の大軍勢ですら勝つことができる。王には確信があった。


「王よ、間もなくお時間です」

「うむ……そう言えば、妻の方は」

「いえ……まだ何も」


 王の妻は身籠っていた。もうすぐ我が子が生まれるというその時に魔族との決戦が行われることとなったのだ。陣を構えた直後には産気付いたとの報も受けた。すぐそばについてやれないことへのもどかしさを募らせる。この上は是が非でも戦に勝利し、生まれた我が子を抱き上げてやらねば。そう思っていた。


「生まれてくる我が子のためにも、この戦勝つぞ」

「はっ!」


 鬨の声を上げ、軍は士気を高める。風の音にも、雷鳴にも負けぬその声はいつしか雲を彼方へと追いやる。太陽が出てからもその声は続く。それが頭上に昇っても、それが茜色に染まり山の向こうに沈みかけ――。


「魔王軍はまだか!!!」


 思わず王は叫んでいた。予告されていた刻限はとうに過ぎている。魔物たちの足音どころかゲートが開く様子すらない。さすがの大軍勢も、いつまでも戦が始まらないことに動揺し、中には雑談に興じる者まで出てくる始末だ。


「将軍、これはどういうことだ!?」

「わ、わかりませぬ。予告では間違いなく本日正午。ですが間もなく日没……これはいったい」

「ぬうう……もしや謀られたのでは――むっ!?」


 王の目の前の空間がぐにゃりと歪む。それは魔族らが世界を越えて魔界からやってくるゲートが開く兆しだ。


「まさか、直接本陣にだと!?」

「いや、待て」


 武器を抜く近衛たちを王が制する。軍勢がやって来るにはあまりにゲートの規模が小さいのだ。


「いくら魔族が己の力に自信を持っているとしても単騎で攻め込んでくる馬鹿はおるまい」

「そ、そうですが……しかし」

「だが、警戒は怠るなよ」

「はっ!」


 やがて、目の前に人一人くらいが通れるほどのサイズのゲートが出現する。その周囲を取り囲み、兵士たちが一斉に槍を向ける。


「はいはーい、皆さんお世話になってます。あ、物騒なものはしまってください、使者なので」


 投げやりな声を発しながら一人の魔族が姿を現した。その手には何やら手紙のようなものを携えている。


「魔族か」

「まあゲートを使って移動できるのが他にいるなら違うかもしれませんけど、はい魔族です」

「まだ子供ではないか」


 将軍らがそう思うのも無理はなかった。現れた魔族は見た目の上では人間の少女にあたる小柄な姿、そして容姿だからだ。


「……一応ここにいる人たちより長生きしてるんですよ?」

「で、その魔族が何用か。まさか我が首を狙いに来たわけではあるまい」

「あ、話が分かる王様で良かったです。別の国だと問答無用で襲い掛かられたこともありますし」


 そう言って少女の姿の魔族は手に持っていた書簡を差し出す。恐る恐る近くの兵士が受け取ると将軍を通じて王へと受け渡された。


「これは?」

「手紙です。魔王様……いえ、“新”魔王様からの」

「新……魔王?」


 奇妙な言葉に王たちは眉をひそめる。


「はい、この度魔界では魔王様が交代なされました。そのため、今てんやわんやでして」

「魔王が……交代だと?」

「ええ、亡くなられました」

「魔王が死んだ……だと?」


 兵士たちからもどよめきが起こる。長年にわたって人間たちを苦しめてきた強大な、無限の闇と魔族を従える存在が死んだというのだ。いったい何が魔界で起きているというのか。


「何故死んだ」

「老衰です」

「老衰だと!?」

「まあ、御年千二百七十三歳でしたから、大往生かと」


 余りに馬鹿馬鹿しい話に王が額を押さえた。これまでどれほどの苦難があったというのか、それら全ての努力が達成されたような無駄になったような、複雑な気持ちだった。


「なので御子息の王太子様が次期魔王として御即位の運びになりました。戴冠式やらの式典があるので戦はドタキャンでお願いします」

「そ、そんなふざけた話があるか!」

「いえ、ここにあるんですけど」


 将軍が憤慨し、魔族の少女を睨みつける。だが、少女も涼しい顔で肩を竦める。


「ここまで舞台をあつらえて、挙句に無かったことにしろだと?」

「そう言われましてもねえ……こっちも大変なんです。とりあえずお手紙を読んでいただけます?」

「む、むう……」


 狐につままれたような感覚で王は手紙を開いた。


「これは……」

「陛下?」


 目を見開き、わなわなと王が震え出す。信じられないものを見ているといった表情だ。


「本気か貴様ら?」

「本気ですよ。それが新しい魔王様の御意向です。我々はそれに従うまでですから」

「陛下、いったい何が」


 唖然とする王の前で少女が再びゲートを開く。そして振り返りつつ言葉を残す。


「という訳です。皆さん平和にお元気で」

「ま、待て!?」


 王の持つ手紙を覗き込む。そこには新魔王の挨拶の後に信じられない言葉が綴られていた。魔族の少女は手を振ってゲートの中へ消えていく。それが閉じた後は、静寂に包まれた王たちと、空しく吹く風の音だけがそこにあった。



 ◆     ◆     ◆



 玉座の間に続く大廊下を一人の男が歩いていた。長身に切れ長の眼、精悍な顔つきに鍛え上げられた肉体、禍々しい雰囲気を放つ鎧をまとって歩を進める彼が突如足を止め、空中に目を向けた。


「ファリンか」

「ただ今戻りました」


 開いたゲートから小柄な魔族が飛び出てくる。男の前に降り立つと膝を突き、頭を垂れて主への報告を済ませる。


「大儀だったな」

「はあ……取りあえず渡してきましたけど、本当によろしいのですか、魔王様?」

「いつも通りディオンで構わんぞ、王になったところでお前が御付きなのは変わらんのだから」

「いえ、けじめと言うものがありますので」


 彼女は以前より新魔王ディオンに使える従者だ。身の回りのお世話をし、時には魔王の名代として命令を届ける役目を負う。


「おお、若!」


 足を止めて話し込んでいた二人の下へと声がかかる。魔王軍参謀であり、ファリンの祖父のグランであった。息を切らせてその表情は必至そのものだ。


「こんな所におられましたか、皆お待ちしておりますぞ」

「ああ、ファリンに人間たちに手紙を届けさせていたものでな」

「ほっほっほ。人間どもを滅ぼすという決意表明ですかな? 新魔王として早速お役目に励まれるとは、爺も亡き先代様に胸を張れるというもの」

「あのー……もしかして魔王様?」


 ファリンが渋い顔をする。目線で答えを求めるがディオンはニヤリと笑みを返す。


「お爺様にお伝えしてなかったんですか!?」

「これから言う、皆の前でな」

「あ、ちょっと、ディオン様―っ!?」


 笑いながらディオンが歩き出す。目指すは玉座の間だ。

 既にそこには名だたる魔族の諸侯たちが集結しており、新たな主人の登場を心待ちにしていた。


「それでは、新たな魔王様よりのお言葉である。心して聞くように」


 シンと静まり返る部屋。そこへ、ディオンの声が響き渡る。


「皆のもの、大儀である」

「ははあっ!」

「知ってのとおり、先日亡くなられた我が父上の跡を継ぎ、私が魔王となった。これより魔族を率いる長として、私が法であり、秩序であることを告げる」

「はっ、魔王様の御心のままに!」

「我ら一同、忠義をお尽くし致します!」

「よろしい。では、新魔王として、お前たちに命令を下そう」


 魔族たちは拳を固める。

 人間を滅ぼせ。

 百の町を灰にせよ。

 千の森を焼け。

 万の人を殺せ。

 どのような命令であれ、その拳を突き上げて忠誠を誓うだけだった。


「――停戦しろ」


 そして、突き上げかけた拳が止まった。玉座の間が静まり返る。


「……は?」


 隣に立っていたグランの目が丸くなる。魔族らの間にも思わぬ言葉に動揺が広がる。


「……若、今なんと?」

「停戦しろと言ったんだ」

「それは……人間とでしょうか?」

「他に戦争相手がいるか」

「……まさか先程、仰られていた人間への手紙と言うのは」

「ああ、停戦の申し入れだ」


 舞台袖に控える孫娘をグランが睨みつける。ファリンは口の動きで「話は通っているって言ってました!」と祖父に伝えた。


「まあ諦めろ。今更撤回などしたら魔王の権威に傷がつく」

「汚いですぞ若!」

「魔王らしかろう」


 ディオンが胸を張って笑う。新魔王ディオンが一方的に決めた停戦。それによって魔界は大騒ぎになった。新魔王を認めないと旧体制の支持者たちによる派閥が築かれ、地方では反乱の噂が立ち、魔界の覇権を巡る大戦の兆しを見せていた。


 ――が、なぜかそれらはその後、何の動きもなく姿を消した。


 果たして何が起きたのか。それを知る者は少ない……。


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