しぜんしょうめつ

藤村 綾

しぜんしょうめつ

 今日もショートメールを送った。LINEはブロックされている。いつまでたっても既読にならないのはブロックをされている証拠だ。けれど、ショートメールだけは律儀に開封済みになる。彼は読んでいる。読んでいるにもかかわらず無視をし続ける。嫌いになったのなら、嫌いでもいい。

《もう、会いたくない。メールもしてくるな》

 無視をされ続けるくらいなら、ひどいメールをくれたほうがいい。瑣末な優しさは逆にあたしの心に矢をさす。チクリと刺さる矢が、チクリとするうちはまだ会えるかもとどこかで期待をしているからだと自負をする。

 メールを待つわたし。彼は無視をする。理由がわからないからまだ彼の残像が頭からこびりついて離れないのだ。

 彼はベッドであたしをとてもぞんざいに扱った。彼と会った翌日は、そこらじゅうが青あざだらけになっていた。噛まれ、首を絞められ、失神をし白目を剥いたこともある。行為が徐々にエスカレートし、あたしはいつのまにか、彼とのアブノーマルな情交に溺れていった。

「痛い、ダメ、いや、」

 決まって吐いた台詞だったけれど、あたしの心中はその単語の対義語だった。

「もっと、強く、いじめて」

 彼は寡黙にあたしを虐めた。髪の毛を鷲掴みにし、いきり勃つものを喉の奥まで咥えさせた。おえっ、何度も嗚咽交じりの声音を吐き、胃液も吐いた。彼はとても満足そうにあたしを見やり、両の手で首を絞めた。

「こう、されたいんだろ?」

 薄明かりの中、にたりと見せる白い歯にあたしは戦慄を隠せないでいた。彼の悦を帯びた顔が見れるのならば、なんだって出来る。殺されてもいいとさえ思った。バックで突かれ、自分の髪の毛が雨のように降ってきて、その光景にいちいち興奮をした。

「なんで、こんなにあたしをひどく扱うの」

 ベッドに大の字で寝ている彼の顔を覗きこみながら訊ねる。行為が終われば彼はあたしの上司に戻る。素の編集長に。外注デザイナーだったあたしは、雑誌の編集長をしている彼の雑誌を作成したのだ。そのような出会いだったから尚更彼に夢中になった。

「んー、」

 彼は唸る。腕を自分の頭の下に敷いて、まくら代わりにしつつ、話を続ける。横顔。

 見とれてしまうほどいい男だった。

「なんか、あやを見ると虐めたくなる。わからない。俺、本当はこんなんじゃないんだよ。そう、そう」

 は?なにそれは?

 あたしは、屈託無い形相を向け、小さく笑う。あたしのせいなのだろうか。彼はあたしがひどく扱われることを望むので無理をして虐めているのだろうか。

「好き」

 そうっと呟くも、彼は天井を見つつ、言葉を発しない。

 わからない。自分を見失いかけている。ぼそっと言ったことをせつな思い出す。

 彼とのメールのやり取りをなかなか消せないでいる。

 自然消滅ほど辛いものはない。

 彼はあたしから逃げたのだ。

 それが優しさならば、それは違う。


 拷問だ。あたしはまだ、彼との術が忘れられず、彷彿しては布団に潜る。

 自分で自分の首を絞める。

 ちっとも苦しくはない。彼の大きな手で、彼の歯で、全てを壊されたいあたしがいる。

 長い夜が明ける。

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しぜんしょうめつ 藤村 綾 @aya1228

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