友人に報告だ! 2 (回想)
「ふぁーーーーーーっ!?」
タカラが「ヨメが欲しい」と叫び、その声に応えるように目の前に長年心の中にいた恋の相手が現れた。
そんな有り得ない現象にタカラの脳は混乱に満ち、膝から力が抜けてよろめいてしまう。
「ぁぁぁあああっ!?」
結果足がもつれて椅子に引っ掛かり、絶叫しながらタカラは背中から派手に倒れ込み――そうになったところで、少女が自分に向かって手を伸ばしたのが視界に入った。
「ウルテ!」
次の瞬間、タカラの身体は床から浮いていた。
「ひえっ! えっ、ええぇ!?」
日常では中々感じない無重力にタカラが驚愕していると、勝手に身体が宙で体勢を立て直し床に足から着地する。
明らかに物理法則に反する動きをした己の身体に更に混乱するタカラに、少女は心配そうに手を伸ばしたまま「大丈夫?」と問いかけてきた。
反射的にこくこくと頷くと、ほっとしたように微笑む少女。
その慈しみと自分に対する愛情に満ちた微笑みに、タカラの心臓は撃ち抜かれた。
「……ない、これは、ない」
そして確信した。『これが夢』だと。
いくらなんでも、ここまで自分の都合のよい現象が起きるわけがない。ついでに言うと人は宙に浮かないから、夢に間違いない。
そう考えての呟きだったが、視界に入ったままの少女がタカラの言葉に瞳を潤ませくちびるを噛みしめたことに息を飲んだ。
「――ごめんなさい」
「えっ、何でいきなり謝るとですか?」
苦しそうに服の上から胸を押さえて俯く少女。弱々しい声での謝罪に、タカラは展開についていけない。ただ、悲しそうな少女が見ていられず、今度は自分が彼女に向かって手を伸ばした。
が、
「だって」
顔を上げた少女の次の言葉に、タカラの手はピタリと止まる。
「さっきの『ない』は、『私をタカラのお嫁さんにする気はない』ってことでしょ」
ずっと心の中では微笑みしか浮かべていなかった少女の、そんな悲痛な表情を見るのははじめてで、タカラはそのままぴしりと硬直した。
そんなタカラを見つめながら、少女の言葉は尚も続く。
「私にはタカラしか運命の人はいないけど、タカラは人間だからそうじゃないもの。
こうしてタカラの力を借りてこの世界に来れたけど、ずっといられるわけじゃないし。
それなのに先走って『お嫁さんになってもいいですか』なんて、無理言っちゃったから。
だから、ごめんなさい」
一息に謝罪の理由の述べると一度言葉を切り、涙が溢れる直前の瞳で見つめてくる少女。
その濡れた藍紫の瞳に間抜けな自分の顔が映っている。しかしそんなことは些細なことだ。聞き捨てならない言葉の数々に、タカラは何とか少女を制止しようとする。
だが、少し遅かった。
「……『チェンジで』って言っていいよ、タカラ。
私には代わりの子は用意できないけど、人間は――日本ではそう言ってプロポーズを断るんでしょ?」
耐えるように笑みすら浮かべてとんでもない勘違いをする少女に、
「ちょまちょまちょま、ちょっと待つ!
なんか色々間違っとる!!」
タカラは両手を大きく振りながら誤解を解くべく、必死に口を動かした。
「プロポーズをそんな鬼畜な断り方する男はいないし、そもそもそれ違うから! くわしく説明は出来ないけどとにかく違うから!」
この際、夢かどうかは後回しだ。
自分の発言で少女の表情が曇ることも心苦しいが、それ以上に断られると思い込んでいる少女の誤解を今すぐに解きたかった。
「そもそも君の申し出を断るつもりはない! ミクロもない!
だって――」
一度言葉を切り大きく息を吸う。
そして、少女をしっかりと見据えて叫んだ。
「俺がヨメにしたいの君しかいないんだからっ」
タカラの告白に少女の目が大きく見開かれ、ぽろりと涙が一滴頬を伝った。
「……ほんとに?」
「ホントで本気で本心で!
俺は君が好きだ!! 君がヨメに欲しくて叫んだんだ!!」
恥ずかしさなんてなかった。
ここで自分の気持ちを伝えなければすべてが終わる。
そんな予感に後押しされて、タカラは長年の想いを少女にぶつけた。
すると、
「――タカラっ」
憂いから一転、花の咲くような笑顔になった少女がタカラに抱きついてきた。
「わっ」
咄嗟に足を踏ん張るが、タカラの予想に反して信じられない程軽い衝撃と共に少女の身体が密着する。
首に回される華奢な腕。少女の動きに合わせてタカラを包み込む甘さを含んだ花の香り。服の上からでも分かる少女の大きな胸が、その柔らかさと早鐘のような鼓動の音をタカラに伝えてくる。
(あ、これ夢じゃない)
柔らかさと温かさを兼ね備えた少女の身体を受け止めながら、タカラは自分の鼓動も少女と同じように限界まで早くなるのを感じた。
痛みではなく心地よさで現実だと悟り、タカラは抱き締める腕に力をこめる。
「俺と結婚してください」
求婚の言葉はごく自然にタカラから溢れた。
「――はい。喜んで」
少女の返事もまた流れるように自然なものだった。
タカラの中で、既にうろ覚えになっている両親が嬉しそうに笑う。
(家族――俺の、家族ができるんだ)
大学は辞めて就職するべきか。休学にしてバイトしまくって当面の生活費を稼ぎ、きちんと卒業して新卒採用を狙うか。とりあえずこの下宿から引っ越して二人の新居を探さないと。
惚けた脳は早くも結婚生活に思いを馳せる。が、タカラは慌ててそれを断ち切った。
(待て待て待て、浮かれるのはまだ早いっ)
少女の誤解が解けた今、先程『些細なこと』と頭の片隅に追いやっていた疑問がたちまち膨れ上がっていく。
「ごめん、結婚の前にいくつか確認なんだけど」
「?」
タカラは首を傾げる少女の肩に手を置くと、矢継ぎ早に問いかけた。
「運命の人? 俺の力? この世界? ずっといられないって何?
あと名前! 俺の名前は知ってるみたいだけど、君の名前はっ?」
最後の質問は本来なら真っ先にするべきだったのに、あまりに非現実的な展開に思考はそこまで及んでいなかったことに漸く気付く。
思いつくままの問いかけだったが、それでもタカラの腕の中で少女は気を悪くした様子もなく順に答えを述べてくれた。
だが、
「私たち魔族にとって、結ばれる人は生まれた時から決まっているの。その相手が『運命の人』。
タカラが描いた絵――そこに込められた想いと魂からの叫びを触媒に、私はこの世界に渡れた。こうして触れ合えるのもタカラのおかげ。
世界渡るっていうのは文字通りこの世界とは別にもう一つ世界があって、私はそこから来たの。魔界っていえば分かりやすいかな。
だから、今のままじゃこの世界に長時間留まれない。この世界の存在じゃないから」
「…………」
あっさりとした少女の答えの羅列から、更に新たな疑問がタカラの頭を破裂させる勢いで湧き出てくる。
それでも口を挟まなかったのは、タカラが一番聞きたい答えをまだ得ていないからだ。
そして、少女のくちびるからタカラの最後の質問に対する答えが紡がれた。
「ラティスティリア。
それが私の名前。
タカラにはラティスって呼んでほしい」
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