第2話 21世紀に復活

 

 その頃、時空に放り出された鬼龍は、渦巻く時空内を飛んでいた。いや、さ迷っていたのだが、やがて七色に輝く出口らしい個所が見え始めた。

「あれは出口らしいな? よしっ、出るぞ!」

 迷わず、その箇所を目指し突き進んだ。

『キィン・キィン・キィン!………・・・ピカッ! シュバッ!………・・・』


 そして鬼龍は、目映い閃光と衝撃音と共に、21世紀の二〇XX年に甦った。

雨が降っていた。

『どうも、あそこから無事に出られたようだな?……』

 しかし、風体は裸足で、依然囚人の時着せられたままのぼろぼろの着物、そして髪はざんばら髪で、髭も伸び放題であった。

 風呂にも入っていなかったので、強烈な臭いを発していた。

「ここが後の世なのか?……」

 あたりは夜で、目の前には、見た事のない箱状の荷車が猛スピードで、目映い光を発して、次々と水しぶきを上げ、鬼龍の前を通り過ぎて行った。

『バシャッ! バシャッ!』

「冷たっ! 今のは何なんだ? しかし、ここはいったい何処なんだ?……この硬い地面は石なのか?」

 外は雨で寒く、鬼龍の足と体は冷え身震いした。

「冬か? 少し寒いな……」

 周りは、夜なのに昼のような明るさでびっくりしながらも、よたよたと歩き続けた。


『……? ゆきが近くにいる!』

 突然、守るべき相手のゆきを、徐々に体が感じ始めた。

 反応する方向に目を向けると、道の反対側に傘をさし、レインコートを着たゆきが歩いていた。

「あれが、ゆきか? 鬼鷹よりも若いが、思っていたより少しぽっちゃり系だな、少し痩せれば俺好みの、いい女になるかも? いかんいかん、俺としたことが……だが、変わった着物を着ているな」

 しかし、その後を秘かにつける男がいた。ゆきを以前から付け回すストーカーである。

『あの後ろにいる奴は何者だ? まさか……』

 やがて、ゆきのマンション近くの薄暗い場所に来たところで、ストーカー男は突然、襲って来た。

 ゆきは悲鳴を上げた。

「キャー! なぜ私を?」

「なぜだと、俺はやせ形はこの身じゃないんだ。ふっふっふっふ……」

 調子に乗った男は、臀部に手を伸ばしてきた。

「きゃー! やめてー」

「こ、これはまずいぞ。なんとかしなくては……」

 鬼龍は危ないと思ったが、足がどういう訳か、思うように動かなかった。

 それは、長く裸足でいたせいか、極端に足が冷えていた為であった。


「やめろ!」

 鬼龍は大声で叫び、あわてて道路をよたよたと渡り、間一髪でゆきから男を跳ね除けた。

『やー、ガッツン!』

「汚なっ、臭っ!」

 男は一瞬ひるんだが、余り痛手は負わなかった。

「誰だ? 浮浪者のようだが邪魔するな! 臭い乞食爺は引っ込んでろ!」

 すると、ストーカー男は鬼龍に対して、殴る蹴るの暴行をしてきた。

『ドスッ! ドスッ! ゴツッ! ボコッ!』

『なにっ! 誰が爺だと?……だが、なんか体がおかしいぞ? いつもなら、この程度の攻撃は瞬時に避けられたはずだが……』

 爺呼ばれをされた為、少し腹が立ったが、どういう訳か力が出なかった。

「やめろ! スケベ野郎……おまえはかどわかしか?」

 やはり、鬼龍は体が思うように動かず、しばらく、されるがままになった。

『ドスッ! ボコッ!』

『痛っ! やはり、おかしいな? しかし、なんという事だ。ゆきを守る為に、はるばる来たというのに、やられっぱなしだなんて、なんと無様な…………』  

 そう思いながらも、鬼龍はストーカー男を睨みつけ、持てる力を振り絞り突進し、めいっぱい殴りつけた。

「やー、ゴツッ! ボコッ! バチッ、バッチン!」

「痛っ、くそっ! 乞食爺が出しゃばりやがって、覚えていろよ!」

 男は捨て台詞を言って逃げて行った。

『……なんか体が痒くなって来たぞ。まさか、奴の虱が移ったのか? とんだ災難だったが、このままでは済まさないからな。あー、痒い痒い』


 力を出し切った鬼龍は、打撲と息切れで道路に倒れた。


『はーはー、はーはー、だが、なんてざまだ……こんな姿、鬼鷹には見せられないぞ』

 鬼龍は不甲斐ない自分を責めた。

 呆然とゆきは、その様子を見ていたが、危機が去ったにも拘らず怖くなっていた。

「怖い……」

 なぜなら、鬼龍の男を睨んだ目が怖かったのであった。


『なんでこんなに俺は弱いんだ? 鎧兜など盾と剣は何処にあるんだよ。挙句の果てには爺呼ばわりされて、あの約束はどうなったんだ?…………

 話が違うじゃないか? あの老人に騙されたという事か?』

 悔しそうに鬼龍は思った。

 その時、心配そうにゆきが鬼龍の元に駆け寄って来た。

「大丈夫ですか。お爺さん」

 倒れていた鬼龍に声をかけてきた。

『俺はそんなに爺かな? まあ、髪と髭は伸び放題だから仕方ないか』

 鬼龍は薄笑いしながら、立ち上がろうとした。

 ゆきは大変ありがとうございましたと言いながら、倒れていた龍をそっと、起こして介抱してくれた。

「すまないな。よっこらしょっと」

 その時、悪臭と加齢臭がゆきを襲った。

『この臭いは……』

 しかし、雨で着物もどろどろになった鬼龍を見て、優しく言った。

「私の家に来てください。怪我をしているようだし、このままでは風邪をひいて病気になりますから」

「いいのか? 俺が怖くないのか!」

「何言っているの? こ、怖くなんかないですよ」

 ゆきは少し怖かったが、そう言うほかなかった。

「そうか、そんな事言われたのは初めてだ。それより、ゆき様お怪我は?」

「えっ、なぜ名前を?……」

 ゆきは首を傾げ、少し疑問視した。

 そして、鬼龍をゆきの住むマンションまで、連れて行ってくれる事になった。

『だが、このゆきという女は恥じらいという事を知らないのか? 余りにも着物の裾が短すぎるぞ。寒くはないのか?……』 

 鬼龍は剥き出しの足を見て、目のやり場に困った。

『まあ、いいか……寒いしついて行ってみるか』


 エレベーターに乗り、鬼龍は五階のゆきの家に入れてもらった。

『しかし、今の乗り物は何なんだ? 階段じゃなかったぞ。夜なのに部屋は明るいし、どうなっているんだ?』

 疑問はそこら中にあった。

『どうなってる、畳がないぞ……板の間ばかりだ。貧乏という事か? いや違う、ごちゃごちゃと見た事もないものが、そこら中に溢れているからな……』

「ごめんなさいね。片付けしてなくて……でも、あまり見ないでね」

 部屋はまだ温まってなかった為、鬼龍は濡れた着物のせいで、ぶるぶる震えていた。さらに、足も泥だらけで、床が汚れる恐れがあり躊躇した。

「ちょっと待ってください。ど、どうしようかな? そうだわ……』

 ゆきはその様子と震えている鬼龍を見て、エアコンを作動させた後、風呂を勧めようとやさしく言った。

「すぐにお風呂に入って、温まってください」

 そう言って、新聞紙を廊下にパラパラと引きつめ道を作ると、その上を歩かせ風呂に案内した。そして、バスタブに湯を入れ始めた。

「さあ、こっちですよ」

『なんて、優しい子なんだ……』

 断る事もできたが、なにぶん長く風呂にも入っていなかったし、着物も囚人用のぼろぼろの出で立ちであった為、鬼龍はその厚意に甘える事にした。

『変わった風呂だが、遠慮なく入らせていただこう』

『ザバッ、ザバッ、ザブン!』

 風呂に入りながらもいろいろ考えてみると、不思議な事ばかりだった。

「湯は何処で沸かしてるんだ? 風呂におかしな形の白い井戸があるしな?……しかし、なんで風呂と井戸が同じ場所にあるんだ?」

 鬼龍は不思議というか戸惑っていた。

「ふぅ~っ、暖かい風呂に浸かったせいか、足の動きが幾分良くなったようだ。これは助かったぞ」

 久しぶりに見た事もない風呂に入り、今まで付いていた垢を落としたが、浴槽は垢だらけになっていた。

 これはまずいと、慌てた自分が鏡に写った。

「地獄で会ったような爺じゃねぇか。どうしてここに?」

 その時、鬼龍は気づいた。

「俺だ。この爺は俺なんだ。そうか、だからゆきは部屋に入れてくれたんだな」

 爺さんで良かったかもと苦笑しながら、風呂からあがったが、着るものがなかった。

「ふぅ~、久しぶりの風呂で生き返ったぞ。えっ、着物と下帯がないぞ! ど、どうしよう……」

 裸でどぎまぎしいていると、脱衣所の隅に新しい下着と服が置いてあるのを見つけた。

『変わった着物だが、とりあえず御厚意にあずかろう。このままでは出られないからな』

 鬼龍はその服を着て脱衣所から出ると、ゆきに丁重に礼を言った。

「ゆき様、大変助かりました。本当にありがとうございました」

「ぴったりで良かったわ。亡くなった父の服ですが、まだ残してあったので、それで代用してくださいね。あのぼろぼろの臭い着物は捨てましょうね」

「は、はい。あのう、喉がからからで水を所望したいのだが……」

 すると、ゆきは冷蔵庫からペットボトルの水と缶ビールを取り出した。

 そして、コップに注ぎ、老人の鬼龍に差し出した。

『な、なんだこの茶は? この色と泡は、まるで小便だぞ。仕方がない、せっかくの御好意だ。試しに飲んでみるか……』

 鬼龍は恐る恐るコップを手に取り飲んでみた。

『冷たっ! 冬だというのに冷たい茶を出すとは、まったく気の利かない子だ。まあ、いいか』

『ゴクッ!』

「プハッ! はらわたに染み亘ったぞ。しかし、なんという美味さだ。スカッと晴れ晴れしたぞ……」

「お気に召したか? ビールというお酒なんですよ。でも、風呂上りの一杯は最高に気持ちがいいでしょう。私も時々飲んでいるんですけどね。ふふっ……」

『こんな酒があったなんて驚きだ。もし、鬼鷹と飲めれば、さぞ美味かっただろうに、残念だ……』

 鬼龍は、地獄の崖で離ればなれになっていた、元カノの鬼鷹を思い出していた。

 ふと窓から外を見ると、スカイツリーや高層ビル群の美しい夜景が広がっていた。

「なんと後の世は、夜がこんなに綺麗だとは、夢にも思わなかったぞ。だが、このギヤマンらしい透明の板は誠、外の冷気を遮断し、この部屋は実に暖かいではないか……」

 その内鬼龍は、久しぶりの低アルコールのビールで酔いが回り、眠気が誘い眠たくなってしまった。

「あー眠い……」


 結局その夜は、夕食も食べさせてもらい、擦り傷など手当てもしてもらい、泊めてもらう事になった。

 後に鬼龍が井戸だと思いこんだものは、便所だと教えてもらった。

『ふっふっふっ……いい臭いのする便所だったとは?……』

 そして、外は寒いはずなのに、部屋は不思議な事に暖かかった為、心地よく眠れた。


 翌日、目覚めると朝食が用意されていた。

「あ、朝か? よく寝たぞ……」 

「お目覚めのようですね。さあ、朝食を召し上がってください。私ダイエット中で、こんなものしか用意できなくてごめんなさいね」

『ダ、ダイエット中? 何の事だ……』

 テーブルにはトースト二枚とサラダ、目玉焼き、ハム、オレンジジュース、ホットコーヒーなどが並べられていた。

『これが後の世の朝飯か? この黒い飲み物は何だ? 茶らしいが飲んでみるか……』

 鬼龍は初めて見る朝食に興味を持った。

「熱っ! 苦っ! なんだこれは?」

「あっ、ごめんなさい。ミルクと砂糖を入れると美味しく飲めますよ」

「そ、そうか……」

 なんとか朝食を食べ終わったが、いつまでもここには居られないと思った。


 鬼龍は帰り際「夕飯と朝飯までごちそうになりまして大変ありがとうございました」と、礼を言い、一つ気になっていた事を聞いてみた。

「あの風呂の横にある便所なんですが……横にある突起をなんだろうと触ったら、お湯が下から出てびっくりしてしまいましたよ。しかし、どうして風呂と便所がすぐ横にあるんですか?」

「あ、あれは普通なんですよ。ワンルームマンションだから、トイレと風呂は同じ一つの場所にあるのですよ」

 でも、シャワートイレの事を聞くのは、恥ずかしかったのか、話を濁すというか、飛ばして答えた。

 鬼龍は半分納得して、部屋を出る事にした。

「ちょっと待ってください。外は寒いからこの上着を着てください」

 ゆきはそう言って、黒の革製ジャンパー、帽子、靴を鬼龍に手渡した。

 鬼龍は丈夫そうな黒の革製上着を気に入り、喜び笑みを浮かべた。

「これが後の世の着物か? 中々、着心地が良さそうだ。やはり、俺には黒がお似合いという事だな……」

 そして、帰り際に、ゆきにこう言った。

「あなたがもし、危険な時、困った事があったら、心の中で龍と呼ぶか、叫んでください。絶対、助けます。いや助けが来ますからね」

「は、はい……でも、もうホームレス生活は卒業した方がいいですよ」

 ゆきは最初に鬼龍から発する悪臭で、浮浪者だと思っていた。

『ホ、ホームレス、何の事だ?……』

「では、また呼んでくれ、去らばだ!」

 そう言って、鬼龍は部屋を後にし、まだ行くあてもなかったが、閃光と共に、時空に吸い込まれ影となって消えた。

『キィン!…・・・ピカッ! シュバッ!』


 鬼龍は傷の手当てと、暖かい部屋に泊めてもらい、食べ物や服と靴も貰い、助けるはずが逆に助けて貰うなんてと、笑ってしまった。

「はっはっはっはっはっ……」

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