影の守り人・シャドゥマン-Ⅹ

朝田 昇

第1話 盗賊団の結末と、地獄への入り口

 

 今からおよそ三〇〇年前、江戸中を荒らし回る、頭の鬼虎率いる十人組の盗賊団がいた。そして、畜生働きで恐れられていた、残虐非道の盗賊団一味であった。


 手下の鬼龍もその仲間で、押し入った店では多くの人達を傷つけ、金品を奪い取っていた。

 頭同様、厳つく怖そうな強面で剣の使い手でもあった為、手下達にも一目置かれ恐れられていたが、内心は殺戮を嫌っていた。

 それは、元カノの鬼鷹も同じであった。

 しかし、他の手下達の残虐行為には目をつむり見逃していた。


 そして、残虐非道で知られた盗賊団は江戸中に恐れられ、火付盗賊改方及び、奉行所も必死で捕らえようと探索していたが、未だに捕えられない事態が続いていた。


「おのれ盗人どもめ、断じて許さんぞ! 覚悟しておけ! だが、定廻同心は何をしておる。不甲斐ない奴らめ」

 奉行も苦悩の中、怒り心頭であった。

『このままでは、江戸庶民は安心して暮らせないではないか! 絶対捕らえ裁きにかけてやるぞ』

 その為、与力や同心達を集め市中見回りの強化を命じた。

『これで手配りは終わった。後は待つのみだ……』


 その頃、盗賊一味は秘かに隠れ家に潜んでいた。

「くそっ! そろそろ、仕事を始めたいが、火盗改と奉行所の奴らがうろうろし、無茶厄介だ!」

 隠れ家に潜んでいた、頭の鬼虎は非常に機嫌が悪くなっていた。

「酒だ、酒だ!」

 毎日、酒と博打に明けくれ、酒は浴びるほど飲み、徳利を蹴飛ばし、イライラ感で吸っていた煙草のキセルを投げつけ荒れていた。

『くそ! 面白くないな……』 

『ガチャン、カチン!』

『もう限界だ。近々仕事に取り掛かるぞ!』

 酒の臭いをぷんぷんさせながら、鬼虎は鬼龍ほか手下達に檄を飛ばした。

「お頭、まだ早いのでは?」

「やかましい鬼龍! 俺の刀が血を吸いたいと、震えているのが解らないか!」

『何、言ってんだ頭は……』

 実際鬼虎は、今でいうアルコール中毒に陥っていた。

 その為、鬼虎は鬼龍の助言を一切、聞き入れなかった。

『馬鹿なっ! まだ早いというのに……』


とうとう鬼虎は、痺れを切らして立ちあがった。

「さあ、決めたぞ。手配りはすでにできている。思う存分暴れてやろうぞ」


 ある夜半、待ちかねた鬼虎達は遂に、かねてから狙いをつけていた、江戸一番の廻船問屋に押し入ろうとした。

「さあ、おつとめだ!」

 鬼虎は久々の仕事の為、意気込んだ。

『あー、もうこんな仕事は抜けたい……』

 鬼龍は気の乗らないまま、仲間と共に同行した。

 鬼鷹も内心、そう思っていたが、鬼龍とは以前から不仲になっていた為、相談はしていなかった。


 そして、数カ月前から店に住みこんでいた、引き込み役の女、鬼狐(鬼虎の情婦)が内側から鍵を開け、仲間の盗賊達を引きいれた。

「いいか、いつものように、遠慮はいらねえ。皆殺しですべてを奪え!」

 にやにや笑みを浮かべながら、頭の鬼虎は九人の手下に叫んた。

 それは、根っからの悪党の言葉だった。

「金蔵の錠前を開けろ! 早くしろ!」

「ひえ~、命ばかりはお助けを!」

「ええい、うるさい!」

 鬼虎は刀を首に突き付け、無理やり主人を金蔵に連れて行き、鍵を開けさせた。

『カチャカチャ、ガチャッ』

「よし、もうお前は用済みだ。死ねっ!」

『ズバッ! グサッ!』

 鬼虎と手下達は主人夫婦、番頭、手代、丁稚、女中の奉公人達を容赦なく斬り殺して行った。

『バシュッ! グサッ! ズバッ!』

「お、お助けを……うわー! キャー! ギャー!………・・・」


 手下の鬼龍も略奪をしていた。が。不意に、微かな音を聞きつけた。

『ガタ、ガタッ』

「な、なんだー?」

 鬼龍が押入れを開けると、店の娘らしい小さな女の子が脅えながら、隠れているのを見つけた。

『こんなところに……』

 条件反射のように、鬼龍は刀を振り上げたが、思いとどまり、気づかなかったふりをして、そっと押入れの戸を閉めた。

『スースススーカタッ』

「こっちには誰もいねえ。さっさと千両箱奪って引き揚げるぞ!」

 仲間達に檄を飛ばして、その場を後にして去った。

 鬼龍は怖い顔には似合わず、少し優しい心を持っていた。


 しかし、店を出た時、探索中だった奉行所の捕り方達が駆けつけて来た。

「御用だ! 御用だ! 御用だ! 南町奉行所の者だ!」

 御用提灯の明かりと役人の十手が、一斉に盗賊一味に向けられた。

 突棒を持った捕り方達は、次第に周りを包囲して、逃げ道を閉ざしていった。

「逃すな、呼笛を吹け、逃げ道を塞げ!」

 呼笛が一斉に吹かれ、その音が周辺に轟いた。

『ピー…・・・ピー…・・・ピー………・・・』

「くそっ、取り囲まれたぞ!」

 盗賊団は予想外であった為、戸惑いひるんだ。

「お前達はもう、逃げられないぞ! 紳妙に縛に付け! 手向かいするなら切るぞ!」

 大勢の捕り方達は、はしごと荷車で逃げ道を塞ぎ叫んだが、一味は動じず、反抗体制を取った。

「そうはいくか! 返り討ちだ! 捕まえられるなら捕まえてみろ! いいな皆、無様に捕まるなよ。よし、逃げるぞ。散らばれ、散らばれ!」

 盗賊一味は、あくまでも手向かいし、逃げうせるつもりだった。


 しかし、陣笠と陣羽織を着た奉行も馬で駆け付け、抵抗する一味を鞭で振り払った。

『バシッ! バシッ! バシッ!』

「逃がすな、一網打尽だ!」

 それは一味にとっては、戦意消失のきっかけにもなるのであったが、逆に取り方達の意気が上がった。

「くそっ! 奉行まで来やがったぞ」


 出遅れた数人の火盗改方も駆けつけ、刀を引き抜き、盗賊団一味を捕らえようとしたが、奉行自ら捕り者に集中している姿を見て、もはや、口出しも出来ず出る幕はなかった。

「くそっ、先を起こされたぞ!」


「蹴散らせ、蹴散らせ! 切れ、切れ、切れー!」

『カキィン! カキィン! カキィン!』

 捕り方の熊手と刺す股そして、数多くのはしごが一味を襲った。

『やばい、これは逃げ切れないぞ』

 鬼龍と鬼鷹も捕り方達の突棒と袖がらみを振り払いながら、捕まらないぞと必死で抵抗した。

『カキィン! カキィン! カキィン!………・・・』


「悪党ども、まだ手向かいするか、往生際の悪い奴等め!」

「役人達は十手から刀に持ち替え、切り捨てても已むなしと判断した。

 しかし、必死で盗賊一味は捕まらないぞと、刀を振り回し抵抗してはいたが、あまりにも捕り方達が多く逃げ切れず、ついに頭の鬼虎達盗賊団は、鬼龍も含め一味全員、奉行所の捕り方達に取り押さえられ、遭えなく捕らえられてしまった。

「いいか、一味の者すべて捕えろ! 一人も逃すな!」

 陣羽織の奉行は、馬に乗ったまま鞭を振り、捕り方達に命じ叫んだ。

 結果、一人も逃げられなかった。

「くそっ! これで年貢の納めなのか?」

 大捕り物の結末は、言わずと知れた事だった。

『あーあー、だから言わんこっちゃない……』

 鬼龍だけは、危ないおつとめだと思っていた。


 一味全員、牢獄に押し込められたが、そこは臭い悪臭が漂い、鬼虎達にとっては最悪だった。

「なんだあー? この牢はまるで肥溜めだぞ。それに蚤もいそうだぞ。うわっ! 早速、噛まれたぞ」

 蚤と虱の牢は、湿気が多く薄暗く狭くて居心地は悪かった。

『ブゥ~、プウ~ッ………・・・』

「誰だあー? 屁をこいたのは……あー臭っ、もう勘弁してくれよ」

「わしだ、文句あるのか!」

「い、いいえ、お頭……」

 ただでさえ臭い牢獄は、さらに臭くなった。


 数日後、伝馬町の牢獄から、一味は奉行所の裁きの場へと引きだされた。

「おーやっと、肥溜めの蚤と虱地獄から抜け出しだぞ。あー痒い痒い」

 しかし、それが最後の沙婆だった。


『ドン・ドン・ドン……』

「南町奉行、大岡越前守様、御出座あ~!………・・・」


『やっと、この時が来たか……待ちかねていたぞ』

 奉行は一瞬にやりとし、裁きは始まった。

「これより、数々の押し込み惨殺事件について吟味致す。一同、面を上げい……」

「へへ―い……」


 奉行は温情裁きで、江戸庶民から慕われていたが、調書を読み上げながら、盗賊団一味を睨んだ。

「どうだ、牢の居心地は良かったか? だが、もう二度と戻る事はないぞ。ふっふっふっ」

『えっ、どういう意味だ?』

 一味全員そう思ったが、裁きの刑はすでに死罪と決まっていた。

「調べによると、おまえ達の所行は残虐で、畜生にも劣る不届き至極の振る舞いに付き、何の情状酌量も許されない。したがって、極刑を覚悟せい!」

「御奉行様、まだやったとは認めていませんし、それはないでしょうが……」

「黙らっしゃい悪党ども! 問答無用。この期に及んで誠、見苦しい奴らだ。既にその方らの卑劣極まる大罪は明白だ。もはや、聞く耳持たん! あきらめるんだな。それでは裁きを言い渡す!」


 お白州に引き出された盗賊達十人には、即座に全員引き回しの上、内首、獄門さらし首の刑に処するという、最も重い刑が奉行から言い渡される事となった。


「お、お頭……」

「もう、遅い、あきらめろ! 地獄で会おうぞ」

 当然の裁きであった為、盗賊団一味十人は、がっくりと項垂れ覚悟した。

「引っ立てい!」

「くそっ、奉行め! 子々孫々まで祟ってやる……」

 鬼虎はジタバタしながら捨て台詞を残し、引っ立てられていった。

 それは、江戸中を荒らし回った残虐非道の盗賊団一味の最後を意味した。

「これにて一件落着………・・・」


『ようやく決着がついたぞ。ふぅ~……』

 一息ついた奉行は、これで江戸庶民が安心して暮らせると思った。


 早くも翌日、その刑が執行される事となった。

『あーあー、やっぱり最後はこうなるよな……』

 鬼龍は愚かだったと、すでに覚悟を決めていたが、それは、鬼鷹も同様に思っていた。

『何処で間違えたのだろうか? もし生まれ変われるなら………・・・』 


 そして、江戸中を騒がし、荒らしまわった極悪人の処刑という事で、小塚原の刑上まで引きまわされた。

「し、死にたくねえ、助けてくれ!」

 手下達は最後の悪足掻きをし、恥をさらしていた。

「人殺しー! 悪党、ざまあ見ろー!」

 怒号が飛び交う中、大勢の見物者にさらされ、鬼龍を含む一味全員公開処刑された。


 盗賊団一味のこの世との別れは、実にあっけなかった。


*          *          *


 一体、どのぐらいの時が経ったのか…………

 ふと、鬼龍は気がつくと、崖にへばり付いた状態であった。

『ここは何処なんだ……俺は処刑されて死んだはず? おっ、首が繋がっているぞ。だが、ここはなぜ暑いんだ? まるで蒸し風呂だ……』

 周りを見渡すと、同じような状態で、大勢の人間が必死に崖に掴まり、下に落ちるのを堪えていた。

 しかし、何人かは堪えきれず、下に落ちていくのが見えた。

「うわ―っ!………・・・」

 鬼龍も必死に下に落ちないように、崖に掴まっていたが、周りを見渡すと、盗賊の頭である鬼虎や手下達も同じく、崖に必死に掴まっている様子が見えた。

 しかし、もう皆、体力の限界状態で下に落ちる寸前だった。

「お頭ー、ここはいったい何処なんだ? 助けてくれ!……」


 崖から下は、油が煮えたぎった池があり、そこに大勢おぼれ、もがき苦しんでいる。

 その周りは、血の池や針の山などが連なり、大勢のうめき声が聞こえ、やはり同じような光景だった。

「く、苦しい~………・・・」

「助けてくれ―………・・・」

 まさに、地獄絵と言って良いほどの状態であった。

『やはり、ここは地獄か?……』


 それは、下は熱湯地獄、上は天界という事であった。


 谷底の煮えたぎった池からは、油が時折崖の近くに飛び散ってくるが、鬼龍はもう体力の限界で、崖から手が離れてしまった。

「も、もう駄目だ!……」

 が、次の瞬間、誰かが鬼龍の手を掴んだ。

「掴まれ!」

 そして、崖の窪みにまで引き上げてくれた。

『えっ、誰だ?』

 助けてくれたのは、仙人のような髭を生やした謎の老人だった。

『な、なんだーこの爺は?』

 鬼龍が、礼を言おうとした。が、それを遮り、老人は鬼龍に話しかけてきた。

「私は天界の神の使いだ。今は名前を明かせないが、一応Xとしておく。時期が来ればすべてを明らかにしたいと思っている」

 謎の老人は天界の神の使いⅩと名乗った。

「なにっ! 神の使いのXだと? おかしな名前だな……」

 謎の老人は敢て名前を伏せ、Xと呼ばせる事にした。

「私は神から権限を与えられている。したがって、おまえをこの地獄の入り口から救い出してやれる」

「ほ、本当か?」

「ああ、本当だ。が、しかし、その代償として、ある使命を果たしてもらいたい」

 謎の老人Xは条件を出した。

「使命?」

 Xは話を続けた。

「おまえは生きている間、残虐な殺戮を見逃し繰り返してきた。よって、地獄へ落ちるはずであったが、一度だけ善い行いをした。だから、一度だけチャンスが与えよう」

「一度だけ善い行いをした?」

「記憶にないか。それも良いだろう。しかし、あの時、おまえがあの娘を助けたのがきっかけで、後の歴史に大きく関わってくるという事だ。したがって、おまえは 最後まで責任を取らなければならない。

 いいか、勘違いをするなよ、おまえがあの娘を助けた事により、後の世は良い方向に向かっているという事だ。

 もし、あの時、娘の命を奪っていたら、後の世は地獄の帝王に好き勝手に支配されていたに違いない。あの子の子孫は、後の世では救世主になるのだ」

『後の世だと?……』

「しかし、おまえが助けた娘の子孫が、地獄の帝王からの残虐な使者より、難が次々降りかかる恐れがある。

 だから、おまえは、影となれ。そして後の世で、あの娘の子孫である、ゆきという名の娘を見守り、危うい時には守り助けるのだ」

 謎の老人は使命を与えた。

「はあっ? その子孫とやらを守りたければ、あんたがやればいい」

 鬼龍は何を今更と思っていた。

「まあ、そう言うな、話は最後まで聞け。今まではわしが陰から子孫たちを守って来た。が、年をとり過ぎ、体力も衰えてしまった。だから……」

「俺が守れと。嫌だと言ったら?」

「あの蒸し風呂状態の崖に逆戻りだ。いずれ釜茹で地獄に落ちるのは間違いない。 したがって、おまえに選択肢などないのだ」

「……」

 鬼龍は、少し納得したが、疑問はまだあった。

「だが、なぜ後の世の事が解るんだ? 有り得ないぞ」

「初めに言っただろう。私は神の使いだと……」

「そ、そうか、なるほどな……あっ、そうだ! 鬼鷹も助けてやってくれないか」

「なにっ、鬼鷹だと? お前の元女だな。はっきり言って今は無理だ。だが、その 女の考え次第では、助けてやってもいいぞ。それは、鬼鷹自身が決める事になると思うぞ」

 Xは無理と言ったが、言葉に含みを持たせた。

「そうか、鬼鷹自身が決めるのか……仕方ないな」


 すると、鬼龍に武器が与えられた。

「さあ、おまえには地獄の使者から身を守る為に、特殊な力と黒い兜と鎧を含め、 盾と剣を与えられるから、来たるべき敵に備えろ。

「なにっ、来たるべき敵だと?」

 いいか、この剣は地獄の使者達に対しては、通用し倒せるが、生身の人間には通用しない。

 如何なる場合でもダメージは与えられるから、手加減次第でどうにでもなるという事だ。

 もし、地獄からの使者に負けるようだと、おまえも地獄に落ち、子孫の娘ゆきも同じ運命になる事を胸に刻んでおけ」

「待て! 俺は幽霊として戦えという事か?」

「それは違うぞ。わしとおまえは神から使命を与えられた。よって、影の精霊とも言えるが、影の守り人として後の世へと甦るのだ」

「甲冑と剣で戦う? 影の守り人だと?……」

 謎の老人の言葉に鬼龍は半信半疑だったが、少し納得した。


「さあ、今から特殊な力を与えるが、ゆきの気配はおまえ自身に伝わる。時空を飛び越え、後の世へゆきを守りに行くのだ!」


 すると、老人Ⅹは手の中で目映い光の珠を作ると、鬼龍目掛けて放った。

「な、なんだあ? 止めてくれ! Ⅹ……」

『キィン・キィン・キィン・キィン・キィン!………・・・ピカッ! バァーン!………・・・』

 その閃光の衝撃で、鬼龍は途端に勢いよく後方に押し出され、未知の時空に吸い込まれ、渦の中に消えていった。

「うわ―っ!………・・・」

 

 それは、未知への旅立ちであり、後の世の冒険でもあった。


 しかし、老人Ⅹは鬼龍に告げていなかった事があった。

 その事とは、鬼龍を助けた見返りとして、無断で歳を鬼龍から頂いたのだ。

 したがって、鬼龍は七〇歳の老人となり、陰からゆきを守る事となる。

 そして、人間の敵を含み、地獄からの使者が武器を、ゆき及び鬼龍に向けた時点でしか、若返りと、黒い鎧兜を纏った、鎧武者の戦士シャドゥマンには変身出来ないという事であった。

 結果、凶器を持たない敵と、人間に対しては老人のまま戦い、守らなければならない。

 その後、仙人・老人Ⅹは、鬼龍からもらった歳で、体力を次第に回復させ若返る事になる。

『鬼龍、悪く思うなよ……』


 しかし、この時点において真の守るべき相手と自分の名前は伏せられ、後に告げられる事になるのであった。


         *         *          *


 その頃、盗賊の鬼虎以下手下達も体力の限界に達し、崖から次々と落下していった。

「お、お頭―、ここは無茶暑く地獄の一丁目らしいですぜ」

「解りきった事を言うな! それより、もう限界だ―」

「も、もう駄目だ! うわ―っ………・・・」

「釜茹で地獄に落ちるぞ!」

 その時、何者かが巨大な網を、落ちて行く鬼虎達に放った。

『バシュッ! バシュッ! バシュッ!』

 結果、鬼虎達は煮えたぎった油の池には落ちず、その手前でその何者かに、網に掬われ助けられた。

「どうしたんだ。助かったのか?」

 鬼虎達を助けたのは、地獄の番人の支配者でもある帝王Zであった。

 帝王は天界にいる神とは敵対関係で非常に仲が悪く、常に天界に行けるはずの死者達を奪って地獄に落とし、奴隷として従わせていた。

 そして、後の世も関与し、好き勝手に支配するなどの嫌がらせを行なっていた。

 それは、天空の神を蹴落とし、自分が新たな神として君臨しようとしていた。

 帝王は鬼虎達を使って、その陰謀の手助けをさせようとしていた。


「何故だ。まさか、舌を抜かれるんじゃないだろうな?」

「こ、これはやばいぞ」

 盗賊達はビビっていたが、まもなく、異様な風体の帝王Zは目の前に現れた。

「だ、誰だ?……」

『……でかい奴だが、閻魔様か?』

「いったい、どうなるんだ?」

「お、お助けを……」

 各々、訳が解らず意外と脅えていた。

 そこには鬼鷹もいたが、鬼龍がいなかった為、少し気になっていた。

『鬼龍がいない、なぜ?』

 

 帝王はにやりとし、盗賊達を助けた理由を話しだした。

「おまえ達に相応しい仕事を与えたい。どうだ、乗るか?」

「仕事だと……ひとまず礼を言うが、あんた誰だ?」

「わしはこの地獄の支配者だ。帝王Zと呼ぶがよい」

『Zだと……閻魔大王じゃないのか? ひとまず話だけは聞くか……』

「ここは暑い、ひとまずわしの館へ参れ」

 Zは、鬼虎達を館に連れ帰り、使命を言い渡すことにした。


 九人は地獄の帝王Zの館へ、鬼の番人に案内され、謁見の間に通され冷たい床に座らされた。

「まもなく帝王様がいらっしゃるから、そこに控えておれ! あの熱地獄よりは増しだと思うがな。ふっふっふっ」

 鬼の番人二人はそう言って、帝王警護の為、上段に移動し左右に分かれた。

『ブルブルブルッ!』

「ここは寒いぞ、いったいどうなってる? 熱地獄と思ったが、まさか今度は、氷の寒地獄じゃないだろうな」

「凍え死にそうだ」

 汗だくの鬼虎達は、急激に体が冷やされた為、勘違いをしていた。


 やがて、上段に帝王は現れた。

「皆の者、帝王様のお出ましだ。頭が高い、控えろ!」

「へへい……」

「待たせたな。どうだ、冷たくて気持ちがいいだろう。あの蒸し風呂状態では苦しかろうと思い、この館に招待したのだ。これは、わしからの配慮と受け止めて欲しい」

「お―なるほど、ここは涼しいぞ。ちょっと寒すぎるようだが、まあ、暑いよりましだ」


 そして、階段の上段から盗賊達に向け、使命が言い渡された。

「それでは、おまえ達には使命を与える。わしの手足となり、働くなら地位を与え、地獄の苦しみから解放してやる」

 帝王はにやにやしながら、手下に引き入れようとしていた。

「はあっ、その使命とはなんだ?」

 鬼虎は訳が解らず聞いた。

「使命とは、地獄の使者として、後の世で復活したおまえ達の仲間、鬼龍を抹殺し、地獄へ連れ戻すのだ。ついでにゆきという娘も殺せ。我々の存続を妨げる恐れがある。抹殺はおまえたちの好きな手段でやるがよい」

 そう言って、地獄の帝王Zは鎧兜及び盾と剣を鬼虎達に差出し与えた。

 当然、そこにいた鬼鷹は迷った。それは鬼龍と内心、よりを戻したいと思っていたからだった。

『えっ、鬼龍を抹殺するって、どういう事?』

 鬼鷹は疑問視したが、成り行きを見守るしか、手立てはなかった。


「おまえ達には特殊な力と武器をやろう。各々武器と鎧兜は好きなものを付けていくがよいぞ」

「おう、凄い鎧兜と武器だ。しかし、後の世とは?……」

 鬼虎達は少し疑問はあったが、与えられた鎧兜と武器は、たいそう気にいっていた。

『おう、このでかい刀は真わし好みだ。だが、受け取ると帝王の手下になり下がるが、果たして受け取るべきか?……』

 鬼虎は頭としての誇りが、捨てきれず迷っていた。


 しかし帝王Zは、本来は盗賊団の一味では無く、腕の立つ武将を選びたかったのだが、後の為に必要と、まだ蘇らせる事はしていなかった。


「いいか、わしに掬われたおかげで、おまえ達はあの煮えたぐった油の池でおぼれ、地獄の苦しみを味わずに済んだのだ。しっかり胸に叩き込んでおけ」

 鬼虎達の返事も聞かず、地獄の帝王Zは謁見の間から立ち去った。


『少しは骨のある悪党どもを見つけたが、しかし、神の使者Ⅹの存在が気になるぞ……いつまでも、地獄の番人では割に合わないからな。ふっふっふっふっふっふっ………・・・』

 薄笑いを浮かべながら、帝王の玉座に腰かけた。


 しばらく考えた頭の鬼虎は、我々は地獄の帝王Zに付いて、働くしかないと判断した。

『仕方ねぇな、やるかー、あの煮えたぎった油の池には落ちたくないからな……』

「皆、決めたぞ。文句はないだろうな!」

「へぃ、お頭! ここまで来て考える余地はありませんぜ」

 決断した鬼虎は、その意思を伝える為、辺りをきょろきょろと見回し帝王Zを探した。


「Z様―……何処におられるのですか? 御命令に従わせていただきやす!」

 帝王Zに承諾の返事を大声で叫ぶと、何処からともなく声が聞こえた。

《そうかー……よし解った。それならその証を見せよ!》

 すると即、抹殺の仕事を命じられた。

「御期待に添えるよう早速、仕事にかからせていただきます」

《いいか! 裏切りは絶対許されない。また首が胴体から離れるぞ。解ってるな!》 

 玉座に座ったまま命令した帝王Zは、上機嫌で鬼虎達の動向を監視した。

 そして、後の世へ向かわせる為の特殊な力を、頭である鬼虎達に与えた。

「さあ、地獄の力を受け取れ!」

『キィン・キィン・キィン・キィン・キィン!………・・・ピカッ! バァーン!………・・・』

 すると、目映い閃光と衝撃音が鬼虎達を襲った。

「な、なんだーこの衝撃は? うわ―っ!………・・・」

「……いったい、この気持ちの高まりは?」

「凄い! 力が湧き出て来たぞ」

 力を与えられた鬼虎達は、気分爽快となり、各々やる気満々となった。


「所詮、おまえ達は繋ぎだが、さあ、ゆっくり見物させてもらおう。ふっふっふっふっふっふっ………・・・」

 それは、九人の地獄の戦士が誕生したという事であった。


『さあ、どうするかだな? 手始めに鬼猫にでも使命を与え、様子を見てみるか……』

 鬼虎は最初に、手下の鬼猫にその使命を与える事にした。

「鬼猫よ、おまえに最初の使命を与える。準備整い次第、後の世に向かえ! ゆきという女と、鬼龍を殺せ!」

「えっ、俺? わ、解りました。でも、鬼龍は強いからな……」

 鬼猫は渋々同意した。


【敵となる地獄の使者は、盗賊団一味である頭の鬼虎、そして副頭の鬼熊、鬼虎の情婦の鬼狐、手下の鬼狼、鬼龍の元カノだった鬼鷹、あと鬼猿、鬼犬兄弟、鬼猫の九人である】


 標的の裏切り者の敵となった鬼龍は影となり、もうすでに後の世に旅立っていた。


                  







 






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