第5話 犯罪ギルド【ダムド】




「終わりましたよ」


 教会から出てきたバルガスに若い男が声をかける。黒いフードつきのローブを纏った長身の男だった。ボサボサの黒髪を掻きながらバルガスに近づいてくる。


「リアン、もう終わったのか?」


 バルガスは男、リアンに視線を向ける。


「ええ、全ての家屋から金になりそうな物、根こそぎいただきました。物品はカルネたちが傭兵にアジトまで運ばせています」


「そうか。いくらになりそうだ?」


 バルガスの質問にリアンはニヤリとした。


「この村、だいぶ溜め込んでましたよ。金はもちろん、骨董品美術品魔術道具、それから宝石類を合わせると・・・少なく見積もっても金貨5000枚はくだらないでしょうね」


 バルガスは口笛を吹いた。


(こんな辺境の田舎村にそれだけの金が隠れてるとはな)


 バルガスの予想では多くても金貨2000枚といった所だった。畜産業で儲けている事は知っていたが、所詮規模のデカい肉屋、くらいに捉えていた。それが蓋を開けてみれば金貨5000枚。嬉しい誤算だ。


 バルガスは犯罪ギルド【ダムド】の一員だ。【ダムド】は六人の人間から構成されている。狩人のバルガス、冒険者のリアン、魔術師のカルネ、騎士のネルソン、そして戦士のアンセルムとユベール。何れも近接職なら八闘級、魔術師なら五等級という強者揃いだ。ただ最近入団したリアンだけは六闘級という一段劣る階級だ。しかしリアンにはある【特殊技能】が備わっており、それを買われ入団を許可された。


【ダムド】は王国ギルドが発注している正式な依頼をこなす一方、裏で様々な犯罪に手を染めている。人身売買、窃盗強盗、多種族虐殺、その悪事は多岐にわたる。今回【ダムド】が行おこなったのは『餌場の斡旋』だった。これは【ダムド】がよく引き受ける依頼だ。人間と多種族とモンスターの間には一見なんの繋がりも無いように見える。だがその実、裏側には闇のネットワークが存在する。種族間の憎悪や差別、対立意識を抜きにして純粋に利益を追求する者たちがいるのは何らおかしい事ではない。そういう闇のギルドから今回持ち込まれたのが『ユリシール王国内での餌場の斡旋』だった。【ダムド】は立地条件、人口、警備体制など様々な条件を吟味し、ミカルデ村を選んだ。


【ダムド】は報酬として壊滅後の村からあらゆる金銀財宝を奪う。目撃者は無く、多額の報酬を受け取り、事が発覚しても全ての責任を吸血鬼に押し付ける事ができる、良心と道徳の無いバルガスたちにとってこれ程うまい仕事はない。


「吸血鬼たちはどうですか」


 リアンは教会を眺めながらバルガスに聞く。隠したつもりだろうが、その声には不安や恐れが混じっている。それは絶対的強者に対する本能的な恐怖だ。


「恐いか?」


「もちろん怖いですよ。上級吸血鬼が三体ですよ?いくら仕事上の契約を交わしてるからって、襲われないとは限らないですからね。バルガスさんが異常なんですよ。よく平然と三人に会えますね。それも一人で」


「俺だって怖いさ。だが恐れているからといって弱味を見せてやる理由にはならない。お前はまだ六闘級だからわからないだろうが、八闘級が引き受ける王国ギルドの依頼は常に死が付きまとう。それも悲惨で残酷な死だ。対峙するモンスターはどれも危険度8以上のイカれた物ばかりだ。お前はコカトリスに囲まれた事があるか?雇った傭兵どもが次々と石に変えられていく所を見たことは?そういう状況で生き残るには、冷静でいることだ。恐怖は忘れちゃならない。恐怖とは本能だ。本能とはつまり生きるために必要な行動を瞬時に選択する力の事だ。本能が逃げろと囁くなら、逃げるのがほぼ正解だ。だが時には闘わなかればならない時がある。闘い、敵を殺し、切り抜けなければならない時がな。それはつまり本能への抵抗だ。いやあるいはそういう選択すら本能が選びとった答えなのかもしれない。どちらにしろ、生き残る為にはそういう判断力がいる。そして判断力とは冷静さの中で生まれる。だから俺は上級吸血鬼三人を前にしても冷静さを欠かない。恐怖の殺し方なら何年も前に習得済みだ」


 バルガスはそこまで言うと朝陽を眺めた。燃えるように輝く大きな太陽だ。吹き付けてくる風が生ぬるい。今日は暑くなりそうだ。


 リアンは苦虫を噛み潰したような、複雑な表情を浮かべている。おそらく自分の中の恐怖を吐露したことが恥ずかしいのだろう。バルガスを見るその眼の奥に尊敬の念が宿っている。


 バルガスは村の出口に向かって歩き出す。リアンもそれに続く。村のいたる所に血と死体が散乱している。


 首筋に咬み跡のある死体に混じって、異様な容貌の死体がいくつか眼に入る。


 腕が千切られて、足の間接が逆向きに折られている男。


 眼が抉り出され、口の中に放り込まれている女。


 上半身の皮が剥ぎ取られ、血のあぶくと鮮やかな筋肉を晒している少女。


 これらの死体は吸血鬼姉妹の三女、ミシュリーヌの仕業だ。バルガスは少しだけ眉をひそめた。バルガス自身、多くの人間や多種族を自分の都合で狩ってきた。必要とあらば躊躇無く暴力をふるい、拷問をくわえた事も一度や二度ではない。バルガスは自分がクソ野郎だと自覚している。そしてそれが俺なのだ、と納得している。そんな強靭な精神力を持つバルガスであっても、この死体には眉をひそめざる終えない。


(楽しんでいるな)


 バルガスは唾を吐く。この死体を作った拷問者、ミシュリーヌは楽しんでいる。肉を抉り、骨を折り、皮膚を剥ぐ。相手の痛みを想像し、そこに自分の空想を上乗せして、子供のように遊んでいる。


 バルガスは嗤った。今さらこんな感傷は無意味だ。俺は悪人だ。どう足掻いても善人にはなれない。俺はこれからも殺し、奪い、金を稼ぐ。それだけだ。


 死体の山を抜け、二人は村の外に出た。エーデル平原の爽やかな風が、ふたりの体を洗うように吹き抜けていく。豊かな草原の香りが血と臓物の臭いを中和した。目の前は見渡す限り、鮮やかな緑色だった。


「これからどうします?アジトに戻りますか?」


「いや、俺たちはヌルドの森に向かう」


 バルガスの回答にリアンは驚いた。


「ヌルドの森に向かうって、なぜです?ここからだと数日かかりますが」


「あいつらはこれからヌルドの森にあるダークエルフの村に向かうつもりだ。俺が情報を流しておいたからな。俺たちは先回りして待機しておく。奴等が村を襲ったら、どさくさに紛れてダークエルフの娘を一人か二人、拐さらいたい。ユリシール王国は多種族を嫌悪しているが、貴族の中にはエルフを『飼育したい』って変態が何人もいる。ダークエルフは高く売れるぞ」


 リアンは感心した。吸血鬼に村を襲わせ金品を強奪し、さらにその吸血鬼を使い今度はダークエルフの娘を手に入れる。


(これが八闘級の狩人か)


 リアンはバルガスに対する尊敬をいっそう強めた。


 しかしここでひとつの不安がリアンの心に浮かんだ。


「計画はわかりました。でも僕たち二人だけでヌルドの森に入るのは危険じゃないですか?」


 ヌルドの森はどの国の領地にも属していない、いわば未開の地だ。それゆえ王国ギルドにも詳しい情報は入っていない。それはつまり、どのような危険が待ち受けているか分からないという事だ。もしかしたらとてつもない危険度のモンスターが潜んでいるかもしれない。ダークエルフ以外の多種族が住んでいる可能性もある。通常のエルフやドワーフならまだいいが、オーク族のような好戦的な種族がいた場合、こちらの生存率はグンと下がる。


「お前の言うことはもっともだが」バルガスはリアンの不安を吹き飛ばすように言う。「この職業に安全はない。リスクは承知の上さ。時には負け戦もしなければならない。だが、今回は勝算があるからヌルドの森に行くんだ。その勝算とはな」


 バルガスはリアンの右目を指差す。


「【魔眼】だよ。お前を【ダムド】に入れた一番の理由だ。お前の【特殊技能】がついに役に立つな」


 バルガスはそういうと、低い声で嗤いはじめた。




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