第3話 ダークエルフの村
前方に村が見えてきた。さすがのリリアも森の外れから男を運び、少し疲れていた。それでも生まれ育った景色が見えてくると、不思議と活力がよみがえる。リリアは男を担ぎ直し、もう少し!と気合いを入れた。
ダークエルフの村は森の中にあった広場を活用して作られている。もともと大きな広場だったが、ダークエルフたちは周囲の樹々を伐採し、面積を拡げ、無駄のないように伐採した樹で小屋を建てた。村には塀や柵などの防壁が存在しない。もしモンスターや多種族が村に近づけば、周囲の樹々や茂みが揺れ動き音を立てる。自然が防犯装置そのものなのだ。
現在村では60匹のダークエルフが生活している。ダークエルフは絆が強く、60匹は巨大な家族のようにお互いを思いやり、争いはなく、幸せに暮らしている。
「ずいぶん遅かったな」
村に入るなりルイが声をかけてきた。彼はリリアの幼馴染みで、二人は昔から兄妹のように育てられた。短い白銀の髪。精悍な顔立ち。筋肉のついた褐色の肉体。村の若い娘たちの間では、ルイはカッコいいと評判だ。リリアの親友のユアも、密かにルイを想っている。しかし昔から兄妹同然で育てられたリリアにはルイの魅力が全くわからなかった。頼りになる兄、それくらいの認識だ。
「お前、何を担いでるんだ?」
そういいながらルイが近づいてくる。
「人間、だと思う」
リリアは自身なさげに答える。
ルイはリリアの背中に担がれた男の顔を覗き見る。
「これは確かに人間だな」
ルイは何か考えるような顔を浮かべたが、次の瞬間真剣に表情を引き締め
「リリア、お前まさか人間を食う気じゃ」
言い終わる前にリリアの蹴りがルイの腰に直撃した。
「そんなわけないでしょ!」
「はははっ、冗談だよ。怒るな怒るな。お前も疲れてるだろ。その人間は俺が運ぶよ」
ルイはリリアから男を受けとると、ひょいと肩に担ぎ上げた。
「とりあえずジジ様の所に行くか」
ルイの提案にリリアは「うん」と頷いた。
ジジ様はこの村唯一の魔術師メイジの老婆だ。リリアに死の荒野やドラゴンの事を教えてくれたのがジジ様だ。老婆は村長というわけではないが、村一番の年長者であり、占いや神事にも精通しているため何か起こった場合、まずはジジ様にお伺いをたてるというのがこの村の暗黙の了解だった。何よりジジ様は優れた知識と良識を持っている。この人間はジジ様の所に運ぶのが一番いいように思えた。きっと悪いようにはしないだろう。
ジジ様の小屋は村の中心部にある。リリアとルイがジジ様の元に向かう間、何人かのダークエルフに声をかけられた。皆一様に「それは人間か?」と驚いた顔をしていた。「ジジ様の所に運ぶんだ」というと「それがいい」と皆うなずくのだった。
ふたりはジジ様の小屋に着いた。
「失礼します」声をかけながらルイが小屋の中に入りリリアがそれに続く。小屋の中は薄暗く、お香のようなものがたかれている為ぼやりと煙たい。この小屋は特別で、設計図から木材までジジ様が用意した。おそらく何か魔術的な意味合いが込められたいるのだろうが、魔術の使えないリリアにはよく分からない。
「おやおや、リリアとルイじゃないかい」
煙の向こうからしわがれた声が聞こえる。ジジ様は床に正座しながら眼を瞑っていた。瞑想をしていたのかもしれない。眼を開けふたりの姿を捉えると、優しそうに笑った。
「やっぱりお前たちかい。ふたり揃ってどうしたんだい?」
ルイが担いでいた男をジジ様の前に降ろし、仰向けに寝かした。リリアは先ほど自分が経験した事をジジ様に話した。朝の狩りで森豚を逃がしたこと、獲物を追って森の最北東部にまで行ったこと、そこに人間が倒れていたこと。
「なるほど、それでこの村まで人間を担いで来たんだね。リリアは優しいねえ。ルイだったらこうはいかないよ」
「俺だって異種族が倒れてたら村に運ぶぞ」
「ほっほっ、あんたは昔から大雑把だからねえ。リリアのように担いだりしないで、村まで引きずって来そうで怖いよ」
その言葉にルイは唸りながら押し黙った。図星を突かれたんだ、とリリアは笑った。
さて、とジジ様は息を吐いて意識のない人間に眼を向ける。リリアとルイもジジ様につられ、男に視線を向ける。
「最北東部、死の荒野のすぐそばに人間が倒れてるとは、少し不気味だねえ・・・まさか、いや、そんなはず無いだろうけど、奴等はあの戦いで滅んだと、そういわれているし」
ジジ様は独り言をいいながら、何やら考え込んでいる。リリアは改めて自分が運んできた男を見る。こうして見ると、男というより青年といった方がしっくりくる年齢のようだ。種族間で美意識の差はあれど、比較的整った顔立ちをしている。髪の色はくすんだ灰色で、その髪はまるでナイフを適当に振り回したように、乱雑に切られている。体つきはどちらかといえば細身だが、筋肉はしっかり付いてるように見える。人族を見るのは初めてだが、あまり自分と変わらない、とリリアは思った。
ジジ様は青年のこめかみに親指を当てると、何やら呪文を唱えている。(魔力保有量を探っているんだ)とリリアはすぐに気づいた。リリアも昔、ジジ様にああやって魔力保有量を調べてもらったことがある。リリアの魔力保有量は[5200]。ダークエルフの平均値だった。どうやらリリアにはメイジの才能は無いらしい。
「魔力保有量[2500]。どうやら普通の人間のようだ。あたしの思い過ごしかねえ」そういうとジジ様は青年の服を脱がし始めた。
「ルイや、さすがにこんなボロボロの服じゃ可哀想だ。あんた家に戻って何でもいいから一着持ってきてくれんかね」
「まかせな」といいながらルイはジジ様の小屋から出ていった。
青年の上半身がむき出しになる。よく鍛えられている。
「これは・・・」
青年の右肩を見つめながらジジ様が息を飲む。リリアはジジ様の方に回り込む。青年の右肩から首筋にかけて、黒い蛇のような模様がうねっている。その模様は先端から枝分かれしていて、まるで青年を侵食しようとしているが如く五目、四方に広がっている。それを見ていると、なぜかリリアの背筋に冷たいものが走った。この黒い模様は禍々しい物だ、とリリアは本能的に理解した。
「呪いだよ」
リリアの怯えを察知したジジ様は、リリアの手を取りながら優しくいった。
「こんな模様は初めて見るが、間違いない、これは呪いだ。しかもかなり強力な呪術だよ」
「なんで呪いなんか」
「さあねえ。この人間、よほど怨まれるような事をしたのかねえ」
リリアは呪いの模様から目を逸らした。すると青年の右腕の裏側に文字が刻まれているのが目にはいった。リリアは青年の腕をとり、少しひねる。
【生体兵器 No.11】
と書かれてある。
「ジジ様、これって」
その時、青年が咳き込む音がリリアの耳に届いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます