フラッシュバック

 次の日、俺は姉ちゃんのところに赴いた。実家宛に買ってきたお土産をそれっぽく持っていくことにして、玄関先でおじさんと話をする。

「こんにちはー。あ、おじさん、これおみやげです。良かったら召し上がってください」

「おお、ありがとう。勇司君はほんとにしっかりしたな。おじさんも嬉しいよ」

「いえいえ、普通ですって。会社では先輩に怒られてばかりですよ」

「そうか、社会人一年生か。これからだよ、頑張りなさい」


 日常会話をかわしつつ、おじさんもひどくやつれていることに気づいた。やはり姉ちゃんのことが堪えているのだろう。おじさんにもかわいがってもらったのだ。父が夏風邪を引いてしまったとき、姉ちゃんと3人で遊びに連れて行ってくれたり、誕生日にはプレゼントを貰ったりと。

おじさんたちには元気になってもらおうと変な使命感が俺を満たしていた。

そして、階段の上からか細い声がかかる。

「ゆーくん?久し振りだね-」

その一言にショックが隠せなかった。昨日家の前で話したじゃないか。挨拶したじゃん。けど何故か声は出ず、作り笑いを浮かべてこう応えるしかなかったのだ。

「あ、ねーちゃん。久し振りだね-。ご無沙汰してます」

「うん。ごめんなさい、ちょっと疲れてるからまた後でね」

そう言い残して自室に消えていった。やはりなんか会話が成立していない。

俺はひどい顔をしていたのだろう。おじさんが心配げに話しかけてきた。

「勇司君、すまない。俺がもっとしっかりしていれば・・・」

「おじさんは悪く無いです。俺もなんにも知らなくて、けど力になれるって勘違いしてて」

「勇司君。また来てくれるかね?娘が、佳代が自分の部屋から出てくることはなかったんだ。けど今も出てきてくれた。君と過ごした子供時代の思い出が娘の拠り所になっているかもしれない」

「うん、大丈夫。またきますよ。休みのたびにでも。俺、ねーちゃんのこと好きだから。だから、昔みたいに笑ってもらいたいんです」

「ありがとう、ありがとう、ありが・・・ううう」

おじさんは声を殺して泣き崩れていた。そんなおじさんを元気づけることもできず、俺も悲しい気持ちが押し殺せずに、ただひたすら涙をこらえていた。階段の上から二人を見つめる視線に気づかずに。


~Side Kayo~

 私に何があったのか、どういうことになっていたのかはよく覚えていない。耳から入ってくる罵倒と事あるごとに振るわれる暴力。心を閉ざしてただやり過ごすだけの日々になっていた。そんな時思い出されるのは幼なじみの少年と過ごした日々。可愛いだけだと思ってた少年が少しづつ変化を見せて、身長を追いぬかれたある日、告白された。けどその時の私はすでに恋人がいて、結婚も決まっていた。

嫁入りの日、一瞬だけ目線があった少年は、目に涙を浮かべながら必死に笑おうとしていた。

彼と一緒ならどんなに楽しい日々だったのか、幸せな日々だったのか?夢想にふける私を家族は遠巻きにする。せっかく生まれた赤ちゃんは長く生きられないとお医者様に言われたとき、ヒビ割れつつあった心に大きな亀裂が走った感触を感じた。

私の赤ちゃんが遠くへ行ってしまった日。私の心も壊れたのだろう。なにも感じず、なにも思わず、早く赤ちゃんのところに行きたいとだけ願う日々となった。父がやってきて、私の前で泣き崩れた時もなんとも思わなかったのだ。

ただ呼吸のみをして過ごす日々に変化が現れたのは、懐かしい声が聞こえたことだった。

「ただいま」

ピクリとも動かなかった体が動いた。ゆーくんだ。起き上がり、お気に入りの服を着る。鏡の前で一回転して服装チェック。大丈夫。この時私は気づいてなかったけど、ずっと動かしていなかった体を使ったので、着替えをするという作業に1時間近くもかかっていたらしい。

玄関を開けると、ゆーくんがいた。久しぶりと声をかける。ああ、懐かしい、心が暖かい、なにを話したかはよく覚えていないけど、楽しいと思った。

お父さんがお隣から出てきて、なんかすごく驚いてた。なんでだろう?部屋に戻るとすごく眠くなって私の意識は眠りに落ちていった。毎日見ていたひどい悪夢はどこかに行って、子供の頃の夏休みの夢、お父さんとゆーくんと3人ででかけた時の懐かしい思い出に満たされ、眠ることができた。


次の日、懐かしい声で目が覚めた。夢と現実がまだごっちゃになっていたんだろう。昨日玄関先でゆーくんと話したことも夢だと思ってたみたいだ。玄関先でお父さんとゆーくんが話してる。なんだか嬉しくなって、あ、夢と同じだって思って声をかけた。

ゆーくんはなんであんな驚いた顔をしてるんだろう?よくわからなかったがそのまま部屋に引っ込んだ、そして足をもつれさせて転んでしまった。ドア越しに聞こえてくる二人の会話。

そして決定的な一言。

「俺、ねーちゃんのこと好きだから」

ドクンと心臓がはねた。ドキドキする。顔が赤い。そしてふと思った。今はいつなんだろう?私はなんでここにいるんだろう?そう思った瞬間すごく頭が痛くなった。なんでお父さんは泣いてるの?なんでゆーくんはあんな目で私を見るの?

後で聞いたところによると、これはフラッシュバックというらしい。

心の奥底に閉じ込めていた辛い記憶がよみがえる。

袖をめくる、真新しい包帯と火傷の痕。私を襲った罵倒と暴力、赤ちゃんがいなくなったこと。全てが思い出されて辛い記憶が襲ってきて、けど踏みとどまれたのはきっかけになった一言だったのだろう。

頭痛に呻きながら、階段を駆け上がる足音が聞こえる。

ドアが開いて、現れた彼は子供ではなく、私を軽々と抱き上げるほどたくましくなって。

聞きたかった声は子供の頃の面影を残しつつ、低く落ち着いた感じに変わり、思わずゆーくんにしがみついた。そして安心感からか、あの頭痛が止まりすごく疲れていた心と体は私の意識のスイッチを切ったのだろう。静かに眠りに落ちていった。

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