告白と約束
階上でドサッという音がした。おじさんを顔を見合わせて階段を駆け上がる。唸るような声が聞こえ、ノックすることも忘れてドアを開いた。
「姉ちゃん、大丈夫?」
額に触れる、すごい熱だ。首の後ろと膝の裏に手を入れ抱き上げる。呼びかけると薄っすらと笑みを浮かべ気を失った。ひとまずベッドの上に寝かせるとおじさんが慌てた口調で、
「勇司くん、私はお医者様を呼んでくるから、娘についててくれないか?頼むよ!」
そう言い残しておじさんは走り去った。とりあえず洗面所からタオルを借りて冷たい水に浸して絞る。汗の浮いた顔を軽く拭い、もう一度絞って額の上に載せた。あとはなにもできることもなく、手を握っていた。
昔、俺が風邪を引いたとき、同じようにしてくれたことを思い出したからだ。
呼吸は落ち着いており、普通に眠っているようだ。時折何かをつぶやいているようだが表情は安らかだった。程なくして近所のかかりつけ医を連れておじさんが戻ってきた。そういえば、このおじいさん医師は俺が子供の頃もおじいさんだったな。俺が年食ってもこのままだったりして・・・
などと変な妄想にとらわれている間に診察は終わった。過労だそうだ。あまり眠れていなかったのだろうと、今はよく眠れているようだからゆっくり休ませてあげなさいと。後栄養のあるものを食べさせるようにと言われ、おじさんは買い物に行ってくるからと留守番を頼まれた。
「年頃の娘がいるのに若い男に留守番させるとか・・・」
「ゆーくんは私に何かするの?」
「っちょ、姉ちゃん、起きてたの?」
恥ずかしいセリフを聞かれうろたえる。まあ、あれだ。初恋の相手だという自覚はあり、今でも大切な人である。だからといって手を出すとかなんか、恐れ多くて。
俺の内心の葛藤を見ぬかれたのか、姉ちゃんはクスクスと笑っている。その笑い方は、昔に戻ったようで何故か胸が熱くなった。
「ゆーくん、ありがとね」
「うん、けど水臭いよ」
「それでも、ありがとう」
「うん」
無言の時間だけどなんか居心地がいい。ずっとこの時は続けばいいのに。目線はお互いを捉えるけど気恥ずかしさはなく、胸がぽかぽかするような夢見心地。嫌でも目に入ってくる、泣きはらした目、傷を隠すため夏でも長袖のシャツ、姉ちゃんはどれだけ傷ついたのだろう?俺には想像もつかない。なんでか視界が歪む。
「ゆーくん、泣いてるの? 私のせいだね、ごめんね」
「違う。いや、違わないけど、ねーちゃん悪くないじゃないか?」
「うん、でもゆーくんを悲しませちゃったね、ごめんね」
「謝るなよ。ねーちゃん悪くないよ」
「うん、私のために泣いてくれるひと、ここにもいたんだね。嬉しいな」
「そうだよ、もう俺を泣かすなよ。姉ちゃんが傷ついたりつらい目にあったりすると悲しくて悔しくて泣いちゃうんだぞ!」
「ふふ、ゆーくんは甘えん坊だね。けどありがとね」
「そう思うんだったら、一日でも早く元気になってくれないと」
「うん、そうだね。頑張るよ」
「うん、そうしたらどっか遊びに行こう!」
「あらら、それはデートのお誘いかな?」
「そうだよ、これからは俺がねーちゃんを守る!」
「えっと・・・それって・・・」
「こんなのでも一応会社員です!」
「・・・うん、おっきくなって、もう大人だね」
「いま話してて思ったんだけどさ」
「うん?どうしたの」
「泣きたい気持ちになったのって、やっぱねーちゃんを守るだけの力がなかったからだって思ったんだよ」
「うん」
「まだぺーぺーだけど、これからは俺に姉ちゃんを守らせてくれないかな?」
「え、けど私バツイチだし、ゆーくんにはもっといい子がいるよ?それに年上だし」
「それでも俺は姉ちゃんが良い」
「でも・・・だって・・・」
「泣くなよ。もう泣かさないって俺が決めたんだから」
「ひどい、強引すぎ!」
「嫌だったら・・・諦める。けどさ、あの時の約束、覚えてる?」
「うん・・・覚えてる」
「俺、まだ半人前かもしれないけど、大人になったよ」
「うん、そう・・・だね・・」
「約束はやぶっちゃダメなんだぞ」
「うん、うん・・・」
「これからは俺がいるから。まずは元気になろう、そんでいろんなことを一緒にやっていこう」
「ありが・・とお・・・・ありがとう・・・」
お互い言葉にならなかった。お互い涙を流しながら溜め込んでいた思いを吐き出し、ぶつけあった。それは身を切るような痛みと暖かさとやすら樹が混在する不思議な空間だった。おじさんが帰るまで言葉もなく寄り添っていた。もう、言葉もいらなかった。お互いを見て頬笑み合う。それだけで幸せだったのだ。
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