第四章 灰秋の『爛』葉 PART3
3.
「……リー君? リー君だよね?」
リーはばつが悪そうに頭を掻きながら葵の前に姿を見せた。
「……ごめんなさい、どうしても気になって来てしまいました」
葵はほっと吐息をつき、胸を撫で下ろした。
「そっか、やっぱりリー君だったのね」彼女は彼の顔を見ていった。「……よかった。私ね、笑われるかもしれないけど、誰かに尾行されているんじゃないかと思ってたの。そっかそっか、リー君だったんだ」
事実、三人につけられていたといえるはずもなく、乾いた笑いを含め頷いてみせた。
「葵、こちらの方は?」
年配の男が口を挟んできた。
「私の彼氏よ。おじいちゃん」
おじいちゃんと呼ばれた男は何度も瞬きし、リーに頭を下げてきた。同じく会釈を返す。
「どうやってここまで来たの?」
「葵さんと同じく飛行機です。実は前からチケットを取っていたんです」
「そうなんだ」
驚いた顔をしながらも喜びは隠せないといった表情だ。
「……本当にごめんなさい」
リーは深く頭を下げた。
「一人で行くといったから、その決心を鈍らせるようなことはしたくなかったんです。でもやっぱり気になって。僕の下手な尾行じゃばればれでしたよね」
「そんなことないよ」
彼女はにっこりと笑った。
「リー君と目が合うまでわからなかったんだよ。リー君、スパイの素質があるんじゃない?」
「……止めて下さいよ」
リーは小さくかぶりを振った。
「本当に震えながらやっていたんですから。途中で見つかった時の言い訳をずっと考えていたくらいなんです」
「そっかそっか。ふふっ」
葵は口元に手を当てて笑った。
「大学の講義は休んできたの?」
「いいえ、午後の飛行機でこっちに」
「そういう所は真面目なのね……一人で来たの?」
「えっ? 当たり前じゃないですか」
葵は眉を寄せた。
「……何だか一人だけじゃなかったような気がしたのよ」
途中で去ったとはいえ、他の尾行者に気づいたのだろうか? それはフォンの尾行を見抜いたということになる。まさかそんなことはありえないだろう。
自分の目でも彼の尾行は完璧だった。ターゲットにしてもだ。知っている人物だとしても、他の観光客と同じくらいには紛れていた。
「もちろんですよ。他に誰と来るというんです?」
「そうよね、変なこと聞いてごめんね」
葵はぱっと顔色を変えた。
「そうだ、今からご飯食べにいかない? 美味しいチキン南蛮のお店が近くにあるの」
「いいですね、僕もお腹ぺこぺこです。是非連れていって下さい」
二人の会話が途切れると、宮司は笑いながら彼に握手を求めてきた。
「リー君といったかな。私は楸田と申します、この神社の宮司をさせて頂いてます。葵をこれからもよろしく頼みますね」
楸田。葵の友人と同じ苗字だ。何か関係があるのだろうか、それともこの地方ではこの苗字が多いのだろうか。
「いえ、とんでもない。僕の方こそ葵さんにお世話になっているんです」
そういうと宮司はほっほと笑った。
「本当にいい人そうだな。ちょうど今、あなたの話題を話していたのです。聞いた通り、誠実そうな方で安心しました」
「疑われるようなことをしてすいません。やっていることは不誠実ですが、彼女のことを考えてのことです」
リーは宮司に謝った後、尋ねた。
「一つ、お尋ねしていいでしょうか? あそこで餌を探している鳥は白鶺鴒という鳥ではないでしょうか?」
「ええ、そうですよ」
宮司は野鳥に視線をやった。
「私が子供の頃には北海道や東北にしか生息していなかったんですがね。近頃では西日本まで生息地を拡大しているみたいです。野鳥観察が趣味ですかな?」
「いえ、どこかで聞いたことがあるくらいの話で」
そういうと、宮司は再び微笑んだ。
「面白い人だな、葵」
「ええ、そうでしょ。彼は博識なの」
彼女の返事を受けて、宮司は再び声を上げた。
「……詳しい話は葵から聞くことになるとは思いますが……どうか彼女を見守ってあげて下さいね」
「……あ、はい」
リーと再び握手を交わすと彼は、もう一度深く頭を下げて神社に戻っていった。
「あの方は本当に葵さんのおじいちゃんだったんですか?」
「……うん。ここで話すのもなんだし、ご飯を食べながら話そっか」
天安川原を離れ、神社の近くの食堂に入る。ここに葵が好きなチキン南蛮があるらしい。
彼女は二つ頼み、窓から見える風景に目をやっていた。
「本当に自然豊かな町でしょう? 水なんか透き通っていて絵の具のような水色だもんね。実はね、この景色を大学生の時にも見たんだ、友達と一緒に。その時に話をしてくれたのがおじいちゃんだったの」
一度面識があったのか。談笑していたのも頷ける。
「その時にはもうおじいちゃんだとわかってたんだ。何か、通じるものがあったの」
「なぜその時に話を聞かなかったんです?」
「一緒に行った友達が天岩戸神社の宮司の息子だったの。つまりおじいちゃんのお孫さんということになるわね」
リーの中で戦慄が走る。電流のようなものが体中に駆け巡っていく。
「ということは――」
友人というのはまさか――。
「私ね、付き合ってる人が一人だけいたっていったじゃない?」
葵は雨に打たれたような寂れた声でいった。
「それが……楸田馨君だったの」
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