第一章 青春の『華』花 黒視点 PART1
☆.
「どうだ、うまくいったか?」
「ええ、予定通りに進んでます」
黒は勾玉の話をした。すると男は嬉しそうに頬を緩ませた。
「お前に伝えられるのは冬までターゲットと一緒にいなければいけないということだ。それまでターゲットの心を離すなよ」
「もちろんです。すでに手中におさめていると思われます」
「それならいい。ターゲットにもちゃんと自分で動いているというような意識を持たせているか?」
「……持たせているつもりです。主導権を握らずに自らの考えで行動を決めるようにさせるのでしょう?」
男は煙草の火を消してカクテルを口に含んだ。
「そうだ。んん、なかなかお前が作るカクテルは旨いじゃないか。水っぽくなくてきちんと持ち味を生かしている。次はウイスキーをくれ」
「……はい。銘柄はどれに?」
「スコッチで頼む」
店の中は時が止まったかのように静寂と化していた。煙草の紙が燃える音がじんわりと聞こえるくらいにだ。
黒は新しいカクテルを作り男の前に出した。
「一つ訊いてもいいでしょうか?」
黒は男に視線を向けた。
「私に与えられた情報は少なすぎる気がします。どうして全てを教えてくれないんですか? そうして頂いた方が円滑にことを運べると思うのですが」
「まあ、そう焦るな。いずれわかることだ」
「しかし今の
「お前の気持ちもわからんでもない。だが安心していい。ターゲットは間違いなくスパイではない。今回の作戦には精度の高い情報を選んでいるつもりだ」
……だからこそ、その実体が聞きたいのに。
黒は唇を噛んだ。だが今はどうしても教えてくれないらしい。
仕方なく黒は現在ターゲットに抱いている自分の心境を語ることにした。
「確かにターゲットはスパイではないと思います。しかし私にはその確証がありません。現場に付き添っている人間が操り人形のようにぎこちなく動いていれば、ターゲットは不審に思います」
「……そうだな。仕方ない、理由を述べてやろう」
黒は黙って彼の言葉を待った。
「一つは教えないのではなく教えることができないということだ。お前に情報を与えないのには理由がある。仮にお前に全ての情報を与えるとしよう。お前は円滑にことを運べる。だがその状態でお前が捕まったらどうなる?」
黒は思考に集中した。
そうなれば自分の首だけでは済まないだろう。諜報活動を行なうスパイとして自分は素人だ。まともな訓練を受けていない状態で自白剤を打たれれば間違いなく全てを話すことになる。
仮に今の状態で捕まったとしても何の疑いももたれない。吐くべき情報がないからだ。
男のいうことは最もだと理解できる。
「……そしてもう一つ」
男は唇を舐めて続けた。
「俺も内宮の神が男だと推測し見当をつけている日の神はいる。だが日本には日の神がたくさんいるんだ。推測はできるが根拠はない。推測している人物をお前に話すと、お前に必ず先入観が生まれる」
「先入観、ですか?」
「そうだ。先入観というのは本当に恐ろしいものだ。もし俺達の推測が外れると、お前はその考えを捨てることができなくなってしまう。現場を動いているお前の考えが一番大事だ。決して囚われるな、自分の直感を信じろ。臨機応変にだ」
男のいうことは間違いない、と黒は思った。確かに今の時点で予測している神の名を聞けばそれに囚われる。そしてそれを元に考察してしまうかもしれない。現状は黙って従うしかなさそうだ。
「次は出雲に行ってもらう。もちろんターゲットを連れてだ。そこでお前はターゲットの出生を語らせてくれ。あくまでも自然にだ」
「……どういうことです? ターゲットは神社の生まれといっていたじゃないですか。なぜわざわざ改めて聞くのですか?」
「……すまないが、今はいえそうにない」
相変わらず男は多くは語らない。
黒は唇を噛み締めて頷いた。
「わかりました、任務に専念します」
「……いついけばいいと思う?」
どうやら推測は訊いて貰えるらしい。
「そうですね。私の予測では、七月七日だと思いますが」
「……ほう。なぜそう思ったんだ?」
「前回は全く指示がなかったためわかりませんでしたが、今回は一つ情報を得ています。それは熱田神宮に向かったのが三月三日ということです」
「……そこから推測されることはなんだ?」
「三月三日から推測されることは雛祭りの
黒は二本の指を上げてからいった。
「上巳の節句で考えますと、節句というのは五節句あります。しかし勾玉がキーポイントであり、それは『四つ』であるという話を聞いています。そこから推測されることは四季が関係しているのではないかということです。
今の暦で季節順で並べますと、春の上巳の節句(三月三日)、夏の
男は驚きの表情を見せながら口を開いた。
「ほう。やはりお前は頭が切れるな、いい推理だ。しかし気になることがある。なぜ双子座の子午線通過という話が出てきたんだ? 何か理由があるのか?」
「天武天皇の太陽神を探しているのでしょう?」
黒は詳しく話し始めた。
「天武天皇は初めて天文学、占星術を取り入れた天皇です。壬申の乱でこれを発揮して勝利を収めたとされています。天文学、占星術は陰陽道の一つであり、陰陽道はまた神道に通じます」
神道の根幹にあるものは森羅万象や祖霊、死者への畏敬の念だ。つまり自然に、あるがままに生きることを基本としている。天文学が関係するのは妥当だといえる。
「なるほどな。それでなぜ、双子座は関係しないと思った?」
「双子座から考えられることはカストルとポルックスの金銀の二つの星があるくらいです」
黒は再び二本指を立てた。
「双子座の子午線通過ということを考えても四という数字は関係しません。それともう一つ、自分の考えを述べていいでしょうか?」
「もちろんだ、お前の考えを縛るつもりはない」
黒は息継ぎをして続けた。
「熱田神宮に伝わる色は青です。次に向かう勾玉の色は赤じゃないでしょうか?」
男は再び驚嘆したが、すぐに無表情に戻った。
「なぜそう思う?」
「四という数字と青の関連性は四神が
「……そこから導き出されることは?」
「色と方位がわかります」
黒は四本の指を立てた。
「先ほどの節句を季節で表せば
「素晴らしい」
男は手を叩いて黒を褒め称えた。しかし表情は少しも変わっていない。
「お前は本当に頭がいい。ただ、それが正しいといえないことが非常に残念だ」
「もちろん、答えて貰わなくて結構です。しかしここで一つ問題が生じます」
「なんだ、いってみろ」
「次に行く場所が出雲というのであれば、ここから北へ向かうことになり四神の方向とは合いません」
黒は唇を舐めた。
「本来なら北は玄武を指し黒になります。なぜ赤の勾玉を北へ探しに行くのですか?」
変更はない、と男の声が飛んだ。
「確かにお前がいう所に問題はないな。だがこのまま出雲に行ってもらう」
「それはやはり――」
「……ああ」
男はサングラスを外しにやりと笑った。
「お前が知らない情報を俺が持っているからだ」
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