第15話 回復
5
「ん、うう……」
私は目を覚まし、まだ眠っていたいという衝動をぐっと堪えて腕時計を見た。時刻は7時半。いつも私が起きる時間は……5時。
「ふああ?ああああああっ!?」
今のを日本語訳すると、「えっ、マジでえええ!?」みたいな感じであろうが、まだ寝起きで頭が働いていないせいか、それとも自分が相当パニックになっていたせいか、変な声しかでなかった。
そして、そんな私の様子を見ながら、ため息をつく人が、一人。
「はぁ、ようやくお目覚めかと思ったらこれかよ……しっかりしてくれよな……」
「えっ?」
その声は、男のものだった。しかし、覚醒してすぐの私には状況が全くわからない。だからとりあえず落ち着くと、大きく息を吸って。
「きゃあああああああああ!?」
と、悲鳴をあげておいた。
「お、おいちょっと!?」
と、目の前の男が必死に何とかしようとするも……もう遅い。
「あんた、何やっとんじゃボケェェェ!」
「ご、誤解だぁーーーー!?」
ドゴッと、ありえないスピードとありえない音を奏でながら、男はその場に崩れ落ちる。そして、私はその一瞬の出来事に、新たな侵入者の発見ということに反応が出来ず、しばらく呆然としてしまう。
そして、呆然としている私ににこっと笑うと、女性は私にひとつのコップを差し出す。
「飲むかい?さっきは大変だったろう」
「あ、はい……」
私はそう言っていそいそとカップを受け取り、口を付ける。ココアの甘い香りが口の中で広がり、のどを通る際に、ココアの温もりが身体全体に拡散されていく。
「ふぅ……」
正直、今日一番の幸福はこれかもしれない、と私は思う。今日は色々なことがあった。まず、朝に青年の自転車にひかれそうになった。学校では、内進の生徒から恐喝され、お金を盗られた。そして学校から帰る途中に、黒野という男に襲われ、深手を負った……
「っ!!!」
私は、身体が温まって冷静に起こったことを整理していくうちに、ようやく弓で体中を貫かれた記憶がはっきりと蘇り、身震いしてしまう。あの時、私は本当に死を覚悟した。しかし、自分は今生きている。そして、目の前の女性と話している……一体あの後、何があったんだろうか。
「ふっ、どうやら少しはまともに話が出来る準備が出来たようね」
その言葉に、「は、はいっ」と答える。すると女性はめんどくさそうに立ち上がり、未だに床でもだえ苦しんでいる男の腕を引っ張って無理矢理立たせた後、後ろの壁にある黒板にへと歩いていく。そして、今更ながら、自分は自宅にいるのではなくて、学校の保健室にいるのだということに気づく。
「ではまず、自己紹介といこうか。私の名前は星村恵。《韋駄天》の能力を持っている。こっちの少年は雨切仁。能力は《妖精》だ。 ……いつも思うけど、こいつに妖精は合わないわね」
「ちょ!?そりゃないよ星村さん!《妖精》って、名前は可愛らしいけど、実際は超攻撃型の能力なんだよ!?」
「うるさい、黙ってろ」
私は、ふたりのやりとりを聞きながら、雨切の顔を見る。別にかっこいいというわけではない。ただ、どこかで見たことがある気がしたのだ。
……そう、あの顔は今日の朝の。
「あ~!あなた自転車の!」
「ん? って、げっ!そういうお前は!」
私は驚きの顔に、雨切は大河さんとの一件を思い出したのか、青ざめた表情を、そして、何のことか分からない星村は首をかしげる。
「なんだあんたら、知り合いだったの?」
「いやあ、その……」
「知り合いなんかじゃありませんっ!彼にひかれそうになったんですよ、今日の朝に!」
「なんだと!?雨切貴様ァァァ!!」
「えええ、そのことは前に言ったじゃないですかやだああああああ」
ぎゃあああああ、という雨切の断末魔が、誰もいない学校のなかでこだました。それを見た私は、プッと笑ってしまう。
「おっ、いい顔で笑うじゃん」
星村は優しく微笑みながら、こちらを見る。すると今度は恥ずかしくなってしまったので、本題に話の流れを戻そうとする。
「ええと……それで、あなたたちは一体……?」
「ああ、言ってなかったわね。でも、私たちのことを一から説明しようとすると、かなり時間がかかるわよ?多分、解散は9時くらいになるかもしれないけど……」
「大丈夫です、自分一人暮らしなんで」
私がそういうと、星村は少し寂しそうな顔をしたあと、すぐにまたにこっと笑って「そっか」と呟いた。
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