第14話 神白明防衛線その2

 「さて、これが俺たちの初陣だが、俺が先に戦ってもいいか?星村さんは、俺の支援をしてくれ。そうすれば、後は俺が倒すよ」

 「わかった。雨切は《攻撃特化者》、私は《補助・阻害特化者》ね。この子を無理矢理攻撃補助者にするわ。《攻撃特化者》は、被ダメ増えるからなるべく直撃は避けてね」

 「わーってるって!《特化互換》!」

 雨切に続いて、星村もその言葉を発する(ただし、星村の方は神白の分も合わせて2人分)と3人の身体の周りを黄色い輪っかが通り、やがて消える。その後雨切は両手に武器を宿す。長さ50センチほどの、片手用両刃直剣だ。しかし、弓と剣では、射程距離で考えると、剣の方が不利であろう。二人の距離は、充分に離れていた。

 「何をしたか分からんが……武器の相性が悪かったな!」

 そういうと、矢を放つ。限界まで引き絞った8本の矢は、正確に雨切の急所を狙っている。たかが2本の剣では、頑張ってもかわせるのはせいぜい3本といったところだろう。

 「来るよ!《速度変更・二倍速》!」

 そこに、星村の能力が発動し、雨切の身体が一瞬だけ緑色に光る。それから腕を交差させると。

 ヒュン!という風切り音とともに、放った矢全てが地面に虚しく落下した。雨切はほんの一瞬で、8本全ての矢に反応、対応したのだ。

 恐るべき反応速度。恐るべき精密さ。そして、星村の能力で2倍になってはいるが、それにしても目で追いつけないほどの高速斬撃。一度でも直撃すれば、あっさりと切り刻まれてしまうだろう。

 「ん、もう終わりか?んじゃ、さっきのお前の言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」

 雨切は両手の剣をクルクルと回し弄ったあと、恐るべき速度で突進してくる。

 だが、黒野は恐れることなく《ケイロン》を前に突き出す。2本の剣が弓に接触する。 

 「ぐっ……!」

 強い衝撃があったものの、かろうじてそれを受け止める。雨切の剣は能力で作ったものなので、そこらへんにあるサバイバルナイフのように粗末な形ではあるが、威力は必殺級だろう。しかし、《ケイロン》とて必殺級の一撃を放つ立派な武器である。自身の、唯一にして最大の武器である弓は、2本の剣の圧力を受けながらも、変形する様子すら見せていない。黒野は自分の武器を頼もしく思いながら、そのまま力任せに相手をはじき飛ばす。

 「うわっと!」

 するとそれだけで、雨切の身体は大きく飛ばされる。速度が2倍になっているということを利用した、間合いの取り方であった。黒野はさらに間合いを取るべく、突きだしたままの《ケイロン》に1本の矢をつがえ、放出する。もちろん雨切はこれを弾くが、目的は十分果たした。

 黒野にとって、2倍速はやはり不利な要素である。となると、さっきから少女を庇うようにして立っている星村を狙うことが先決だ。再び8本の矢をつがえる。力一杯引き絞ったせいか、《ケイロン》がキリキリという音を立てる。黒野にはそれが弓の悲鳴ではなく、これから人を打ち抜くであろうことに対する、歓喜の叫びのように聞こえた。

 「雨切!」

 「わーってる!」

 雨切は今から突進しても間に合わないと判断し、両手の剣を黒野めがけて投擲する。この場合、普通なら雨切の方を向いてこれを迎撃するか、かわすことが要求される。そうなると、星村への攻撃は出来なくなってしまう。

 だが、黒野と《ケイロン》は普通ではない。《ケイロン》はその射出の仕方が多く存在する。技の名前を告げることで、いかようにも矢を放つことが出来るのだ。

 「射抜け、《参ノ矢》!」

 黒野が選んだのは、3つ目の能力。《弐ノ矢》を『拡散矢』とでも呼ぶなら、《参ノ矢》は対象を執拗に追い回す『追尾矢』である。8本の矢のうち2本を雨切が投げた剣へ、残りの6本を星村へと狙いをつける。結果、剣は予定通りに矢にぶつかり、その軌道を大きくそらした。

 「《武器複製・粗製濫造》!」

 その時、雨切が能力を発動する。剣を作るのは先ほどとは変わっていないが、剣は雨切の両手ではなく、空中に浮いている。その数、計5本。

 「いけ!」

 そのかけ声に合わせて、浮遊した5本の剣は意思を持ったかのように《参ノ矢》で放った矢へと向かっていく。剣の数よりも矢の数のほうが多かったため、残りの1本が星村の腕に突き刺さる。だが、黒野が思っていた以上に《参ノ矢》は深く刺さらず、すぐに抜き取られてしまう。出血も大したことはない。

 「ちっ!」

 黒野は、大きく後ろへと跳躍し、この戦いにおける自分の圧倒的不利に毒づく。

 「ちょっと雨切!これくらい全部弾きなさいよ!おかげで服に穴が空いたじゃない!」

 「む、無茶言わないでくれよ、星村さん。俺の粗製濫造は5本が限界なんだよ……」

 一方向こうでは何やらもめている様子だ。それを見て、何だか自分が向こうになめられている気がして、黒野は激昂する。

 「ふ、ふざけるなぁあああああああっ!!!!」

 そして、一条の眩い光を放ちながら、一本の矢を出す。これは、黒野が使える中でも極めて強力な、お気に入りの矢である。黒野はそれを、《ケイロン》につがえる。それを見て、雨切は不敵に笑う。

 「おいおい、お怒りになられた挙げ句、また馬鹿の一つ覚えか?しかも一本しか矢をつがえてない。こりゃあ、なめられてるのかな?」

 そう言って、再び両手に剣を宿そうとして・・・雨切は驚愕した。

 身体が、完全に硬直しているのだ。どんなに必死になって動かそうとしても、その身体はまるで金縛りにでもあっているかのようにピクリともしない。次第に、頬を冷や汗が伝う。

 「この技を打つのはお前が初めてだ。光栄に思うがいい」

 「ふん、当たり前だろ、今日が俺たちの初戦なんだから……全く、重度の厨二病だな……っ!」

 「相変わらず減らず口の多い男だ。まあいい。これですぐに喋れなくしてやるさ。『この矢は絶対不可避、全てを貫く必中の一撃。』穿て、《止メノ矢》!」

 「ち、詠唱攻撃かよ……!」

 詠唱攻撃。それは、一つの技に言葉を添えて放つことにより、能力者の強い自己暗示が能力に宿り、威力を増大させるものだ。普通は時間がかかってしまうため、雨切は使う人はいないと思っていたが、このように、相手の動きを止めている場合には詠唱攻撃は最適であろう。心臓へと狙いを定めた矢が、より鋭く、より輝いて雨切へと一直線に向かう。

 「あー、くそ……わり、星村さん」

 「ふん、何言ってるのよ雨切。こんな初っぱなから弱音吐いてちゃ、この先、生きていけないわよ」

 気づくと、いつの間にか星村さんが、雨切の心臓を守るようにして目の前に立ちはだかっている。雨切は「逃げろ」と言いたかったが、口が思うように動かない。けど、言う必要はなかったのかもしれない。

 なぜなら、目の前の女性がさっきまでの自分と同じ笑みを浮かべていたからだ。右手を前に出し、叫ぶ。

 「『天つ風よ、吹き荒れろ!』《韋駄天台風》!」

 星村さんの、詠唱付きの能力が発動する。それにより、名前の通り、台風を連想させられるほどの突風が右手から放たれる。星村さんの韋駄天台風は、黒野の《止メノ矢》を吹き飛ばすだけに止まらず、黒野へと向かう。黒野は腕を交差させ、縮こまることで、なんとか吹き飛ばされずに済んではいるが、そのせいで身動きを取れない状況下に陥ってしまっている。攻撃するなら、ここが絶好のチャンスであった。

 「決めな、雨切!」

 「……………ああ、任せろ!」

 俺は自由になった右手にカードを宿し、その力を解放する。《EVE》の能力者だけに許された切り札。その力は通常使える能力をはるかに凌駕しており、一度作られた戦況を大きく変える。カードは光を放ちながら、やがて一本の剣を作る。雨切はそれをしっかりと掴むと、未だ動けていない黒野をじっと見据える。近距離攻撃能力を持つ俺が、ゆっくりと詠唱して《制約技能》を放つのは恐らくこれからも滅多にないだろう。ありがたく決めさせてもらう!

 「『其は、全てを貫くもの。

   其は、現世と隠世を分断するもの。

   ならば、森羅万象はこの一撃のもとに乖離せよ。

   無を作り静寂を呼ぶこの一振り……

   死をもって、頓首再拝の意を示すがよい!』   

  《断絶剣・カラドボルグ》!!」

 空高く跳躍すると、長い詠唱と共に、気合一閃の一突きが放たれる。

 それは、星村さんの頭上を越え、《韋駄天台風》による風圧の全てを切り裂き、何にも干渉されることなく、黒野へと進んでいき……

 そしてついに、黒野の右腕をあっさりと切り落とした。切り落とされた腕の断面は、驚くほどに綺麗であった。

 「ぐ、あ、ああああああああああああああっ!!」

 あまりの苦痛に、黒野は叫ぶ。それと同時に、星村の風に逆らう力を失ったため、後ろへ吹き飛ばされる。

 「がっ!」

 コンクリートの壁にぶつかり、盛大な音と共に崩れ落ちる。彼にはもう、戦う力は残されていなかった。

 雨切と星村が近寄ると、今まさに上体を起こそうとしている黒野と目が合う。

 「っ……どうやら、チェック・メイトのようだな」

 黒野は左手の《ケイロン》を消失させ、手を挙げる。

 「まさか、剣士にここまでやられてしまうとは思わなかったよ」

 「へっ、そりゃどーも。でもまあ、あんたもそこそこの判断力があるようだな。社会人は頭の固い奴が多いからな……」

 「それで、私をどうするつもりだ。殺すか?」

 「いいや」雨切はもうこちらを見ることもなく、後ろを向いたまま言う。

 「最初に言っただろ、そっちが引き上げてくれたら見逃してやるって。まだこの戦いも始まっったばかりだ。初日で、こんな面白いイベントを強制退出しいたくはないだろ?」

 「……………ふっ、それはそうだな」

 勝ちたかった、この戦いで負けることは死を意味するはずだった。

 しかし、眼前の少年は、純粋にこの戦いを楽しんでいた。楽しんでいるからこそ、余裕がどこかにあるのだ。黒野はそう感じた。

 しかし実際のところ、黒野も最初はこの戦いを楽しんでいた。元々、叶えたい願いなどない。願いというのは、なかなかどうにもならず、叶わないからこそ愛おしく、儚いものなのだ。だが、後半からは激情でもしていたのか、まるで戦いを楽しんでおらず、戦うことに必死であった。ただ相手を殺す、そういうことだけを考えていた。

 一体何が、私をこのようにさせたのだ?

 「あ、右腕は綺麗に分断されてるから、病院に行きゃあすぐにくっつけてもらえると思うぞ。 ……じゃあな」

 雨切、星村は神白を回収して、すぐにその場を去った。残された黒野が心の中で呟いた疑問に、答える人は誰もいなかった。

 

 

 

 

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