第12話 耐久戦
「悪いがその命、奪わせてもらう」
黒野は、虚空から5本の矢を出現させる。そしてそのまま矢につがえ、充分に引き絞ると、神白にめがけて一気に放出した。
「ちょ、待って!」
私はとっさに地面へとしゃがみ込むと、風を切る音とともに、私がさっきまでいた頭、首、心臓、太ももの辺りを抜けていった。
「あっぶな!なんでいきなり攻撃してくるの! ……ていうか、その決め台詞っぽいの、言ってて自分が恥ずかしくないの!?」
私は立ち上がろうとしながら、必死に抗議の声を上げる。
「ただ、人を殺したいからだ。人を殺すのに、別にこれ以上の理由はいらないだろう? ………………いや、恥ずかしくない」
だが、黒野は聞き入れるつもりがないようで、でもほんのりと顔を赤くさせながら、再度5本の矢を出現させる。
「っ!」
私は、完全に立ち上がってから回避するのは不可能だと判断し、バック宙をする。ばねの様に大きく飛び上がり、その勢いで住宅の壁を飛び越える。直後、カカカカカッ!という音を伴って、壁に矢が突き刺さる。
い、今のは危なかった。そう思いながら冷や汗をぬぐっていると、壁の向こうから声をかけてくる。
「あんた、やるな。住宅の壁をバック宙で飛び越えるなんて、人間業じゃないぞ」
「ふん、ようやく私の魅力が分かったの?」
だが、私ははぐらかすように答える。バック宙で住宅の壁を飛び越えるくらいのことは、昨年から出来ると知っていた。いや、正確に言うと、昨年に身体能力が急に上がり、出来るようになったのだ。
だが、そのことを話す理由が、あの男にはない。自分を殺そうとしている人に、自分の情報を教えても何の得もないからだ。
さて、ではこの後どうしようか。私は壁に隠れたまま考える。いずれあと数秒もしないうちに、男はこちらへとやってくるだろう。二回の攻撃をかわしきったが、今度はそうはいかないだろう。運が良くても、回数を重ねればいつかは負傷を負うだろう。そしてそれは、死ぬことと等しい。一体どうすれば――
「ああもう、何で携帯がつながらないの!?」
そして、何と言ってもやばいのは、携帯の電波が先ほどからオフになっていて、警察に通報が出来ないということだ。もし警察が呼べるのなら、このピンチを打開出来るのだろうが。
「……あんた、なぜ自分の能力を使わない?」
だが、相手からの追撃はなく、こちらへと話しかけてくる。しかし、自分の能力とはなんなのか、全く理解できない。
「能力?あんたのその弓みたいなの?」
「ああ。あんたも能力者なんだろ?なら、なぜ使わない?それとも、まだこのタイミングでは使えないか?」
「いやー、私あんたのようなすごい能力じゃないよ?ごくたまーに、何秒か後の未来が視えるっていうのがあるくらいよ」
「未来が、視える……」
そこで黒野はしばらく考える。どうやら相手は自分がどんな存在なのかを分かっていない。そして、この戦争のことも知らないのだ。本当なら黒野自身が彼女に優しく教えてあげようかと思っていた……のだが。
先ほどの、あの女の子が言った台詞を聞いて、考えを改める。彼女に教えてしまったら、一気にこちらが不利になる。戦場において、数秒後の未来が見えるというのは、戦況すらも支配できるほどの、極めて強力な能力だ。加えて、あの並外れた身体能力もある。恐らく、彼女が能力を使いこなせるようになったのなら、自分の攻撃は全てかわされてしまうのではないだろうか・・・そんな気さえする。
「そうか、それは残念だな。では、冥土のみやげに一つ教えておくが、自分の能力はあんまり人には言わない方がいいぞ?」
と、あまりにも遅すぎる忠告をした後、再度矢をつがえる。壁の一点を集中攻撃したために、壁はあっけなく破壊される。
「くっそお!」
私は仕方なく住宅から出てくる。黒野はそれを逃すことなく、舌を巻くほどのスピードで矢をつがえると、声を張り上げる。
「逃がさん、《弐ノ矢》!」
5本の矢を放つ。だが先ほどと比べてわずかに矢の速度が遅い。そんな気がする。これがアドレナリンの効果かな?まあ、なんだっていい。これならかわせる……!
だが、そんな神白の希望は、次の現象によって打ち砕かれる。
5本の矢は、橙色の光を放ち、5倍の25本に分裂したのだ。
「そ、そんなのありぃ!?」
私は身をくれらせて、とにかく回避しようと試みるも、やはり25本の矢には対処しきれず、太股、左腕、首、横腹、そして心臓を矢が貫く。シャレにならない衝撃と、ヒヤリと冷たい感触が私を襲う。
「がぁっ!」
意識が吹っ飛びそうになるのを懸命にこらえて、私は立ち上がろうとする。ここで気絶をしたら、待っているのは確実な死だ。早く、立たないと・・・だがまあ、正直もう身体が動かない。足はがくがくと震え、頭は放課後の出来事もあってか鈍痛が走り、何も考えることが出来ず、傷口からはどくどくと血が流れている。だんだんと感覚が失われ、身体が冷えていく。
万事休すかな。
私は立つことをやめ、その場に崩れ落ちる。このままでは確実に死ぬ、と先ほど考えたのだが、逆に立ち上がったままだったとしても、この身体で何をすればいいのか。無駄なあがきをするくらいなら、いっそ死ぬほうがましだ。
……本当に?
どこからともなく、声が聞こえてくる。その声は女のものだが、ボーカロイドのような、機械的な声だった。
「うん、私はあれには勝てないよ」
私は乾いた笑いを漏らす。自分は何に答えているのだろうか。意識が薄らいできて、ついに幻聴を聞いてしまっているのだろうか。それとも、自分はもう死んでしまっていて、今は天国へ行くための準備をしているのだろうか。あ、でも私は悪いこと結構したから、始めに煉獄に行って浄化が必要だな、きっと。
……あなたは、こんなにも早く死んでしまってもいいのですか?
再度質問をされる。だが、今度は先ほどよりも声が人間的になっている気がするのは気のせいだろうか。
「いや、死にたくはないよ。でも、どうしようもないじゃん」
そう、あの黒野とかいう男相手に、私はどうすることも出来ない。例えあの時の攻撃を奇跡的にかわしたとしても、また同じような攻撃がくるだけだ。結局、いつ死ぬか、その時間が違うだけ。
そんな私の諦念を吹き飛ばすように、鋭い声が響く。
……なら、願いなさい。自分の勝利を。そして叫びなさい、生への欲求を。私の愛する娘なら、こんなところで死ぬはずがないわ!
その声は、ついに完全な人間味を帯びた声になる。それは紛れもない、そして懐かしい、お母さんの声だった。
その声を聞いて、私は目を見開く。だが、そこにはお母さんの姿はもちろんない。だから、私はお母さんが愛娘をこんなにも早く天国に……いや、星となるのを防ぐために、まだ空も暗くなっていない、早い時間帯ではあるが、わざわざ私の近くまでやってきて声をかけてくれたのだと、私は信じた。
「ああ、ああああ、ああああああああああああああああああああ!」
私は叫ぶ。ただただ生を求めて、手を伸ばす。握る。見えない何かを掴んだ気がして、こちらへ引き寄せる。けれど、何も掴めていなくて、今度は立ち上がる。立ち上がったことによって、傷口が再び深く開かれるが、私は気にも止めない。
「ああ……がっ、は、うぁ」
必死になって、とは本来このことを言うのだろうな、と私は思う。いつもこの言葉を言う学生らは、今すぐこの言葉を使うのを慎むべきだ。しかし、今度こそ何かを確実に掴んだ。私はそれを、胸元まで引き寄せる。
手を開くと、そこには一つの六角形の結晶があった。それは、虹色の光を放つと、私の視界の全てを覆う。
『日本標準時刻17時46分、能力者Ωの位置を確認。能力の情報を《EDEN》より取得。《能力者の加護》とともに転送を開始します』
脳内に、音声アナウンスが響く。それと同時に、頭の中を文字の羅列が埋め尽くす。
私の意識は、そこで途切れた。
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